第32話 十三名の使者

 ――これはやべえだろ。

 扉を開けて、陸はすぐに思った。


 この空き教室に、陸たち『三馬鹿』に罪を被せた集団がいるのだ。


 魔法使いのような、真っ黒なローブを着て、目の部分だけ、丸い穴が開いている覆面を被っている男子生徒——、その一人に、部屋の中心にある椅子へ招かれた。

 一旦、落ち着き、あらためて周りを見ても、やべえ、としか思えない。


 部屋は薄暗く、壁にはろうそくがあった……小さな火が、ゆらゆらと揺れている。

 真っ黒の遮光カーテンで窓は覆われ、一切の日光を侵入させない。ろうそくを使うのはいいが、カーテンの近くに置くな。火事になりそうで、ひやひやする。


 もしかして、火事になった場合も、三馬鹿に罪を被せるのだろうか?


(おいっ、なんだこいつら! ここまでくると俺らよりもやべえだろ!?)

(宗教の勧誘に、まんまとはまったやつらの末路……、みたいな感じだな)


 薄暗いだけなので、視界は塞がっていない。ざっと見て、五、六人——、この空き教室にいることを確認できた。全員、覆面を被っている。なので男子か女子か、分からない。


 が、恐らく女子はいないだろう。体格や、仕草で分かる。

 いや、ゴリラみたいな女子がいるので、いないとは言い切れないが。


「初めまして、田頭陸さん、達海さん、天也」


「――おい、なんでおれだけ呼び捨てなんだよ!」


 一人の覆面男子に、天也が噛みつく。しかし、座った椅子から立ち上がろうとしたところで、後ろから、ぎちぎちにロープが食い込んでくる。一気に背筋がぴんっとなった。

 じたばたする天也の椅子が、勢いで後ろに倒れる。


「あ、頭を打ったぞ、おい!?」


「今日はいきなりでしたが……きてくださり、ありがとうございました」


「まあ、オレらがアポを取ったんだ、

 こうして会ってくれたことに、お礼を言うのはこっちの方だ」


「え!? 監禁状態一日目みたいな今のおれを放って、話を進めるの!?」

「天也、たぶんその対応は改善されないと思うから、今の内に慣れておこうぜ」


『倒れた天也が付属された』椅子を持ち上げる。さり気なく、周りの覆面男子が手伝ってくれた。ぺこぺこ、とお辞儀をしてくる。怯えているのかな? と少しショックを受けた陸だった。


「いえいえ、あなた方はアポなんて取らずに乗り込んでも、文句を言われない立場にいるのですから。それをせずに、こちらに一旦、接触をしてくれたことには、感謝しかないですよ」


 覆面男子の丁寧な口調。しかし、少し見下しているような……、

 出し抜いてやろう、と言うような口調に、達海は少し不快感を覚える。


「……ってことは、自覚はしてるんだな?」


 少し強めの口調。

 誰よりも一歩、前に出ている覆面男子以外は、その声にびくりと反応した。


 丁寧な口調で、覆面の下でにこりと笑っていると分かる覆面男子が、即答した。


「はい」

「はいって……、意図的に俺らに罪を被せてるのかよ!?」


「少し違いますね。理由を説明する前に、まずは自己紹介をしてもいいですか?」


 弾んだ声。雰囲気が少し変わった。羨望の眼差しが、三人に向けられる。

 いきなり変わった空気に戸惑うが、アイコンタクトの後、陸が促す。


「では僕からいきますね。僕のコードネームは、『ニーハイ』」


 コードネームを言われても。覆面にコードネームじゃあ、なにも分からない。


 すると、後ろにいた覆面男子が前に一歩、出てくる。『ニーハイ』と名乗った男と一列になって、並んだ。

 五、六人と確認していたが、奥の方にもっといた。数えてみれば、全員で十三人だった。


「ちなみに、僕は団員ナンバー/9です。こうして代表して話していますが、この集団のリーダーではありません。リーダーはそもそも、存在していませんから」


 リーダーが正式にいなくとも、こうしてこの場で代表して話していれば、実質、リーダーのような気もするが……、まあ、集団の仕組みなんて千差万別、なんでもありだ。

 リーダーがいないことに文句はない。ただ交渉はしづらいな、と思うだけだ。


「そして、一番右端」


「…………」


 右端にいた覆面男子が、ぶっきらぼうに手を挙げた。それだけだった。


 紹介もなにもない。

 え? もしかして小さな声でなにか言っていたのか?


