第4話 食人鬼オンライン

 ゲームの中に入れる……ね。

 あの時のゲームを思い出す――モナンが持ってきたゲーム。

 俺とモナンとアキバとハッピーでプレイした、あのゲームだ。


 あれは、実はモナンが中学時代に作ったものだったらしいけど……それとよく似た技術が活用されていて、さっきも言っていた『ステルス・ヴァンプ・オンライン』としてゲームになり、他国で売れている――のだと言う。

 最近になって日本でもサービスが開始されたらしいが、話題になっているのはごく少数の間だけだ。大々的にヒットしている、とは言い難い。


 ヒットしていれば当然、テレビやらネットで特集されているだろうしな。

 ……いや、しないか。


 ゲームの中に入れる……なるほど夢のようだ。だが、安全性がきちんと証明されているわけではない――。もしもバグでもあれば、永久に、ゲームの世界に閉じ込められることになる。


 そういう問題点を挙げる人はどこにだっているものだ。恐らくはそういうことを、どこからか情報として入手している人が大勢いて、そのせいで、日本ではあまり売れないのかもしれない。


 まあ、そもそも価格が高い、という理由かもしれないが。

 しかしそれでも、プレイヤーは多いらしい。

 ――とまあここまで、ネットで見た現状の情報だった。



「そのゲームの中に、アキバが?」

「かもしれない、だが」


 かもしれないって……意外と曖昧な話だ。

 大人の権限を使ってきちんと調べておいてほしいものだけど。


「娘が夏休みの間、ハマっていたようでな――設備やら色々と準備させられたよ。だからその時の知識があるから、君への支援はできると思う」


「え、いや待ってくださいっ、それだけで!? アキバが直前にプレイしていただけで、このゲームの中にいるのだと判断するには早くないですか!?」


「なら、他に可能性は?」

「それは……」


 それは、ないのだ。

 あればもっと違う結論になっているはずだし、もっと違う展開があるはず――。

 でもそれがないということは……それは。


 それはこのゲームにしか手がかりがないことを意味している。


「こっちでも、調べられることは調べておくよ。とにかく現段階では、このゲームにしか可能性はない。手がかりはないんだ――これはね、役割分担なのだよ。私は違う視点で情報を漁る。だから君は、このゲームを調べる、とね」


「警察に頼ることは……?」


「あの子が狙われたということはね、娘の頭脳を、知っている者である、という可能性が高いんだ。いや、それしか考えられないね――」


 アキバの頭脳。

 天才を越えた天才。

 それはもう、人間の天災、とも言えるほどに。


「アキバの頭脳が目的——」


 だとしたら警察でも、潰されてしまうかもしれない。

 それほどの力を持つのだろう……敵は。

 相手は。……どこまで続くんだ、この闇は。


「ないわけじゃないだろう、その可能性は」


「だとしたら、尚更、早く見つけなくちゃマズイですよね……」


「ああ、まずいね。相手も同じ畑の者だった場合、あの子の脳を、徹底的に調べられてしまう可能性がある――、もっと、過激なことを言えば、切って開かれるかもしれない」


「――ッ」


 想像して、鳥肌が立つ。

 切って開く……頭を。


 見えるのは脳だ。ぐちゅぐちゅの、脳みそが――。


「想像して気分を悪くしないでくれよ。君は、グロテスクな映像は苦手だったかな?」

「好きではないです……まあ、苦手な部類、と言えますか」


「そうかそうか、まあ、あまり関係はないか……」

「勝手に自己完結しないでください。なんの話ですか!」


「このゲームはね、少々、グロいんだよ」

「…………」


「だが、男の子だろう? それくらいはがまんしてほしいものだね」

「卑怯です、そうやって男を出すのは……、でもまあ、がまんしますよ。アキバの頭を他人に開かせるわけにはいきませんから」


 ふうん、と。

 校長が頷いた。


 それは父親としての頷き、だったのかもしれない。


「アキバの命は社会に必要なものですし、助けないといけませんよね」

「どうして、そうも世間体を気にするんだい?」


 と、彼が睨みつけてくる。

 圧倒的な大人の――父親の威圧に、少し引いてしまう。


「社会とか、世間とか、そんなものは関係ないだろう。

 君の意思は、気持ちは、どうなんだ? 娘を、どうしたいんだい?」


「気持ち……」


「自分だけの気持ちだ。君はなぜ、あの子を救いたい?」

「そんなの――」


 友達だから。

 仲間だから。


 アキバは――、


「手元に、置いておきたいから」


 俺は言う――言った。


「誰かの手元にあるのは、がまんできないから――それが本音ですよ」


 でもその気持ちは、物扱いしているのと、変わらないのではないか。

 だから、できれば口に出したくなかった。

 なんでこんなことを……、あいつの、父親に、打ち明けているのだろうか……。


「充分だ」


 彼は言って、俺の肩にぽんと手を置いた。


「自分のものにしたい、か――それだけの気持ちがあれば、任せられる」

「最低じゃないですかね」

「最高だよ」


 認められた……?

 たぶん、認められたのだ。そんな気がする。


「それじゃあ、あとは任せてもいいかな? 機材は全てこちらで用意する。

 何台でもいいからね――けど、数の指示は早めに、できればお願いするよ。

 こちらにも、支給するための時間が必要なわけだからね」


「なら」


 俺は、浮かんだ一人の少女のため――機材を頼む。

 相棒にするのなら、やっぱり『あいつ』だと思ったから。

 あいつなら、色々と助けてくれると思ったから。


 だから――なあ、モナン。

 俺の隣に、いてくれよ。


「先生。俺と合わせて、二台をお願いします」

「了解した」



 こうして始まる、長い長い旅。

 ステルス・ヴァンプ・オンライン――、ちなみにこの名前は他国のものであり、日本でも同じ名称こそ使われているものの、プレイヤーたちは呼びやすく漢字三文字で表現していた。


 みな、このゲームをこう呼んでいる……、



食人鬼しょくじんきオンライン】――と。

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