第19話 侵入者と逃亡者
「っ、おい!? どうしたんだよ!?」
声を荒げたのはハッピーだった。
無理もない。なぜならみんなで楽しく宴会をやっていたというのに、その空間を壊すように、扉を開けて入ってきた三人の少年プレイヤーが、その場でばたりと倒れたのだから。
一人、二人、三人と、重なるように倒れていく。
積み重なる……、
ハッピーは手に持つ皿を投げ捨て、すぐに三人の元へ向かった。観察すれば、その少年たちは、しかし少年と言えるような年齢には見えなかった。
俺よりは全然、年上だ……少年ではなく青年である。
一番上に重なっていた青年が言った。
「気づいたら、やられていました……状態異常は、麻痺……、
それが、さっき切れて、こうして向かってきたのですが……。
HPには問題、ありません――ですが、後遺症を付けられてしまい……」
「分かった。この二人も同じ状態なんだな?」
はい、と青年が頷いた。唇を引き結び、まぶたをぎゅっと下ろす……、相当、悔しいのだろう。恐らくこの青年は誰かに襲われ、その襲ってきた犯人の顔を、見ていないのだろう。
もしも見ていれば、扉を開けて、まず真っ先にそれを言うはずなのだ。
相手の顔を見ていれば、それがまず出てくるはず――。
しかしそれがなかった。
つまり、見ていないのだ。
見ることができなかった……、襲撃され、叩き潰され、相手の顔も見れず。
それは青年にとっては、ゲームオーバーになるよりも屈辱的なことなのだろう。
まだ、ゲームオーバーになった方がマシ……、
それに、
ハッピーの役に立てなかった――、リーダーの、役に立てなかった。
それが、彼の心に、重くのしかかってしまっているのだ。
だがハッピーは、無自覚なのか計算なのかは分からないが、自分の手を青年の頭に乗せ、わしゃわしゃ、と彼の髪をくしゃくしゃにした。
その行動は失敗をした部下を責める上司の対応ではない……慰めている、というほどに、相手を気遣っているわけでもなく。
よく頑張ったな、と、まるで子供を褒めるような、母性に満ちた言葉と行動だった。
……だから、か。
ハッピーの、こういうところが、人を惹きつけるのか。
……ありがとう、ございます、とお礼を言ってから、青年は力を抜き、がくりと首を垂らす。
ハッピーは人差し指でくいくいと仲間に指示を出し、倒れた三人を、他の部屋へ運ばせた。
そして、回復もさせるのだろう――、
ゲームの中、ということを忘れてしまいそうなほどの緊張感だ。
「襲撃者は、他にアクションを起こしていないみたいだな。
ってことは、ここに侵入してから今も潜んでいるのか、それとも……」
それとも。
侵入でないのであれば、考えられることは一つだ。
「もう、ここにはいない――つまり、出たのか?」
「かもしれない。元々、侵入されていて、用が済んだから、あの三人が守る扉から外に出ていった、ってことだろうな。
いつ侵入されたのか、そこから調べていくのが、遠回りなようで近道になるだろうな――」
そうだな、と俺は頷く。
モナンも、シルクさんもガッツさんも。ガッツさんは酔っ払いながらも、こういう事態になれば酔いが醒めるようだ。好調以上の状態らしい。
根性根性とうるさいガッツさんを、シルク姉さんが蹴りを入れて黙らせている。
そんな光景に和んでいると、
ぼそりと、誰かが言った。
誰かは分からない。本当に、集団の一部分から聞こえた声だったのだから。
「……そう言えば、キュリエはどこ?」
―― ――
その一言によって、事態を見つめるだけだった他のメンバーが、一斉に散り散りになって行動を始める。続いて、俺もフロアの中を走って声を出し、キュリエを捜索するが、まあ当然のように返事はなかった。
……返事がないことを当然、と言ってしまっているあたり、俺は無意識に、この問題の根本のところには、キュリエが関係している、と思っているのだろう。
しかも、キュリエが中枢——犯人だろう、とまで。
キュリエが犯人。
あの青年たちを襲った、だ。
しかし、なぜ――なんでだ?
