第34話 キング&ボイス

 ニーハイを筆頭に、後ろに控えていたY団のメンバーが、順々に片膝をついていく。

 頭を下げ、忠誠を誓う。


 流れに乗れば、なんて熱い展開なんだ、と思うが、冷静になってみると、薄暗い部屋で覆面の男子、十三人がなにをしているんだ……と、笑みがこぼれそうになる。

 シュールだった……なんだこの状況は。


 ニーハイを頂点として、ピラミッド型に、後ろに並ぶメンバー。

 こうして見ると、やはりリーダーは、ニーハイな気もするが。

 口ではリーダーはいない、と言っているが、暗黙の了解だろう。


 リーダーがいない、というのは誰もが発言でき、体制を変えることができる動きやすい組織とも言える。

 が、裏のリーダーのような風格を出していても、リーダーの役職がない以上は、たとえ『オールマイト』でも、ピラミッド最下層、右端にいてもおかしくはないのだ。


 前のメンバーによって、彼の姿が半分以上も隠れている。

 ……下っ端レベルの立ち位置じゃねえか。


 あの、凄いやつ的な空気感を出していた登場シーンを思い出してあげて。

 と、陸が心の中でフォローする。


「ま、オレはお前らのこと、嫌いじゃねえよ。陸もそうだよな?」

「ん? ああ、嫌いじゃないよ。俺が言えたことじゃないけどさ、やっていることは、いけないことだけど、でも一つのことにかける情熱の大きさ……、俺は好感を持てるよ」


「おれはお前らのこと、大っ嫌いだけどなっ!」


 未だに天井を見つめたままの天也が叫ぶが、当然のように無視されていた。

 達海ですら、無視している。味方がもう既に陸しかいなかった。


「別にいいぜ――、そのY団とやら、入ってやってもな」


 おおっ! とY団のメンバーが一斉に声を上げる。

 中には早くもハイタッチをしているメンバーが……。いや、急ぎ過ぎだ。


 達海がこういう言い回しをした時は必ず、なにか条件をつける気なのだ。

 陸には分かる。達海が得し、誰かが損をするような、一方的な条件だ。


「ただし――条件がある」


 ほら、きた。

 条件次第では、Y団は達海の入団を断る必要性も出てくる。

 だから、まだハイタッチは早かった。


 まだ契約書に、サインはしていない。

 喜ぶのは、その判を押されてからだ。


「その条件とは?」


 ニーハイが聞く。

 目線で、戦いが起こっているのだろう。


 ニーハイの目を見つめながら、達海がゆっくりと口を開く。


「リーダーはオレじゃなく、陸にすることだ。

 これを守れるのなら、入ってやってもいいぜ――オレも、陸もな」


 は?

 陸の口が開き、閉じない。


「いいでしょう。……ふふふっ、それは、こちらからお願いしたいことでしたよ」

「ふんっ、なんだよニーハイ。分かってんのか?」


 ええ、と頷く。どうやら二人の間で、思考が繋がったらしい。


 人の上に立って指示をすることが得意な人間同士が意気投合したら、ターゲットにされた人間は、骨抜きにされる。だらんだらんになるまで使い潰される。


 危険察知に秀でた陸が危険を察知し、慌てて止めに入ろうとするが、

 その時――どんっ! と前から抱きしめてくる覆面の一人が……、


「なんっ……!?」

「やっぱり陸さんがリーダーですよね!? そうでなくちゃ始まりませんよね!?」


 誰なんだ!? とコードネームと姿と口調がまだ一致していない陸は、目の前の覆面男子が誰なのか分からなかった。しかし抱き着く時に首に回された腕……、そこが微かに震えていたので、ああ、『ローター』か、と納得した。


 ローターを持っているから、もそうなのだが、陸を尊敬しているのは彼ぐらいだろう。

 覚えた。覚えたので、離れてほしい。二度と抱き着かせないように警戒をしなくては。


「ちょ、待てよ達海! なんで俺がリーダーなんだよっ!」

「なんでって、そりゃあ、お前――」


 達海が、感情が乗っていない平坦な口調で、


「お前がオレら三馬鹿の中で、リーダーみたいなもんだろ? 

 だから、Y団に入ってもそれは変わらねえと思ってよ」


 勢いのまま、断ろうとした陸だったが。

 そんなことを言われたら、断れないではないか。


 そうか、達海は俺のことを、リーダーだと思ってくれていたのか。

 ……天也は、分からないけれど。


「おれも思ってるぞ。なんだかんだ、きっかけはいつも陸じゃねえか」


 視線は天井のまま、天也が言う。

 嬉しいことを。だが直視できない。

 その格好でシリアスなことを言わないでほしい……雰囲気がぶち壊しだった。


「じゃあ、さっさと起こせよ……」


 不満そうに言う天也だったが、それをするのは違う。

 もう少し、引っ張れるはずだ。


「いいじゃねえかよ。リーダー、つっても、結局、裏から達海が指示をすんだろ? 陸はただ座っときゃあいいんだよ。達海に任せておけって。

 それでもなにかしたいなら、自由気ままにやりゃあいいんじゃねえの? それが許されてる集団なんだろ?」


 陸は考える。

 確かに、全てを陸が考え、組み立て、指示をするわけではない。ほとんどが、達海とニーハイの二人に委ねられる。

 リーダーという役職に就くだけで、実質、なにもしないに等しいのだ。


 とは言っても、もちろん、陸だってずっとサボるつもりはない。

 手伝えるところは、できるだけ手伝っていこう。


「分かったよ。頼りないリーダーだけど、こんな俺でいいならな」

「決まりだな。さて、俺ら二人、Y団に入団するぜ」


「ありがとうございます、御二方」


 ニーハイが再び頭を下げた。……うーん、陸は正直、やりにくい。


「となれば、コードネームを決めなくてはいけませんね。それと、覆面も。個人が隠蔽されますからね……御二方の正体は、僕たちは知っていますが、御二方は僕たちの正体、知りませんよね? ……不平等ではありますが、よろしいですか?」


 無理やり正体を知ろうとは思わなかった。正体を知って、ぎくしゃくするなら、まだいいだろう。後々、明かしたいと思った時に、明かしてくれればいい――。


 構わない、と陸と達海が言い、早速、コードネームを決めることになった。


 陸が、『キング』。


 達海が、『ボイス』。


 そして、


「そこに転がっているクズは……、『天也』で」


「おい!? おれだけ隠蔽どころか超ッ、オープンなんだけどッ!?」


 縛られたままの天也は最後まで抗議できずに、

 コードネームは変わらず、会合の終了を迎える。

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