第15話 アンラッキーとハッピー

「ええ、お疲れ様。……いつも思うけど、お出迎えしなくていいからね」

「そういうわけにもいきません。それに今回は、少し目立っていましたから」


 ――目立っていた。

 それもそうか、食人鬼に乗って、ここまできたのだから。


 キュリエもさすがに、

「ああうん、それはごめんね」

 と謝っている……。


 常識は、やはり外れていたようで。発端であるモナンは口笛を吹いていた……下手くそだけど。そして顔を背けて知らんぷりである。

 こういうことを狙ってやってくるからなあ……、可愛いとは素直に思えないんだよ。


 生意気な妹のようだ。

 ……妹、ねえ――俺にもいた。


 モナンよりはお姉さんのような子がな。

 ともかく、


「ではお迎えの方は、次回からはなしにしましょう。それで、そちらの方々は?」


 男の視線が俺たちに向いた。

 軽く会釈をしておく。これで相手の警戒が解けたとは思えないが、なんとなく。

 しないよりは全然良い。


「これは、えっとね……新入生」


 言い方。

 加入希望者、でいいんじゃないの?


「ふむ」


 鎧の男が頷いた。なにか考えているようだが……危険性はないか、信じられる者なのか、とでも脳内で意見を出し合っているのだろう。まあ、やるべき精査ではある。

 しかし、それってつまり、キュリエが連れてきた俺たちを疑うということは、キュリエを疑うのと同じことで……、


 ――すると一瞬で、鎧の男も失態に気づいたようだ。


「失礼。それではそちらの二人とも、一緒にきてください」


 優しく微笑まれた。

 心を許してしまいそうだな……、そんな気さくな男の人である。


 ……悪い人には見えない。キュリエもいるし、悪人ではないだろう。

 だが、キュリエ自身、安全で信用できるのか、と問われたら怪しいものだが。


 だがここで信じずにモナンと共にプレイをし、先を進んだところで限界がある。

 だったら、ここで仲間になっておいた方が、やっぱり良いのだろう。


 それはとっても、正解に近いのではないか。


 もっと知りたいこともある。

 それに、確か『アンラッキー・デイズ』だったか。


不幸続アンラッキーきの毎日デイズ』――。


 そのチーム名は。

 チーム、は。

 リーダーは、『ハッピー』……。


 想像する人物の通りならば、たぶんそうだとは思うけど万一のことも考え、まだ確信にはしていない。だからその人物にも会ってみたいし、話したいこともある。


「先輩……みんな、いっちゃいますよ」

「え? ――ああ、いくよ」


 鎧の男と数十人のプレイヤーが、列を作り離れていく。

 モナンに引っ張られた感覚でやっと気づけたところだ。


 ――ふう、最近、思考の深みにはまることが多いな。

 良いことなのかな?


「じゃ、いくか」


 モナンの手を引き――と、これは無意識だった。

 それから、キュリエたちの後を追う。


 チームの、リーダーに会いに。


 行き先は、中央の都、その中心部に建つ、天を突くように伸びている塔——、

 まるで宇宙へ続くエレベーターのように、本当に宇宙まで伸びていても不思議ではないほどの高く長い塔だった。


 行き先は、そこだった。まさか最上階ではないだろう……。


 ―― ――

 

「なんだ、こいつ――すっげえ、ちっちゃいな」


 と、敵もおらず町中だと言うのに、斧を常時、手で握り締めている少女がいた。『少女』とは、見た目的にもう言えないような女性プレイヤーである……、


 彼女がモナンに向けて、開口一番、『ちっちゃい』――そう言ったのだ。


 モナンの頭をぐしぐし、と手の平で撫でている。

 それは撫でていると言っていいものか……あれじゃあもう攻撃のようなものではないか。


 あと、今は塔の中である。つまり室内なのだが……、彼女の姿は、やはり浮く。町中ならちょっとはずした服装で済むが、部屋の中だと完全に異変になってしまっている。

 露出が多いな……、あとそれを早く手離せよ。


 装備の武器、外せばいいのに……。

 どういうキャラ付け? 原始人がモデルなの?


