第14話 中央の都

 キュリエがそんなことを言い出した。

 ネタではなく、彼女は目はマジである。


 良い案でしょ? とでも言いたげな表情を浮かべており……、

 良い案ではないけどさ……まあ。


 それはそれで楽しいかもしれない、と思ったのは事実だ。


「通訳ね――いいけどさ、

 じゃあキュリエからなにか話しかけてくれよ。俺がそれを伝えてみるからさ」


「そうね――なら」

「あ、下ネタはなしな」

「言うわけないだろバカか!」


 キュリエが顔を真っ赤にして怒鳴った。

 ついでに俺の側頭部へ、がんと拳を入れてくる。


 ちっ、と舌打ち一つ……その舌打ちの意味は……?


 言おうとしていたのに禁止されたという俺の先手に向けて?

 それとも濡れ衣を着せられたことに?

 どっちにしろ、原因は俺である。


「先輩——モナンです、と伝えてください」


 おう、と頷いてからキュリエに伝える。


「『先輩、モナンです』だとよ」


「そういうボケは乗る、乗らない以前にイラつくのでやめてくれますか? ここはいちいち止めることなく進める場面でしょうに。移動時間が長いからと言って、ここの尺を長くする必要はないんですよ、ねえ先輩——」


「分かった……分かったから首を絞めてくるな!」


 こいつ……マジか?

 え、マジか!?


 両手で俺の首を絞めていたけど!? 首にしっかりと痕、残ってるだろ! 

 いつの間にか後輩がこうも凶暴な鬼畜になっていたとは! 俺はどうすればいいんだ!


「トンマ――じゃあキュリエです、と伝えてくれ」

「……はいよ」


 目で言われた。

 テキトーにやれば殺す、と。


 キュリエの視線は、睨んだだけで人を殺せる効果があるからなあ……。

 逆らわないようにしよう。


 そしてモナンに伝えると、


「それじゃあ、よろしくです」

「うん、よろしく」


「お前ら通訳なくても自分たちで会話してるじゃん」


 聞いて伝える、という俺の役目を越えてるじゃん。

 速度、早いじゃんお前ら。


 俺、ここにいる意味、なくないか? 間に挟まっている意味とは……。

 邪魔でしかない気がする。


 なのでさり気なく立ち上がろうと、

 キュリエの反対側へ移動しようとしたところで、しかしモナンに止められた。


 肩を上から押され、

 強制的に、座らされた。


「……どうした?」

「まだ早い」


 いや、そんな自信満々に言われても。

 なに、なんか決め台詞みたいな勢いだけど、ただただ情けないだけだぞ?


 まあ、モナンの意見にキュリエも賛同していたようで、


「トンマはここにいろ」


 とのことだった。

 こいつら……俺を挟まないとまだなにもできないのか。


 いや、当然、そんなことはもちろんないとは思うけどな――遊びの部類のはずだ。尺を取っているだけ、なんだろうけど……、にしては顔が必死なのが気になった。

 そこはツッコんでもいいところなの? 

 しかし経験則で言えば、ダメなところだろう。


 なので、沈黙。

 やめておく。


 このままここに座っていよう。


「寝てていい?」

「え?」


 モナンが驚いた声を上げた。

 泣きそうな表情を見ると、え、そこまでなの? と思ってしまうけど……、


 今は眠いんだよ、マジで。


「中央に着きそうになったら起こしてくれよ」

「え、でも」


「いいじゃんか、少し疲れたんだ」

「……そう、ですね。少し休んでください、先輩——」


 と、モナンは優しい笑顔で見送ってくれた。


 ゲームの中で眠る、なんて……なんだか変な感じだったけれど。

 意識が落ちるこの感覚は、現実世界となにも変わらなかった。


 ―― ――


 そして、気づけば中央の都へ辿り着いていた。

 さすが、展開が早い!


 まだ夜時間ではあるけれど、中央の内部は夜時間も昼時間も大して変わらないらしい。食人鬼がいるわけでもなく――、ただ、変化と言えば、そりゃあ夜時間と昼時間で、起きるイベントの違いがあるらしいが。


 ともかく俺たちは辿り着いたのだ。

 まだスタート地点だ。ここが基本的な、生活空間になるのだろう――。

 


 ここまで送ってくれたビッグサイズの食人鬼にお礼を言い、

 手を振りながら、去る食人鬼を見送る。


 今更だけど、あれ、食人鬼なんだよなあ……。


 驚いたのは最初だけだ。時間が経ってしまえば、感覚というのは麻痺していくものだ。

 今まで乗っていた食人鬼を、今更、食人鬼とは、思えなくなっていた。

 モナンが飼っているペット、にしか見えない……。


 つーかさ。

 モナンは、どうやって手懐けたのだろうか。


 あいつ、俺とログインした時間、大して変わらないだろうに。

 こういうところで差が出てくるのか――。


 持っている者と持っていない者の差が。


 なんて考えごとをしていると、


「ここが中央の都だ。

 ここまでくれば、この先、たとえゲームオーバーになっても、この町の『メインタワー』――で、生き返るから安心しろよ」


 じゃあ、もうスタート地点に戻ることはないのか……それは安心だ。

 長い砂漠をまた進むのは嫌だからな。



「先輩——あれ……」


 すると、モナンが反応し、指を差した。

 視線を指先、その先へ持っていくと、先の景色に映っているのは集団だった。


 プレイヤー、だ。

 数は、十……もっと、二十はいるか。


 どうして、こんなところに?


 だが、そんな疑問はすぐに解消されることになった。

 キュリエが、すっと前に出て……俺たちよりも前へ――。



 そして、二十もいるプレイヤーたちがキュリエの姿を確認すると、

 視線をはずさず一点に集中し、ここまでやってきた。


 接近してくる――距離はゼロになる。

 実際は、まあ二メートルはあったけどな。


 先頭——、鎧を纏った、ガチガチに防御を固めている男が言った。



「お疲れ様です、キュリエさん」

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