「あ、すいません。この人、無口なもので。……団員ナンバー/1・『ストリップ』です。そして、ぼくが団員ナンバー/2の『タイツ』と言います」


 明るく、社交的な覆面男子が名乗る。

 手を合わせ、ごまをすっている……分かりやすい。


「え、えと、ボクは団員、ナンバー、えと、3、番……『ネック』です」


「もっと声を張らないと聞こえねえって、『ネック』! 

 あ、俺は団員ナンバー/4・『ヒップ』だ!」


「胸が大好き団員ナンバー/5番! 前に出てくる爆弾の『バスト』でーす!」


「『ヒップ』と『バスト』、うるさいぞ。

 ただの自己紹介に熱くなるな。そんな私は『ウエスト』です」


 濃いメンバーが順々に自己紹介をしていった。十三人。正直、多過ぎて初めの方など覚えていないのだが……未だに6番目……、『ニーハイ』も入れれば七人だ。

 まだ半分もいるのか……。


「うす、おれは団員ナンバー/7・『ソックス』と言うっす! よろしくっす!」

「団員ナンバー/8・『ガーター』だ」

「団員ナンバー/10・『フェイス』と言うものだよ?」


「…………」

「おおっと、ほらほら、『ホール』――きちんと顔を出して、自己紹介をしないと」


「だ、だってぇ……は、恥ずかしいよ、『フェイス』……」


「まったく、お前ってやつは……。

 すみません、御二方、こいつは団員ナンバー/11・『ホール』と言います」


『フェイス』の後ろに隠れている『ホール』が、顔をちょこんと出して、ぺこりとお辞儀をした。……なんとなく、陸も合わせてお辞儀をする。

 他の男子と比べて身長が低い。本当に高校生か? と思ってしまう。


 ちなみに、御二方という表現が天也を排除している、と物語っているが、今は置いておく。

 もう拾うこともないだろうが。


「陸さん、ずっと前から尊敬しています! 団員ナンバー/12・『ローター』です!」


 ぎゅっと手を握ってくる『ローター』に、微妙な笑みしか返せない。相手の手が小刻みに震えている。……感動? 緊張? いや、ブゥゥゥゥ、と鳴っているので、文字通りのローターか。いや、なんでローターを持ちながら手を握ってきた……なんだこいつは。


「気が合いますね」

「覆面だから悲鳴しかあげられないよ」


 敬ってくれるのは嬉しいが、過度にされてもそれはそれで気持ち悪い。

 またまたー、とローターは言うが、いや冗談じゃねえから。


「お、もう最後か」


 一人だけ風格が違う覆面男子がいた。

『ニーハイ』が表のリーダーなのだとしたら、この覆面男子は、裏のリーダーという気がする。

 まるで、大黒柱のような。

 そびえ立つ大木の、幹のような――、そんな重厚感を持っている。


「団員ナンバー/13・『オールマイト』……よろしく、御二方」

「お前ら、おれのことをさっきから除け者にしてるよなあ!?」


 天也が叫ぶと、巻きついていたロープがさらにぎゅっと力強く締まる。

 肺の空気が全て吐き出されて、天也の言い分が自然消滅した。


 天也の扱いとこちら二人の差が気になる。

 この集団からした、三馬鹿の立ち位置がもっと気になるのだが。


「我々は三馬鹿の悪名を学内に轟かせている――あんたたちに憧れている集団ッ、正式名称は『Y団』だ。——よろしくっっ!」


 ―― ――


「ああ、よろしく。……お前らがオレらに憧れて、『Y団』、とか言うチームを作ったのは分かった……でだ。あらためて聞くが、なんでオレらに罪を被せてやがる?」

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