メリットがないではないか。
あいつは一体、なにがしたいんだ?
「……それが分かれば、苦労はしねえかっ!!」
数多くある部屋の扉を乱暴に開け、部屋の中を見ていく。たぶん、というか確実に他のメンバーが既に一度は見ているのだろうが、念のためだ。
もしかしたら見落としがあるかもしれない……、ヒントが、あるかもしれないのだから。
しかし、
「ない……」
なにも、ヒントも、なにも。
――ない、のだ。
すると、視界の右斜め上、端っこのところに、ぴこん! という音と共にシルク姉さんのキャラアイコンが出てきた。
実際、ゲームの中で見るキャラよりも小さく、可愛くなっている――デフォルメだ。
ともかく、その可愛くなったシルク姉さんは、『――緊急連絡!』と焦った声で言った。
遠く離れたキャラとの会話、である――電話みたいなものか。
『どうしたシルク!』
と、ハッピーの声も聞こえてくる。一対一の会話ではなく、他のメンバーも同時に会話ができる仕様になっている。もちろん解除もできるが、今の状況ではメンバーがそれぞれ話に入ってこれる方がいい――。
とは言え、混線しても仕方がない。
だから代表で答えているのはハッピーだけだった。
であれば、ひとまず俺は黙っておく。会話に入り、事態を好転させることができるとは思えなかったのだ。
すると、ぴこん! と、今度は俺『個人』へ向けて電話がかかってきた。
「どうした、モナン」
『先輩……』
「なにか分かったのか?」
『今、キッチンにいるんですけど……そこに大きな冷蔵庫があって――中を見てみたらモンブランケーキがありました!』
「びっっ――くりするくらいどうでもいいことじゃん!
ねえ、シリアスな展開なんだけど、今っ!!」
『レアチーズケーキもありますね! どうして宴会の時に出さないのでしょうか、不思議です……、先輩、食べちゃってもいいのでしょうか?』
「ダメと言いたいところだが、粘られても困るし、一つくらいならいいよ! 食べたら早く戻ってこいよ!? 後々にケーキがなくなって問題になると厄介だから、誤魔化し方とかも考えておけよ!? それはお前の役目だからな!?」
『それもそうですね……でも一つだけなのは、悩みますね……』
「二つはいくなよ!? 状況を考えろ。というか、時間をかけてるとばれるぞ!?」
『ですけどっ、分かってますけど、だってレアチーズケーキとモンブランケーキなんですよ!?
同じ場所にあって、どちらかを選び、どちらかを捨てるなんて――先輩は鬼ですか!』
「なんでどっちかを生かしてどっちかを殺すみたいな話になってんだっ、片方はそのままでいいだろうが! 冷蔵庫の中にしまっておけよ!? マジで!」
むう、とモナンが唸る。
悩みが長い!
「……気になったことがあるんだけど」
『はふんでふは?』
「もう食ってるのか。選べたのなら良かったけど……じゃあ聞いてくれよ。……ゲームの中なのに、こういう食材系って、きちんと冷蔵庫の中に入れるんだな、と思ってさ」
『はあ……、まあ、確かにそうですね』
ごくり、とケーキを食べ終えたモナンが言う。
……地味に気になるのが、モナンは一体、どっちのケーキを選んだのか、だ。
どうでもいいことなんだけど、分からないとなると気になるものである。
『普通は「アイテムボックス」とか、ですよね。ボタン一つで収納するかどうかを選べますし、収納するなら物体は消えるはずです……、なのにこのゲームは妙にリアルです。きちんと物体を手に持ち、冷蔵庫に入れないといけないなんて――』
でも、全部がそうとは限らない。
外では装備品は出し入れできるし――、
ゲームのシステムに遊びが入りまくって、よく分からなくなっているな……、作り手は、どういう意図で作ったのか。
粗があり、まるでこのゲームの中身には、そこまで力を注いでいないようにも見える。
実際、そうなのかもしれないが。
とにかく、俺は気になったこと――冷蔵庫があり、出し入れが手で、実際に現実と同じようにしなくてはならないのだとしたら……、もしかしたら。
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