――【食人鬼】の世界へ

第7話 夜時間

「うう……ん?」


 少しずつ、ゆっくりと目を開ければ、その先の景色は緑色の森だった。

 視線を回せば小さな池がある……ここがスタート地点? でいいのだろうか?


「――モナン? いるか、モナン!?」


 叫んでみるが、返事はなく。

 どうやら俺は今、ここに一人でいるらしい。


「マジか……」


 ゲームの中に入るという体験は初めてではない。だから焦るほど戸惑っているわけではないものの……、いま俺の中にある感情は、確かな不安だった。


 ここからどうすればいい……?


 ゲームの中に入る、という体験をしていなければあちこちを調べてみるのだが……そして説明書を確認するものだが、今、現実の世界と変わらない体験をしているのだ。

 動くにも勇気がいるな……。


 スタート地点とするならトラップはないとは思うけど――、もしも少しでも動いて足下からなにか飛び出てきたりしたら……怖い。


 食人鬼、というタイトルからなんとなく展開は想定できるし。

 怖い……が、さすがにいつまでもここにいるわけにもいかない。


 俺は視界に映っている、端っこにある〇ボタンを押してみる。

 空中に指を向かわせただけだが、しかしきちんと触れた感触があった。


 すると、


「おっ、ステータスが見られるのか」


 登録した名前、【トンマ】の表記があった。


 そして、体力・HPが表示されている。そこで気づく。HPはあるが、魔力・MPがない。それにレベルもなかった。0でも1でもなんでもいいけれど、こういうゲームであれば必ず(ないタイトルもあるかもしれないけど――)あるはずだろう。


 プレイヤーのレベルを測るためには必要な要素な気がする……のに。


 レベルがない。

 つまりそれは、


「そういうゲームってことか」


 レベルがないシステム。

 なるほど、強さは経験では補えない、というわけか。


 装備の強さ、それが鍵を握る、と思っておけばいいのかな。


 とは言え、現時点でただ単純にレベルの表示がされていないだけで、ストーリー、もしくはチュートリアルを終えたら解放される可能性もある。まあ、それならそれでもいいか。


 慣れ親しんだシステムの方がまだ順応しやすい。


「とりあえず、まずはモナンを探すか」


 森。

 視界の先には森しかなく、木ばかりだ。

 植物である。


 ひとまず、自分が今いる場所——池の位置から第一歩として、北へいこうと歩いてみる。


 木、ばかりで周囲がまったく見通せない。森でしかなく緑でしかなかった。とにかく今は情報が欲しかった。森以外の情報が――。

 一刻も早く森から抜け出し、緑以外の景色をこの目に焼き付けたかったのだが……、



「どこまでいっても森じゃねえか……っ!」


 もしかしたら、方角を間違えた?

 北ではなかったのかも。でも、じゃあ南だ、とか、東だ西だと特定できるわけではない。

 自分で言うのもなんだが、どこを選んでも同じ状況になっていた気がする……。


 今から戻り、違う方角へいくのは非効率的だった。

 だったら、ゴールはまだ見えないが、とにかく進むしかない。


 北へ、黙々と。

 進むだけだ、歩くくらいできる。

 俺は二本足で立っているのだから。



「いま、何時だ? 時計は、どこにあるんだよ?」


 歩き出してからしばらく、結構な時間が経っていると思う。

 視界の端に見える数字の並びを見ていると、もう十八時である。


 ゲーム世界と現実世界での時間は共有しているらしい。確かに、さっき入ったばかりで、今になっている。時間が一時間、二時間程度、経っているなら十八時で合っているだろう。


 夕方もそろそろ終わる。

 ということはやがて夜になり――、


 夜?


 すると、空が急に、黒くなる。


 闇が浸食してくるように、空が真っ黒に……。

 地面も、影が地面を覆い、漆黒だ。


 なんだか、ヤバい気がする……。

 確実に。

 確信があった……なぜなら、





 そんなメッセージが視界を埋め、

 赤く、視界が明滅している……。


 警告だ。

 危険を感知した!?


 俺の手にはさっき拾った武器である木の棒しかない。

 そして迫ってくるのは、食人鬼——、その一人が、姿を見せた。


 森の中から、先から、ぬう、と。

 派手さを殺した登場の仕方だ。モンスター、と言うよりは、暗殺者。

 本当に、殺しに特化したような存在感だった。


 製作者……、この食人鬼は、リアル過ぎないか……?

 こんな相手に、どう戦えと?


 木の棒、一本。まあこれしか持っていなかった俺も悪いけどさ!!


「食人鬼……、人を喰らう、鬼——」


 ―― ――


 鬼。

 鬼とは、吸血鬼。


 姿を見せたそいつは、牙を剥き出しにし、その牙が、赤く濡れていた。

 体は人間のそれとは思えない。がりがりで、痩せている体型……、


 あばら骨が浮き出た灰色の皮膚だった。


 そして前のめりになり、猫背。目が赤く、夜でもよく見えるのだろう。


 指は鋭く、全ての指が俺に向いている。

 相手は、食人鬼は一人だが、俺も一人だ。


 こうも早く出会ってしまうとは、まったく、一体どういうルールなんだか。

 しかし、こいつを仲間である、とはさすがに思えない。

 人は見かけによらないとは言え。


 ――やるしかない。


 俺はこの木の棒、一本で、こいつを倒すしかない!!


「…………」


 無言で構える。相手も、食人鬼も空気を読み、じっと構えて、急に攻撃を仕掛けてくる、ということはなかった。それはそれで助かった、けれど、だがそれは一時的な余裕でしかなく、やがて迫ってくる食人鬼をどうにかしなければいけない、ということに変わりはなかった。


 さて、どうする。

 武器は木の棒、一つ。


 素材だなんだと使うかもしれないと思い、多めに持っていた木の棒がまだいくつかあるが、だとしてもあまり変わらないだろう……結局、木の棒で戦うことに変化はないのだから。


 そして、構えて数秒だった。

 俺は動かない。それは食人鬼も同じく。


 目と目が合っている……、としていいのだろうか?

 相手の目が本当に俺を見ているのか、曖昧だったが。


 俺を見ているようで、見ていないのでは?

 後ろの背景を見ているようで。

 俺の、中身を見ているようで。


 不気味だった――、ゲームの中の世界で、そこにいるキャラクターなのに。

 背中がぞくりと、反応する。


 音を極力、立てないようにしながら、俺は食人鬼に気づかれないよう、意識を、全部を足へ集中させ、数歩だけ後ろへ下がった。それに気づかない食人鬼ではなかったようで、俺が足を下げた瞬間に、食人鬼が動き出していた!


 爪が一瞬で伸び、

 まるで、鎌のようだった。


 赤く染まった鎌のように。

 その切っ先は、俺の首を狩るように進んでいる。


 刈り取られる、そんなイメージだった――。

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