第22話 捜索と出会い

「じゃあ、これからキュリエを探そうと思う……んだけど、俺の案は、そこらへんにいるプレイヤーに聞く、って感じなんだけど、モナンは別の案とかあるか?」

「いえ、ないです」


 最初から考える気もなさそうなモナンである。

 サボりを指摘するべきか悩んだが、考えた末に案が出なかった、なのだとしたら、モナンにいじられるのでやめておこう。

 あいつに優位性を渡したくはなかった。それに、疑うことはしたくない。


 となると、俺の案が採用か……。

 いいのかよ、こんなので……探偵みたいじゃん。


 すると、俺の呟きに気づいたモナンが俺の手を引き、


「ならっ、あんぱんと牛乳が必要ですね!」


「それは尾行とか張り込みじゃないの? こっちはまだ相手がどこにいるのか分からない場面なんだから、栄養摂取をする時間じゃないだろ」


 というかあるの? そういうアイテムが。


 炭酸飲料があるのだから牛乳もあるのかもしれないけど……じゃあパンもある? 出し入れが現実的なのであれば、出し入れするための『物』も現実に沿っているべきだ。


 さっきの歓迎会でもパンを使った料理はあったし……(ただのパンはなかったけど)。

 でもさ、探偵というか、それは刑事じゃないか?


 しかし俺も流されそうになったのだ、似ていることは否めない。

 イメージで覚えているモナンは、今更、違うことを認めないだろう。

 恐らく用意をするはず……、こういう時の行動力はすごいのだ、こいつは。


 モナンがらしさを出す時は、好調であることを意味する。

 ただ、シリアスな展開にいってくれないのが難点ではあるが。


 おかしな方向へ逸れることがモナンにとっては正常……なんだろうな。


 そうならないために、俺がいる。舵を取らなければな――。

 責任感はまったくないが、俺はやはり、船長である。


「わくわくしてるところ悪いけど、あんぱんと牛乳はまた今度な。今はキュリエを探し出すことが目的だ。ここで油を売っている暇なんてねえ……、

 それに、転んでも立ち上がるための体力だって、残しておかないといけないんだからな――」


「はいはい」

「なんで返事がテキトーなんだよ!」


 手で払われた感じだった……そういうのやめろよ……寂しいじゃん。


「いや、いい……とにかくそこらへんにいる――」


 周囲を見回す。人が、少ないな……、大きな通りのはずなのに、二桁にもいかないくらいの人数の通行人しかいなかった。

 じっと、観察し、俺は店から出てきた女性プレイヤーに声をかけることにした。


「やっぱり女の人ですか」

「うっ。いや、だって、話しやすいかな、って……」

「ナンパですけどね、それ」

「そんなことは――ある、かもな……」


 遅れて理解する。考えていなかったな……、確かに、女性プレイヤーからすれば、知らない男がいきなり話しかけてきたら、相手は異性としてのやり取りを求めているのではないか、と思ってしまうかもしれない。


 こっちにその気がなくとも――。

 誤解されて終わりだ。


 勘違いで破綻しては、声をかけた意味がない。


 寸前でやめようとした俺だが、相手の女性が視界の端に映った俺に違和感を抱いたようで、くるりと振り返った。――目が合う。

 ここで逸らし、知らん顔をして去る方が失礼ではないか、と思ったので、このまま勢いで聞いてしまうことにした。

 ナンパではないけど、だが相手にとっても、ナンパをされることが必ずしもマイナスイメージだけ、ということもないだろう。


 だってナンパである。可愛いからナンパをしているわけで。声をかけられたということは容姿に飛び抜けた魅力があった、とも言える。

 相手にその印象を埋めておくのも悪くはないかもな。


 そういうことにしておこう。



「あの、なにか?」


 と、先手を取られ、俺の口が塞がれてしまう。

 いや、勝手に俺が口を閉じただけなんだけれど。


 一瞬、固まってしまったが口を開け、


「あの、聞きたいことがありまして」


 はあ、と曖昧だが、頷いてくれた。急ぎの用事があったわけではないらしい。立ち止まって俺の話を聞いてくれているところを見ると、優しい人なのかもしれない。

 ……と思う。もしかしたらこのゲームの常識として、『話しかけられたら親身になって聞くべき』みたいな項目でもあるのかもしれない。初心者の俺にはまだ分からない予想である。


 だからこそ良い人に映ってしまっている。

 目の前のお姉さんが。


「先輩、またですか?」


 モナンがぼそり、と俺だけに聞こえるような声で呟いた。

 またってなんだよ……。


 何度も、こんなことはないと思うけど!?


