第20話 AとBは重なるのか。

「なあモナン」

『もぐもぐ……ごくん、はい?』


「おい、二個目はふざけんなよ」

『ぎくっ!? い、いえ? 二個目のモンブランなんか食べていませんよ?』


 じゃあ一個目はレアチーズケーキだったわけか。

 いや、モンブランを二個目、だったかもしれないが、二つで悩んでいて食べた二つが同じものであるとは考えにくい。予測で確定させてしまうが、こいつは二種類を食べたはずだ!

 絶対にそうだ。


「くそ、勝手に二個目を食べやがって。俺だって食べたいんだぞ!」

『先輩もきますか? 他にもケーキ、たくさんありますけど……』


「いくいく! って元気に星マークでも飛ばして言うと思うか!? 今はシリアス展開なんだよ! 次へいくための大事なところなの! 

 ケーキを食べていないで戻ってこい! いや、それよりも俺の話も聞いてくれって!!」


 は、はいっ、とモナンがその場でぴしっ、と背筋を伸ばした。

 ように、俺が感じただけだったが。


 そして、

 俺は、思いついた一つの可能性を話す。


「冷蔵庫があって、現実と同じように、ボタン一つでアイテムを出し入れするのではなく、手で出し入れをするのであれば、可能性としてさ……もしかしたら色々な『情報』も、紙として保管されていたりする、のかな……」


『…………』


「えっと、」


『つまり、このチームにとって、ばれたらまずい情報が紙に記され保管されてあって……その紙がこの冷蔵庫と同じく、現実同様に、物体としての状態で保管されてあって――それが盗まれたとしたら、とでも思ってます?』


 モナンが簡潔に説明してくれた。

 つまりそういうことだ。


 情報が盗まれていると考える……、泥棒? いや、それよりは、スパイが近いか。

 キュリエという存在がいたからこそ辿り着けた推測だ。


 つまり、


「現在、姿が見えていないキュリエはスパイだった――アンラッキー・デイズの情報を盗み、どこかへ向かった……逃げた、そう考えたら、なんだかしっくりくるだろ?」


『…………』


「嫌いになってくれても構わない。こんな予想は思いついた時点ですぐに切り捨てるべきだった。友達を疑うなんて、最低の行為だからな……、

 でも、思いついてしまったものは、口に出して消化しておかないと心の中で残ったままだ。

 今後に影響する……だから言っただけだ」


 言っただけ。

 思って、そう予想しただけだ。


 本気じゃない。

 本気で、言ったわけじゃ、ない。


『いえ、可能性としては、充分——それ以上にありますね』

「…………」


『タイミングも――緊急連絡の内容からしても』

「は?」


 緊急連絡……そう言えば、さっきシルク姉さんから連絡があった……今までモナンと会話していたから、加えて自分自身で推理の思考にはまっていたから忘れていたけれど、遠いところで確かに、シルク姉さんとハッピーの声は聞こえていた。


 聞こえていたが、流してしまっていたのだ。

 重要そうなことも、耳に入ってはいても、通り抜けていて。


「モナン、悪い。俺、連絡を聞いていなかったんだけど、なんて言っていたんだ?」


 少しの間を空け、モナンが言う。

 言いにくそうに、だけど力強く。


『先輩の言った通りですよ。

 紙に書き記し保管していた「アンラッキー・デイズの情報」と、このゲーム内の「ダンジョン」、「アイテム」――敵である「食人鬼についての情報」が盗まれています』


「――っ」


『あと、キュリエはこの家にはいません』


 ―― ――


 緊急連絡を交わした後、やはり実際に会って話すべき、ということになった。全員で円になり、座ることなく会議である。

 さっきまで、楽しく宴会をしていたというのに、まさかの展開である。後遺症を持つ青年たち以外は、この場にいるはずだ――、

 視線が一つの席に集まる。

 ハッピーだ。さすがリーダーだ、こういう時は、一息で全員の気を引き締める。


「……情報が盗まれた……まあ、別に問題はない、と言いたいところだが、残念ながら問題は大ありだ。お前らの情報もそこにあったわけだからな……。

 他のチームに狙われる可能性がある。アタシたちは『五大チーム』の中でも一番、若いんだ。新人だ……だからこそ気に入らない、なんて共感できるが、納得できない理由から襲われることもある。たかがゲームだが、そのゲームに人生を捧げているやつもいるってわけだ。

