第23話 会話の射程距離
「その娘なら、見たことがあるぞ」
と、仙人のような老人が言った。
俺は思わず、声を上げてしまう。
「マジで!?」
「おう、マジで。超見たっつうの。めっちゃガン見」
…………、
あれ?
仙人の口調が……若い気がする、けど……。
虚を突かれたというか、普通に引いた。
―― ――
老人は杖を使っていながらも、別に体や足腰が悪いわけではないようだ。いらないだろそれ、と指摘したいほどの軽いステップで、俺たちの目の前にどすんと腰を下ろした。
大げさに。
あぐらをかいている。
「いたたた……」
「…………」
自業自得なんだけど、痛がるこれが俺たちに向けたなにかのメッセージだったりして……、もしかして気遣って欲しいのか?
してもいいけど、まんまと相手の手の平の上で転がされるのも癪なので、手を貸さなかったし、声をかけることもしなかった。
ただ老人を見つめるだけである……、聞きたいことは山ほどあるが、こちらが情報を欲していると知れば、この老人は必ず、俺たちに条件を出してくるはずだ。
ゲームらしくなってきた、と思えばいいのか。
情報が欲しければ儂の頼みを聞いてくれ――って具合にな。だからここは情報を欲しているという俺たちの情報は与えないように……、隠す。興味がないフリをしておく。
さり気なく、情報があれば聞いておくが――、
そのくらいの温度で話を聞くのがちょうど良いだろう。
まあ、できればの話だ。
俺に、演技力があるとは思えない……、
思いついたのはいいが、やるとなると気が重いな……。
かと言ってだ。モナンに任せる、というのも、それはそれで……。
って、あれ?
モナンの姿がない。俺の隣から、消えていて――、
目の前である。
老人の横に、座っていた。
「大丈夫じゃな、こんな年齢でも若いもんには負けねえよお――心配してくれてあんがとよお、それにしてもあんたあ、小さくて、孫みたいな顔をしてるじゃねえかあ……。
なんだろうなあ、なんとなく、バカみたいな――」
「おーい、おじいさん? 褒めてるんですかねそれー?」
褒めてはないだろ。
誉め言葉として、バカという二文字が入っていることはまずない。良い意味でバカ、なんて、どう聞いたところで罵倒に属する言葉である。
だからいまお前は、その老人に正面から堂々とバカにされたわけだ。
……しかし本人、気づいていないっぽい。
まあ、ならいいか。わざわざ教える必要もない……、忘れている痛みを指摘して再認識させるほど、俺は性格が悪いわけじゃないのだ。
世界には、知っておくべきことと、そうでないことがある。これは圧倒的に後者だった。まあモナンのことだ、言われたところで落ち込むことはないだろう……、
落ち込んだとしてもそれはほぼ『フリ』である。だから言ってもいいのだけど……、
言ってしまおうか。
悩むが、そんな場合ではない、ということを思い出し、やめておいた。——そうだ、そうだよ、そんなことよりも老人の発言だ。
その娘、知っている……、と言ったな? いや、実際には見たことがあるぞ、だったけど、この際、どっちでもいい。意味はそう変わらないはずだ。
そんなわけで。
「なあ、じいさん。
その、できればさっきの言葉の続きを教えてくれるとありがたいんだが……」
「さっきの言葉、とは?
ふむ、一体どれのことだったか……あ、——だったかのう」
…………、
こいつッ!!
老人のような口調、語尾にある『じゃのう』の、『のう』の部分を忘れていたことに気づいて取り戻しやがったっ! キャラを作ってんじゃねえか……老人に見えても違うのか――?
アバター、なのか。
現実世界にいるプレイヤーとは違う姿なのだろう。俺がこうして現実の姿に似せているのとは逆に、この老人——のような人は、姿をがらりと変えたのだ。
ゲームとは、夢を見るものであり、現実世界から逃げる場所でもあり、遊ぶためのもでもあり――、現実ではできないことをやるものである。だからその行動には文句はないが……。
だがまあ、最低限のキャラ付けくらいはちゃんとしてほしかった。そういう中途半端なところは、視界に入る。見えないようにしても気になってしまうのだ。
そういうところはモナンが一番早く反応しそうなものだったけど、今日は採点が甘いようで――それとも気分が良いから? 老人の中途半端さを見逃していた。
まるで初心者だから、見逃しているようにも見えた。
ふむ……、この老人が『老人キャラ』でいくことを、最近、始めたばかりの初心者だから、だろうか。そういうところを見抜けるモナンがすごい。俺にできないことだからすごく見えてしまうが、しかし冷静に考えてみれば――考えなくとも分かる……なんの役に立つの?
モナンが言っていたことだが、こんな特技は現実世界ではなんの役にも立たない。
社会に出ても通用しない、再利用できないスキルなんて、無駄で、不必要だ、とな。
ま、この老人が現実世界では、老人ではなくただの青年で、中途半端な老人キャラでいこうと決めようが――もしかしたらそのまま現実世界でも老人なのかもしれないし……、
だとしても、俺としてはどっちでもいいのだ。
俺たちにとって、害はなに一つない。
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