第13話 食人鬼の上で。

 ビッグサイズの食人鬼の肩の上で、俺、キュリエ、モナンが三人並んで座っている。

 俺を真ん中に、左にモナン、右にキュリエ――、


 なんだろう……モナンは特に気にしていなさそうだけど、というよりまったく、眼中にもないとでも言いたげに前を見ている。反面、キュリエはモナンのことをじっと見ている……、いや視線の鋭さは、もう睨んでいると言えるレベルだ。


 なんで喧嘩を売ってるの?

 本人にその意思がなくても、そうとしか思えないんだけど……。


 すると、


「それにしても、まさかあそこまで驚いてくれるとは思っていませんでしたよ。そんなにリアリティがありました? タネ明かしをした瞬間に、鼻で笑われると思っていましたし――」


 とモナン。


「笑うか。俺ってそんなキャラに見えるのか?」

「はい」


「今までの俺とお前の絡みを思い出せ! そんなこと一度もねえだろ!!」

「どうでしょうね」


「テキトーなことを言うな! いや俺もはっきりとは覚えていないけども!」


 そう、覚えていない。

 昔のことなどとっくのとうに忘れてしまっている。


 思い出せないが、まあ、言っていなかったと、そう思うけどなあ。


 モナンは――いや、意外と覚えていそうなものだ。

 こういうところは細かい後輩である。


 今更だが、心配になってきたな……、

 俺、モナンのことを鼻で笑ったこと、あったか……?


 まあいいか。ありそうなものだ――あったところでどうってことないだろう?


 すると、つんつん、と指先で俺の肩をつついてきたのは、キュリエだ。

 彼女は俺の耳元に口を寄せ、


「ふえ」

 と。これは俺の漏れた悲鳴だったが。


 キュリエはなぜか、俺の耳に息を吹きかけてきた。

 意味が分からねえよ。


 声を出す時に思わず漏れた吐息、ではなく、今のは意図的に、俺の耳に向かって息を吹きかけたんじゃないか? それが目的にも見えて――、

 それだけのため?


 まあ当然、


「そんなわけないだろ。っていうか、いつまで待たせるつもりなの?」

「なにが?」


 いやなにがって……と、キュリエが言いづらそうに呟いていた。

 もじもじ、と。お前、そんなキャラじゃないだろ。

 お前はなんで俺に好意を持っている風なの?

 新キャラへのフラグなんて立てた覚えないんだけど。


 ともかく――なんだよ、とキュリエに聞いてみる。聞いた方が早そうだ。


「そこの子のこと、紹介されてないんだけど」


「うん? ……あー、そうか、そうだったな。やべ、てっきり紹介したと思ってた。そうだよな、こっちの世界じゃあ、数分くらいしか経っていないんだもんな。数日、空いたわけじゃないんだもんな」


 一話の間隔で、紹介したもんばかりだと。


「物語を歪めるなよ?」


 ぎろり、とキュリエに睨まれた。

 一瞬、だったけど……怖いって。


「説明、か」

「どうせお前の女だろ?」

「違うよ」


 言うと、隣でわくわくしていたモナンが、がっくりと肩を落としてうなだれていた。

 そうだ、と言ってほしかったのか……? いいの?


 今後、ずっといじられ続けるネタにされるぞ? 言わないけどさ。


「とは言え、説明は難しいな――別に仲間じゃないし、友達でもないし――」

「先輩にとってモナンはなんなんですか!?」


 と、モナンがツッコんだ。なにって――あ。


「ただの後輩だな」

「最低ですねっ、モナンは、こんなにもあなたのことを想っているのに!!」


「いや、いいって。そういうのはいらないから」

「悪ふざけにもノってくれないなんて!!」


 本気でショックを受けているようだった。

 悪いことをしたかもなあ。罪悪感はゼロだったけれど。


「で、説明は面倒くさいから、モナンにメッセージでも送ってくれよ。

 直接、話すのが嫌だったらの手段だけどさ」


「……別に、嫌じゃないけどさ」

「モナンはちょっと嫌ですけど」


 きっぱりと言った。

 これにはキュリエも少し戸惑っている。


 まあ、面と向かって嫌と言われたら、少なからずショックではあるか。

 一応、訂正しておく。


「モナンは初対面の相手とあまり話せないからな――そこは分かってやってくれ」


 ああ、そういうこと――と、キュリエは納得した様子で。


 涙目で俯いていたのは、俺からしか見えなかった。黙っていた方がいいよな?

 いや、言ってしまえばモナンとは打ち解けられそうだけど。


 しかし良いことの裏には悪いこともあり、そうなった場合、俺は確実に消されることになる。

 だって、ねえ。

 涙目を見たって、キュリエのようにプライドが高そうなやつは、嫌だろう。


 弱みを見せるだなんて。

 恥ずかしい、はずだ。

 照れ隠しに心臓を一突きとか、あるかもしれないし。


 俺は無意識に、心臓をぎゅっと握っていた。

 そこにくるだろう攻撃に備え――、だが涙目のことを言うつもりがなかったので、攻撃なんてくるはずもなく……、ただ俺が安心を手に入れるためにやっただけのことだ。


「文字だけだと冷たい気がするし、直接はさすがに――」


 キュリエは色々と考えてくれているらしい。

 長く、長くだ。



 その間にも、食人鬼は中央を目指している。

 ビッグサイズの食人鬼に乗っていれば、当たり前だが他の食人鬼に襲われることはないだろう。このまま、朝になるまで、進んでいられるはずだ。

 それにしても、中央はまだまだ遠いのか。全然、形も見えてこない。


 元々、歩きでいくつもりだったのだ。今でもまだ見えないということは、もしも今もまだ歩きで進んでいた場合——さらに、それ以上に、時間がかかっているはず……。


 ゾッとするな……。

 今よりももっと時間がかかる。

 しかも、食人鬼の恐怖に追われながら、だ。


 嫌な汗が噴き出る……、

 モナンがいてくれて本当に良かったと思った。


 すると、


「じゃあトンマ、通訳してよ」

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