 女性と会話中なので言い返しはしなかった。仮想の視線を一瞬、モナンに向けてから、すぐに逸らす。そして目の前に集中だ。

 キュリエの容姿を彼女に伝えて――見ていませんか? と人探しをしていることを、事情を伝えた。まあ、事情とは言え、深く言ったわけではない。

 プライバシーもある、薄っすらと説明しただけだ。

 女性は理解してくれた。理解するほどの中身などないのだけど……、まあ、彼女が納得しているならいいのだろう。


 ごめんなさい、見ていません……、と、残念な報告を彼女は言いにくそうにしていたが、こちらとしては、一発目で当たりを引くとは思っていない。

 つまり、言い方は悪いかもしれないが、期待なんてしていなかった。

 なのでダメージは特にない。

 だから手早く言ってもらっていいですよ、と雰囲気で示しておく。


 で、やはり彼女は見ていなかったようで、知らないと言った。そうか、そりゃそうだ。


 ありがとうございます、とお礼を言い、彼女と別れる。


 彼女は、見つけたら教えますね、と言ってくれたが、もう二度と会うことはないだろう。なので、そこはテキトーに流しておいた。


 ここで連絡先くらい聞いておくべきなのだけど、それこそナンパなのでしなかった。……正直なところ、連絡先だけあっても仕方ないし。そこから先の交流は、求めていないのだ。

 

 はあ、と溜息をつき、俺は二人目を探そうとした。

 女性プレイヤーに目をつけ、そこでモナンに「またですか」と言われたので、今度は男性プレイヤーにしてみる。結果は、やはり知らない、ようだった。

 三人目も――同じく。男性プレイヤーで、結果も同じだ。女性プレイヤーを見るとモナンの視線が厳しくなるので、結果、男ばかりである……、こいつは俺のなんなんだよ。


 まあ、いいけどさ……、女性プレイヤーが良いわけじゃないし。

 でも、聞き込みをしているのに人を選ぶのもどうかと思うし、偏るだろ?


 とは言え、数十人もいっていない内に偏りどうこう言っても早過ぎる。なので繰り返し、五人目を終えたところで、俺とモナンにも疲れが見えてくる。

 地面に腰を下ろし、うがーっ! と頭を掻く俺の隣に、

 ちょこん、とモナンも遠慮なく腰を下ろした。


「……見つかりませんね……」

「そうだな……」


 二人で溜息を吐く。

 容姿を言っただけで、プレイヤーを特定できるなんて、知り合いくらいしかいないだろう。そこそこ有名であればあり得るかもしれないが……、キュリエがそうとは思えない。

 それに彼女の知り合いと言えば、アンラッキー・デイズのメンバーである……そのメンバーがキュリエの行方を知らなければ、そりゃ誰も知らないわけだ。

 ヒントになるはずのアンラッキー・デイズが困惑しているのだ、ノーヒントで隠れているキュリエを探し出す必要がある……こんなの至難の業だ。


「休んでる暇もねえか……」


 早くしないと。

 じゃないと、キュリエは裏切り者として、始末されてしまう――、

 そういう方向へ、話し合いが進んでしまうかもしれないのだ。


 そんなこと、させてたまるか。


 させない。だから立ち上がる。


 その途中——で。

 中腰になったところで、聞こえた。


 かつん、という、杖が地面を叩いた音だ。

 目の前には、老人……、


 杖を持ち、白い髭が胸まで伸びている――頭はつるつるだった。

 

 まるで――イメージだが、仙人である。


 山の中にこもって断食でもしていそうな、痩せ細った老人が立っていた。

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