 プログラムの裏側から、アタシたちの内側を壊そうとするやつだっている……、これは経験から言えることだが、嘘だと思うならそう言えばいいぞ」


 誰も――誰も頷かなかった。


 ハッピーの言葉を、嘘だとは思わなかった。


 表情で、言葉で、嘘ではないと、直感できたのだ。


「で、そこにキュリエの失踪ね……あの子がスパイだったって?」


 シルク姉さんの問いかけに、


「かもな」とハッピー。


 内心では思っていないかもしれない、思いたくないのかもしれない……しかしチームのリーダーという立場上、冷静に事実を答えへ変換させないといけない。

 歯噛みしながら、悔しそうに、ハッピーはその名を言った。


「キュリエは……裏切り者だ」


 円の全体が、凍った。

 全員の思考が、キュリエを敵と認識した。

 近く、だからだろうか。

 分かる、分かってしまうのだ。


 怒りが、憤りが。

 そういうマイナス方面への感情が、びしびしと当たってくる。

 ――分かってしまう。


 それはモナンも感じ取ったようで、まるで小さな子供が迷子にならないように母親の服の袖を掴むように――俺を掴む。袖が重かったが、気になったのは一瞬だけだ。それ以降、大して気にならなかった。振り解くこともしないまま、俺とモナンは会議を見守る。


「捕まえるしかねえんじゃねえのか。やっぱり、こういうのは放っておいたらまずいだろ。

 情報云々ではなく、チームとして、裏切りをそのままってのはなあ」


 と、ガッツさんが。

 根性的にさあ、と言いながら、キュリエの始末を提案した。



 ……声を挟もうとしたが、しかし、ここで俺が挟んで、どうする? なにもできない。代案などあるはずもなく、誰もがキュリエは始末しておいた方がいいと思っているはずだ。

 始末しなくても、してもいい――だったらとりあえず始末しておく。

 見せしめとして、これから先、こういうことが起きないように――と。


 しかし、みな覚えているだろうか。


 情報が盗まれたのと、キュリエの失踪は、たまたま重なっただけだ。


 ただの偶然で、まだキュリエが盗んだと決まったわけじゃない。


「そうかもしれねえけど、可能性として、あいつが高いだろ、根性的にさ」


 俺が思ったことを誰かが質問したらしい……、

 ガッツさんがタイミング良く答えてくれた。


 というか、根性的にって、なんだ?


「……キュリエを探すしかないな。

 始末するかどうかは置いておいて。話くらいはしたい」


「甘いよ、ハッピー。ここは根性的にやっぱり、始末するしかない。

 会話なんてするだけ無駄ってことだ」


「分からないでしょうに。

 でも、まあ、そうね、とりあえず会ってみないとなにもできないわね――みんな」


 シルク姉さんが全員に声をかけた。

 その中には俺も、モナンも入っている。


「今からキュリエを探すわ。……まあ、キュリエでなくてもいい、彼女に関係する情報が入れば、すぐにでも伝えて――それじゃあ、一旦解散ね!」


 はいっ! と重なった声が部屋に響いた後、どたどたとみんなが部屋から出ていく。


 残ったのはハッピー、シルク姉さん、ガッツさん――俺と、モナンだ。


「ごめん、大事な歓迎会がさ、こんなことになって――」

「いや、」


 気にしていない、とは言えなかった。

 気にするだろ、こんなの。相手は、だってキュリエだし。


 あいつがいなくなって、平然とできるわけがない。


「…………」


 顔を俯かせ、思い詰めているハッピーの頬を、俺は軽くつついてやる。

 そして、顔を上げたハッピーに、現実世界でいつものように向けている表情で、俺は言ってやったのだ。


「大丈夫だ、すぐに見つけてやる。キュリエを見つけられないようじゃ、俺はアキバのことだって見つけることもできねえよ――」


 手を伸ばし、ハッピーに背を向け、

 俺はモナンの手を握り、部屋を出る。


 まずは、誰よりも先にキュリエを見つける。

 ……始末なんてさせない。


 この世界での始末がなにを意味するのかは、細かくは知らない……、

 みんながどう思っていようが、キュリエをどれだけ始末したいと思っていようが、俺にとってはこのゲームに入り、一番最初にできた友達なのだ――仲間、なんだ。


 そう簡単に、始末することに、はいそうですかと頷けるわけがない。

 


 だから、俺も裏切るかもしれない。

 アンラッキー・デイズ……、


 俺は――。



 そこから先は考えず、言葉にも出さず思考から捨て置き、


「そこで待ってろよ」


 どこにいるか分からないキュリエに向け、言葉をかけた。

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