第12話 操縦者、登場!
それは、つまり――つまりそうか。
ビッグサイズの食人鬼は、この砂漠のどこかにいる、ってことか。
それがいつ、現れるかは分からない。
後で、かもしれない。明日かもしれない――そもそも現れないかもしれない。
だけど俺が意図的にはずしていた、そのもしかしたらの可能性を、的確に敵が射抜いてくる。
ふざけんなと叫びたかったが、もう遅い。
ビッグサイズの食人鬼が、『今』現れた。
俺たちの真上。
俺たち二人を跨ぐように。
ビッグサイズの食人鬼——その巨人は。
「うぉ、ぉうあああああああああああああああああああああああああっっ!?!?」
夜空の星明りを全て塗り潰し、天井になっている。
包囲網が完成されている……俺たちは逃げられない。
そもそも萎縮してしまい、体は動かなかったが――。
恐怖である。
そして、こんな化物を間近に見てしまったという驚きで、だ。
「……わたしも初めて見る……これが、ビッグサイズの食人鬼……」
キュリエも、その声が震えていた。
その反応からして、俺たちに勝機はまったくないと言えるだろう。
こんなの、無理ゲーだろ……っ!
「ど、どどど、どうするんだよこれ!?」
「落ち着け! とりあえず、一眠りすればいいだけ――」
「それはお前が落ち着け!!」
こんな状況で眠れるか!
眠れば本当に終わる……死ぬ。
とにかく今は逃げることだけを考えればいい。それ以外はひとまずは考えず、思考の容量を空けておくべきだ。それだけでも生存確率はたった少しだが、だけど確かに上がるはず……。
食人鬼は俺たちを跨いでいる。つまり股の下。
視界の下。さすがに気づかれずに逃げることは不可能かもしれないが、しかし反応を遅らせるような、かく乱くらいならできるのではないか。
相手にとっては死角のはず。
そして俺たちには、自由がある。
股の下で色々と、できることは多いはずだ。
「キュリエ、せーので、一気に駆け出して逃げられると思うか?」
「無理ね」
「否定が早い! でもまあ、思っていた通りだから驚きはねえけど」
キュリエがそう言うのだから、嘘ではないのだろう。
この状況で嘘を吐くとか、どんな精神力をしてんだって話だし。
だとすると、駆け抜けることはしない方がいいか……。
そうなると、マジで手がなくなってきたか……?
「あんまり考えている暇、なさそうよ? どうするの、これ」
「は?」
と、俺が声を出した瞬間にはもう既に、
食人鬼の手の平が、股の下にいる俺たちの元へ迫ってきていて――、
ごつごつとしたまるで岩のような手だった。その指に掴まれそうになるけれど、なんとか、横に飛び出して回避することができた。
だが、ただの一回だ。追撃をこれまた避けられるのか、と問われれば、間違いなく避けられるとは、自信を持っては言えなかった。
今のはまぐれだ。
咄嗟だったからこそ生まれた、奇跡——。
しかし次の攻撃が、くると分かってしまっている。
そういう覚悟が、分かっている事実が、体を鈍らせる。
そう思っている間に、時間が進む。
そして――きた!
手の平が、いや、指が――指だけが、伸びてきた。
押し潰すように、俺たちに向かって巨大な指が迫ってくる。
今度こそ――、
「っ!?」
体を横に一回転させ、そのおかげで押し潰されることはなかった。しかし防げたのはそれだけだ。直撃という即死レベルの攻撃を避けることができただけで、それから次の、さらに一撃——攻撃目的ではない攻撃は、避けることができなかった。
俺の服を、つまんだ。
引っ掛かったのではなく、狙って俺を、持ち上げる。
「うぁ、わあああああああああああっっ!?」
意識が飛びそうなほどの勢いで持ち上げられ、全身が風に叩かれた感覚……、視界の中でひよこが回っているのは、もう死にますよという警告だったりするのか!?
地面が遠くに見え、離れていく――。
体が真上へ――その時だった。
「トンマを――ッッ、返せぇええええええええええええええええっっ!!」
くるくると、宙を足場にして跳ねるように上昇し、食人鬼の指にクナイを突き刺した少女の姿が見えた。キュリエが、戦闘態勢に入っている。
こんな、戦っても勝機が見えない相手に、どうして――。
たとえキュリエでも、やっぱり勝ち目なんてないだろう。
「キュリエ、もういい! 俺なんか見捨てて逃げろ!」
「はあ!? ふざけないで! 確かにあんたとはさっき出会ったばかりで、見捨てた方が絶対に良いし、あんたのことなんてなんとも思ってないし! 好きでもないし全然っ、嫌いな部類に入るどうとも思っていない相手だけどねえ!!」
す、好き勝手に言いやがる。
ここまで罵倒されるようなこと、俺はしたつもりないけど……。
なにが地雷だったのかなあ……。
キュリエの言葉は、まだ続いていた。
「でもね、食人鬼が現れて、襲われている人がいて。
ここで見捨てて逃げることができるほど、わたしは腐ってなんかいないわ!」
「キュリエ……」
「あ、待って無理な気がしてきた!