「やっ、いい加減っ、やめてくださいってば!」

「あ、怒ってる? 怒ってる顔も可愛いなあ」

「やめ、やめてくだ――きゃっ!? ぎゅっとしないでよーっっ!」


 モナンの敬語が取れている……、そして声も次第に弱くなっていき……、

 あいつ、段々と認めてきているな?

 今の状況、そしてその扱いに。


「おいおい、あんまり好意を向けても鬱陶しく思われるだけだぜ、シルク」


 バンダナを頭に巻いた野生児のような男が言った――、

 シルク、というのが斧を持っている女性プレイヤーのことだろう……反応していたしな。


「あん?」と、喧嘩腰である。


「大丈夫だって。なー、モナンちゃん?」

「むきゅう」


 モナンは抱き着かれ、顔がシルクさんの――胸に埋まっている。

 呼吸できているのか、怪しいものだ。


 それだけ深く沈み込んでいるのだから……。

 羨ましいなあ。


 いや、だからと言ってじゃあ俺も俺も! と挙手するわけではないけれど。

 望むこともしないし……、いくら欲望に忠実だったとしてもまず初対面だし!

 俺はこれでも人見知りをする方なのだ。



 シルクさん――そして野生児の男性プレイヤー……名前は『ガッツ』さんらしい(野生児というのは受ける印象が『野良』っぽいだけで、異端という意味ではない……接していく内にそういうことは分かってくるか)。


 ストレートな名前である。シンプル!


 覚えやすくて助かった。たまに記号とか使っているプレイヤーがいたりするから、なんて呼べばいいのか分からなくなる。それと比べたら全然マシだ……痛くもないしな。


 ただインパクトには欠けるけど、まあそれは仕方ない――そもそもインパクト、いる?

 シンプル過ぎて記憶に残らない、と思うかもしれないけど、じゃあ鈴木とか佐藤とか田中とかはどうなんだという話になる。クラスメイトにいても別に忘れたりしないしなあ……。

 つまり名前ではなくキャラクター次第、だ。


 別にガッツさんがガッツでなかったとしても、きっと接していく内に覚えるはずだ。

 ガッツ……俺は好きだ。


 ――のだけど、見た目と名前の通りに、彼の性格は熱血である。加えて、接したら暑苦しそうにも思えたので、今のところまだ話しかけてはいない。

 これから続々と仲間が増えてくるから、と言われてこうして待たされている状況だが、まだこの場にいるのはシルクさんとガッツさんだけだ。


 隣にキュリエもいるが、俺にとっては既知の仲である。


 一応、数十名のプレイヤーも周りにはいるが、ただ……、組織的な言い方になってしまうけど、下っ端、なのだろう……彼らはレギュラーメンバーではなく、準でしかない。


 メインは張れない。

 それだけのキャラ力はない。

 それだけの実力は、まだないのだ。


 だからここでこうして待っているのは、レギュラーメンバーを、だ。

 このチーム内、幹部クラスと言える人たちのことを――。


 どれくらいの人数がいるのか分からない。

 ゴールが見えないマラソンはきついので、俺は聞いてみた。


 隣にいる……、『不幸』をチーム名にしている、『幸福』な少女に。


「まだ、こないのか?」


「あんまり焦らすなよ。つーかさ、いきなりきたお前が悪いんだからな、トンマ」



 言って、ハッピーが溜息を吐いた。

 あくびをし、俺を横目でちらりと見る。

 俺も同時に見ていたので、ばっちりと目が合った。

 ああ、やっぱりな……。


 ハッピーなのか、と思った。


 予想外を踏んでくると思ったが、そのまま予想通りだったわけだ。

 捻りなし。

 ストレート、か。

 シンプルである。


 王道と言えば良く聞こえるけれど、王道も飽きられているだろう。

 俺が既に飽きているのだから――、


 となるとやはり、邪道を踏むべきか?

 邪道……、


 なにをどうするべきかは分からないけど、それなりのやり方があるのだろう。

 物語とは、難しいものである。


 俺にはどうにもできないから、ないものねだりになってしまっている。

 ――ともかく、文句はそれぐらいにして、今を生きますかね。



 現実を見ようか。


 ゲームの中で。


 現実を。

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