第11話 砂漠の道中

 砂漠の道を歩く俺とキュリエ――、

 暑さは感じなかった。逆に、寒いと感じるほどだ。

 まあ、夜なのだから当たり前かもしれないが……。


 俺は体を震わせながら、


「のんびりと歩いているけどさ、食人鬼が襲ってくるかもとか、心配はないのか?」

「は?」


 するとキュリエが、


「襲ってくるに決まってるでしょ」


 と、言った。言い切った。


 えぇ……? じゃあヤバイじゃん。襲われた時、そう簡単に回避できるわけではないって言っているようなものだけど、なのにキュリエに焦った様子はなかった。余裕、なのか……?


 なにか策でもあるのかもしれない。

 食人鬼が襲ってきても逃げ切れるなにか、だ。


 そう思っていたが――、そして思っているからこそ俺も余裕を見せることができた。

 しかし、だった――しかし、キュリエが次の瞬間、


「このまま進んで砂漠を抜けられるかどうかは運だけどね」


 え。

 そんな、信じられないようなことを言いやがった!


「は……、ちょっと待て。お前、これ計算なしで歩いているわけ? 

 なにも準備なく、運任せで、目的地まで流されようとか思ってるわけか!?」


「そうだけど」


「そうだけど、じゃねえよ!! 

 これ、マジで襲われたら一発でゲームオーバーじゃねえかッ!」


「そうね、それだけのことね」


「それだけのことね、じゃねえって! 

 死んだらどうすんだ、ここまできて最初から再スタートなんて嫌だからな!?」


「落ち着いてよ」


 キュリエが俺の肩を押さえた。

 ……みっともなく慌ててしまったな……。

 そうだな、焦っても仕方がない。


「ああ……悪かったな」

「落ち着いて。あんたが死んで、最初に戻ったところで、わたしに害はないし」

「殴ってもいい? お前のHPをゼロにしてやろうか?」


 見捨てる気満々じゃねえか!

 どうして俺はこんなやつと一緒にいるんだよ……っ。

 信用できる仲間が欲しいなあ……。


「いつもは『いらない』とばかり思っていたけど、今だけはモナンが欲しい――、

 はあ。会いたいなあ、モナンに」


「別の女の子のことを考えてるの? ほんと、デリカシーがない……」


「お前に文句を言われる筋合いはねえけど。

 いいじゃん、別に。俺だって心の安心を手に入れたいんだよ!!」


「女の子ってところに否定がなかったね。

 ははーん、やっぱり別の女の子のことを考えていたんだ?」


「確信がなかったの!? ってかそこ、どうでもいいことじゃないか?」


 ツッコミながら首を傾げると、


「もういい」と言って、キュリエが先へ進んでいってしまう。


 俺、間違ったことは言っていないけど――。

 ともかく、やっぱりモナンと出会うことが、まず最初の、俺の目的だ。


 最優先事項、にしておこう。


 ゲーム的には【中央】へ向かうことが目的になっているらしいけど、それを実行しながら、モナンも探すべき……、あっちも恐らくは同じく探しているだろうし、行き違いにならなければいいけどな――。互いに探していれば、早めに出会うこともできるだろう。


「……ん? あれ、なんだ?」


「どうかしたの?」


 視線の先。

 なにもないはずの砂漠の中央に、なにかがあった。

 岩——、

 門のように、アーチの形で、岩が立っていた。

 その先は……、暗くてよく分からない。


 なんだ? 地面に大きな穴が開いている……、でいいんだよな?


「オアシス?」


「どうだろうね、そんなエリア、なかったと思うけど。

 でもネットゲームだし、マップなんていつでも変わるわけだから、なんとも言えないけどさ」


 キュリエは不思議そうに。でも納得もしているようだった。


「いってみよう」

 と、駆け足で向かっていく。


「ちょ、待てっ、早いって!」


 ここに置いていかれるのはさすがに精神的にもきつい。なのですぐに追いかけた。

 しかしさすがはキュリエだ――初心者ではない彼女。

 俺なんかよりも全然、足が速い。まったく追いつけなかった。


 だがまあ、目的地は見えているし、理解している。

 だから困ることと言えば、食人鬼に襲われた時、俺一人ではどうしようもないことだけだ。


 それだけ。

 それだけだが、最大で困ることである。


 俺は必死に走り、そして、岩の門——真下へ辿り着く。


 キュリエはいなかった。

 もう既に、この先へ進んでしまったのだろうか――。


「なんでも、っ、早いんだよ、バカ……っ!」


 息を切らしながら、そう呟くことしかできなかった。

 ゲームの中なのに、息が苦しい。


 少しの休憩をし、呼吸を整えてから、先を見る。

 そこは、闇だ。

 真っ暗な、穴の中。


 まるで崖の先を覗き込んでいるような、とも言えた。落ちたら助からないような――そんな原始的な恐怖が俺の足下から首にかけ、這い上がってくる。


 まずい――キュリエは、ここに……?


「落ちた、のか……?」



「落ちるか、ばか」



「うわあ!?」


 声の方を向くと、逆さまになったキュリエがいた。

 岩の門、その上から、長い布を命綱にし、逆さまにぶら下がっていた。


 糸の先の蜘蛛みたいだった――というか、いるなら隠れていないですぐに出てこいよ。

 今のは本当に、心臓が飛び出るかと思っただろ……っ。


「なんでそんなとこに――」

「遅いから待ってただけなんだけど。これの説明もしなくちゃいけないし」

「説明?」


「そ。これ、たぶん食人鬼の仕業だから」

「……これが? こんな大きな穴を開けたってことが?」


 穴は、目測だが、校庭ほどの大きさがあった。

 一周するのが大変である。


 それだけ大きな穴を、食人鬼が一人で?

 とてもじゃないけど、信じられなかった。

 しかし、食人鬼はそういうものである、と言われたら、否定することもできないけど――。


 心の底では、あり得る、と思ってしまっているのだから。


「食人鬼の仕業なの。ただね、これは『ビッグサイズ』の食人鬼の仕業」

「……今度はビッグサイズかよ。じゃあ他にも――」


「いるよ。スモール、ビッグ、ノーマルってね。まあ、サイズとしてはこんなものかな。一応、他にもアニマル型とかいたりもするけど。それはまた今度、説明してあげる」


「気になる設定がちらほらと……でもまあ、今はいいや」


 アニマル型とか聞こえたけど、もうそれは、食人鬼の『人』、関係ねえじゃん。

 迷走してる? いや、単にぶっ飛んでいるだけかもしれないな。


「この穴は、ビッグサイズの食人鬼が拳を振り下ろした結果、なのかもね――」


「つまり? ……なんだか嫌な予感がする――、

 そうとしか考えられないんだけどさ、遠慮しないで言ってくれよ、覚悟はできてるから」


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