わたしもヤバイかも――逃げなくちゃ!!」
「待て待て早いだろ!? もう少し粘れよ、お願いもっと劇的な盛り上がりをもう少しだけ堪能させてくれよお!?」
逃げる時は早かった。
滅茶苦茶、速い足だった……。
俺が逃げる、と言っておきながらだけど、いや逃げるなよ。
助けろよ!!
「助けてくださいお願いしますぅ!!」
「もちろん分かってるけど、そう上手くいかないのよこれ!」
キュリエは少しずつ、少しずつだけれど食人鬼に攻撃してくれている。しかし食人鬼には通用していなさそうだ。それもそうだ……それもそうなのだ。
だって俺らにたとえてしまえば、蚊やハエが、俺たちの体にぶつかっているようなものなのだから。ダメージなんてないだろう……。
感触だってないかもしれない。
キュリエに攻撃されている、という認識が、まずない。
相手にされていない。
食人鬼は思うまま、体を動かし、その意思の通りに。
「あーもうっ! ここまで強敵なの!? ――ビッグサイズって!」
「うぐ、ぐぐぐぐ――っ」
指でつまんでいたはずが、いつの間にか俺の体はぎゅっと握られている。
手の平で、ぎゅっと。
少しの力が加われば、ぷちっと潰されてしまいそうだ。
そんな状況で、俺もなんとかもがいてみるが、全然、脱出できそうにない。
動けば動くほど、俺の体の方が壊れてしまいそうで……。
俺も満足に体を動かせなかったし、動かそうとも思わなかった。
「なあ、キュリエー……まだか?」
「のんびりしてんじゃないわよ! なによそのリビングで夕食を待つ旦那みたいな態度!
首をだらんとさせるな緊張感を持って待っててくれる!?」
「だってさー」
その時、景色が動いた。
食人鬼が、動き出したのだ。
「な――っ、キュリエ!?」
「へ?」
声を漏らした瞬間、キュリエの体が真横からはたかれた。
はたかれた、なんて――はたいた側の食人鬼には、そんな意識はなかったのだろう。まず手ではなかったし。はたいた、と言っていいものか、怪しいところだ。
キュリエを真横から叩いたのは、食人鬼の体についていた岩だ。
それが動きによって飛び出し、キュリエに偶然、直撃した。
運悪く、だ。
食人鬼に遭遇してしまっている時点で、俺たちの運なんてないようなものだが、ここにきて、その運のなさが、さらに加速している気がする……。
「だ、大丈夫……」
「なら、良かったけどさ……」
キュリエはなんとか、食人鬼の体にしがみついていたようで、落下はしていなかった。しかし、落ちるのも時間の問題だろう。このままじゃあ、振動でいずれ振り落とされる。
長くはない時間の内に、そしてその結果は、意外にも早くやってくるものだった。
「嘘、だろ……?」
視線の先、斜め上。
キュリエの真上、そこにあった岩が、落下してきていた。
このままじゃあ、当たる。避けるにしても、しがみついている手を離す必要がある。そうなるとキュリエは地面まで真っ逆さまだ――なんにせよ、キュリエが助かる道は残っていなかった。
いや、まだ助からないと決まったわけじゃない。
「この食人鬼の、手を、取れば――うぉおおおおおおおおおおおおおおおおらああッッ!」
力任せに、俺の力で食人鬼の手から逃れようとしてみるが……、
だけどやっぱり、いくら頑張っても抜け出せそうになかった。
「キュリ、エ――キュリエぇええええええええええええええええええええええええッッ!!」
叫びが、夜の景色に、響き渡り。
だが、そんな叫び声に被せるように、声量としては大きくない、しかし俺の声よりは圧倒的な存在感がある声が聞こえてきた。
その声は、いつも通りに俺を呼んだ。
「先輩、そろそろこの茶番をやめるので、落ち着いてください」
……声を失った。
しかし、なんとか絞り出して――、
「…………お前、これ、演技なのか……?」
彼女は――、食人鬼の肩の上からひょっこり、と顔を出した彼女は、
モナンは、笑顔で言った。
「はい、楽しませてもらいましたよ。先輩と、キュリエ、さん」
俺はがっくり、と肩を落とし、
モナンのおかげで落石から助かっていたキュリエは、きょとんとしながら。
とりあえず、俺たち二人へ迫っていた脅威は取り除かれたらしい。
そもそも、危険なんてなかったわけだが。
モナンの演技だった――それにしても、
お前、食人鬼を手懐けているとか、相変わらずの底なしだな、まったく。
「だってモナンですよ? こういう常識破りは、いつでもできますよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます