第18話 笑う捕食者

「お前らもいっぱい食べろよ! あとこれ、ビールを顔面発射だ!」

「ぶふっ!? ちょっ、洗礼が今までにない体験で地味につらい!!」


「ぎゃははっ、根性っ根性だぜ、熱くなろうぜ相棒!」

「一番厄介なのはガッツさんか! 俺はあんたの相棒じゃないし――ってか腕を俺の首に回さないでくださいよっ、暑苦し――くそなんだこれ!? 俺が苦手なタイプだ!」


「喧嘩を売ってんのかい?」

「そんなことは――ああっ、この人、酔っぱらっているだけだ! ゲームの中なのに!? 誰かっ、誰かこのクソ熱くて重たいガッツさんを回収してくれませんかねえ!?」


「お、やってるねえ。ガッツの新入生いじりは毎回の恒例なんだぜえ」

「通りすがりの人たち! だからあんたらは落ち着いてるのか! ちょ、待っ、見捨てないで! ビールを片手におつまみを探しにいかないで!!」


「おい、お前……トンマぁ。

 椅子から立ち上がるなよお……揺れるだ……ろうが、このガッツ様があ――」


「じゃあ離せって! 手を離してそこで寝ていればいいじゃないかこの酔っ払いが!」


 ずりずり、と俺の体からずり落ちて、地面に伏してしまったガッツさん……、しかし俺の足首をがっしりと掴んでいる……。絶対に離れないという強い意志を感じる。


「なんでそこまで強い執着心が!? 俺はお気に入りのおもちゃかなにかかよ!」

「そうなんじゃね?」

「ちらっと顔を覗かせるなよっ、助けろよハッピーっ!」


 ちっ、と舌打ちし、ハッピーは皿いっぱいに乗っている料理をつまみながら去っていく。


 料理があるなら俺も食べたいのに! 

 なのにガッツさんに捕まって動けないこれは罰ゲームなんですかねえ!?


「なんだよお、もう打ち解けたのかあ?」


 この声は――、斧を持つ女性——シルクさんだ。


「助けてシルクさん!」

「うふふふふ」


「待って笑顔で去らないで! ――あんたも酔っぱらってんのかよ!!」

「……そうだ、ガッツ、あたしがあんたよりもこの子をおもちゃらしく扱ってやろうかねえ」


「気づけば敵が二人に!!」


「あばうあばばなばい」

「シルクさんの足がガッツさんの後頭部に!? あの、ガッツさん、地面とキスしていますけどこれいいんですか!? ねえ!?」


 ぎゃーぎゃー、わーわーと。


 楽しい空間だった。

 楽しい時間だった。


 シルクさん……いや、シルク姉さんにぼこぼこにされ、調教されている中でちらりと横を見てみると、しょんぼりと、椅子に座り料理を口に運んでいるモナンが見えた。


 …………。


 あ、話しかけられてるな。


 ……ああ、たぶん話が弾まなかったんだろうなあ……話しかけてくれた同い年くらいの女の子は、手を振ってどこかへいってしまった。

 一人に戻ったモナンはさっきと同じように、しょんぼりと――どうやらまだこの空間に打ち解けていなかったらしい。


 この空間と、このチームに。

 悪意なく、孤立していた。


「……人見知りすんなよ……」


 すると、声に反応したのか、たまたまなのか、モナンが俺を見た――そして目が合った。

 彼女は泣きそうな顔で、口パクで「助けてくださいっ」と。


 可愛い後輩のお願いだ、どうにかしたい――そう思った瞬間、


「うりうりうりうり」

「シルクっ、姉っ、さん!? いてててっ、こめかみに拳をぐりぐりっていぎい!?」


「良い声を出すよなあ……ガッツよりも良い声だ」

「あの人もやられてんのかよ!? いや、だからこそあの頑丈さと精神力か!」


 鍛えられているのか……、

 ということは、俺もその内、ああなるってことか……?


 いや、なりたくないな――、

 ガッツさんになるのはごめんである。



「先輩……痛めつけられて喜ぶタイプなんですか……」


 モナンが俺を、汚物を見るような目で見ていた。さっきまで助けてを求めていたやつが、最悪な勘違いをして俺をじと目で見ている……違うわ!


「もう俺へのキャラ付けいらなくねえか!? 要素過多じゃんか!!」



 いや、言うほどあるか? なんて今更な疑問は意図的に伏せておく。

 悲しいじゃん……自分の個性を把握していないのは、悲しいじゃん?


 俺という人間性、キャラクター力が揺れてしまうもの。


 ともかく、


「いいから、モナンもこっちへこいよ。

 まずは一歩目から、自分からいかないとな。じゃないと仲良くはなれねえって」


「分かってます……先輩、でも……」


 でも……、なんだ?


 モナンは、なにを、


「いくとしてもそこじゃないです」


「…………、まあ、そうだよねー」


 モナンという犠牲者を減らすことができたのは良かったのか。個人的には同じ目に遭ってほしかったし、共有をしたかった……この拘束を、このいじりというか、拷問を。


 体に刻まれ続けているこの痛みを――。


 さすがにこれはモナンに喰わらせるわけにはいかない、という紳士的な思考は俺にもあったので、自分で自分に拍手である。となると、メインのターゲットは今のところ俺とガッツさんのままで……、ガッツさんは既に気絶しているため、俺が唯一のメインとなる。

 この後も長引くのだろうなあ、と予想ができているので、心の準備は万全だった。


 さて、浴びますかね。


 流れに乗って――、さらなる洗礼を。



 ……そう言えば、なにか足りない気がすると思った。

 誰かが、いない気が……、


 しかし、宴会でハイテンションになっている俺は、気づくことができなかった。


 誰かに指摘されるまで。

 ――問題が、起こるまで。

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