第8話 vs食人鬼

「ッ――」


 咄嗟の反射神経でとにかく、なんとか避けようと頭を下げた結果、体が仰向けに倒れてしまった――が、相手の鎌を避けることはできたらしい。

 しかし危険なことに変わりはない。

 このままもしも鎌が真下に振り下ろされたら、俺は間違いなく避けられないだろう。


 死だ。

 ゲームオーバーである。


 字にしてみればなんてことないただのゲーム用語だけど、こうして目の前で実際にその現象を味わうのだと脳が認識してしまうと、逃げたくなってしまう。


 死にたくない。

 たとえゲームでも。

 ゲームでなかったら、なおのこと嫌だが。


「ぐるがあ」

「なにを――」


 食人鬼が発した微かな音——声か? なんて言っているのかは分からなかったが、分かったところで結局それは、俺を『殺す』や『逃がさない』――なんて、そういう類のものだろう。

 分からなくて良かったのかもしれない。


 分かってしまったら。

 そりゃ、さらに恐怖で体が縛られてしまうからな。


 できれば脳からの命令は常に聞いてほしいと思うぞ、俺の体!

 

 そして、食人鬼が真下にいる俺へ、鎌を向けた。


「そりゃそうなるよなちくしょうッッ!!」


 振り下ろされる。

 というよりは、手元から離したような感じでもある――そんな気楽さがあった。


 実際は自分の爪なのだからそこには必ず上下移動が挟まるものだが。


 その上下移動……些細なものだが存在する、タイムラグの間を縫い、


 俺は隙間を転がって、避けた。

 俺がいた場所が鎌によって貫通する……、それからギロリ、と食人鬼が俺を見た。


 睨んでいるのか?

 いや、違う……敵意、を向けているわけじゃない……。


 狩りの獲物、というわけか。


 俺たちがやっているスライム狩りと変わらねえってことかよ――。

 狩られるだけのスライムたちもこんな気持ちか?


 いきなり現れ、なんとなく、そこにいたからという理由で殺される。

 命を奪われる理不尽だ。

 なんてわがまま――。


 こうなってくると、これから先、ロールプレイングゲームなんてできなくなっちまう……こんなにも感情移入なんてしていたら……とかなんとか考えている間にも、食人鬼も自分なりの第二ターンを迎えたらしく、予備動作に入ったようだ。

 腰を落とし、物音を少しでも立てれば飛び出すような体勢……。陸上選手のような緊張感である。さすがにクラウチングスタートの体勢ではなかったけれど、雰囲気はまさにそれである。


 人間らしく、人間っぽい。

 まあ食『人』鬼だし、おかしなことではないが。


「ふう――」


 俺は深呼吸を一つ。

 木の棒、一本だ。


 構えて、もう一本、取り出してみる。


 連続であと数本、合計で六本だ、それを束ねてみた。


 木の棒、だけれど、かける六になったわけだ。攻撃力、耐久力が単純に六倍になった、とは言えないかもしれないが、少なからず、強化はされただろう。さっきよりは全然マシだ。


 それに、精神的にも上昇傾向にある。

 これでも、武器になる。


 俺はまだまだ戦える――。

 戦闘はまだ、始まったばかりだ。



「いくぞ、食人鬼——ッッ!!」


 相手よりも早く俺は駆け出し、食人鬼の胸に、木の棒を突き刺す!

 そこで棒は折れ、

 食人鬼の爪が、鎌が、俺の背中から心臓を抉ろうとしていて……っ。



 まあ、予想していなかったわけじゃない。

 覚悟はしていた、けれど……。


 でも、でも。

 早過ぎる、のではないか?


 まだろくに、格好良いところを見せていない。

 これで、終わりなのか?

 また最初から? 


 こんな、ところで――、

 俺、は、



 そして体力が削られていく――


 その始まりの、一瞬前に。


 食人鬼の顔面が、吹き飛んだ。



「……え」


 それは俺の声か、食人鬼の声か。

 自分自身で分からなかった。


 飛んだ食人鬼の首は、地面に着地することはなく、一人の少女の手の中に。



 背は小さい。

 背景の黒と被るように、同色で擬態でもしてしまいそうな、黒い全身。顔は目以外は黒い覆面で覆われていて、表情が分からない……、手にはクナイ――腰のポケットに収まっているのは手裏剣、だろうか? ……忍者、か? 忍者にしか見えないが、そんな彼女がそこにいる。


 少々こもった声だが、彼女が言った。


「ぶぁい、じょうぶか、ぬし――ふぉふし」


「ごめん、話しづらいならその覆面、取ってもらってもいいかな!?」


 命の恩人、ヒーローへかける言葉は、感謝ではなくツッコみだった。

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