第31話 狙われた三馬鹿 その2

 達海が言う。陸も思っていた。

 天也を狙ったのか、三馬鹿の誰かを狙ったのかは分からないが、誘い出しているのは明らかだった。たまたま、天也が釣られたのだろう。


 食いつくとしたら天也しかいないので……、あれ? 天也だけを狙ったのかもしれない。


「囮ってなんだよそりゃ!? 恨まれることなんておれ、は……して、ね……?」


 段々と言葉が弱くなる。陸も達海も気持ちがよく分かった。

 最近、なんだか女子からの視線が痛いな、と感じることがあるので考えたが、恨まれるようなことは、多々やっているのだ。

 最近ではなく、入学してからの積み重ねが、どれが原因だか分からなくさせている――。


 だから囮を使われ、

 それに釣られたところを襲撃されても、そんなことをされる理由は、充分にあるのだ。


 口で罵ってくる女子はたくさんいるが、直接、攻撃してきた女子は初めてだった。

 後頭部や、怪我が見つかりにくい部位を的確に殴ってくる女子を女子とすればの話だが。


 今更の直接的な攻撃に戸惑う三人。

 同じようなことがこれからも続くとなると、学生生活が怖過ぎる……。


 誰かに助けを求めたところで、自業自得と言われて見捨てられる。

 にやり、と笑われ、見下されるのが想像できる……。


 だからと言って、御花に助けを求めるのは論外だ。

 余計な心配をかけたくない。ただでさえ、異能という心配をかけているのだから。


 自分たちでどうにかするしかない。


「殴ってきた相手が誰だったのかは分かるのか?」


「名前か? うーん、いや、分からねえ。

 ゴリラみたいな女だから、おれの中の可愛い子ファイリングには載ってない」


 そんなファイリングがあるのか。少し興味があるが、今は置いておく。


「ゴリラみたい、で、特定できるんじゃないのか?」

「ゴリラみたいな女子は案外いるから、一発じゃ難しいな」


 なんでゴリラみたいな女子がたくさんいるんだ。部活に格闘技系が多く混ざっているせいか。

 よくもまあ、今まで襲ってこなかったものだ、と、あったかもしれない可能性にゾッとする。


「……だよな。なんで、今まで襲ってこなかったんだ?」


 陸の呟きに、達海が同意する。格闘技をしていれば、心は正義の方に傾くはずだ。三馬鹿のこれまでのおこないを考えれば、一度くらい制裁をしにきてもおかしくはないのだが……、


「それは、森がいるからだな」


 天也が陸を見ながら言う。


「森は別に、俺専用じゃねえから!」


 天也だって、やられていることが多いし!


「直接攻撃に出たってことは、そうするための理由ができたってわけだろ?」


 つまり、と達海がこの事件の、全貌を言い当てる。


「今までのオレたちのおこないとはまったく違う、『なにか』がいま、起きているってことだ」


 三人は一瞬で理解する。

 早過ぎる理解力であり、数段飛ばしの推理力だった。


 自分の身に降りかかる危機を感じ取るのは、敏感にも全員が早い。

 ……恐らく、濡れ衣を着せられている!



 過去、達海が思いついた最悪のシナリオが展開されていた。

 達海は知る由もないが、御花も同じ結論を導き出していた――。


 互いの知らないところで、思考が統一されていた。気が合う、というのは達海からすれば嬉しいニュースだが、事実を知らなければ虚構と同じだ。


 とは言え、少し考えれば充分に分かる危険性ではあるのだが。

 陸と天也が楽観的過ぎるのか。いや、考えてすらいないのかもしれない。


 楽観的というか、無知だからこそ。

 気楽に、敵の存在を認知せずにいることができた。


 羨ましい、とは思わないが。無知のままで、発端がどこなのか分からない攻撃を喰らい続けるのは、恐ろしい。攻撃がどこからくるのかさえ分かっていれば、たとえ身動きが取れずに喰らうとしても、力の入れ具合が違う。不意を打たれる心配はないのだ。


 その発端。敵の存在をまずは見つける。


 三馬鹿という悪名を使い、罪を被せることによって、自身を犯人候補の中から、女子生徒たちの中で除外させている男子生徒を探し出す。

 しかし困難な道だ。なぜなら三馬鹿以外の人間、全てが疑わしいのだから……。


(もしかしたら、女子の可能性もあるよな……)


 達海も、無意識に最初は除外してしまっていたが、三馬鹿に濡れ衣を着せたのは、女子の可能性だってある。そうなると、真実は女子同士のいざこざになるのだが。

 あの女子の怒り具合を見れば、かなりきついことをやっているように見える。


(まあ、百合展開には、ならねえよな)


 達海の中に、そういう趣味はなかったが。

 天也ならすぐにでも反応するだろう。


 女子から恨みを持たれている三馬鹿なので、濡れ衣を着せられて制裁されても、文句は言えない。それくらいのことをやってきたことは、多々ある。主に天也が。


 どうしてオレまで、と思うが、止めずに加速させたのは達海だ。

 同罪であり、連帯責任なのだ。


 だが、女子が恨みを晴らすために女子にちょっかいを出して、その罪を三馬鹿に被せる。そして、被害に遭った女子からの制裁を喰らわせる。回りくどいし、本末転倒な気もする。

 自分の恨みを晴らすために、他の女子に傷を与えているのだ。


 実は、狙いは女子で、罪だけをただ三馬鹿に被せただけ? それもあるかもしれない。

 考えれば考えるほどに、色々な可能性が出てくる。

 さすが冷静な達海だ。他の二人よりも、割合は十で役に立っている。


 思考をしない三馬鹿の内の二人は、テキトーに同学年の男子と雑談をしていた。

 やる気が見えない。濡れ衣を着せられている今の事実、分かっているのだろうか?


「おい、陸。真面目に考えなくちゃまずいぞ。

 女子からの視線が、一気に鋭くなってやがる」


 天也がやられたのだ。陸も達海も、ターゲットになっているのは確実だ。

 この平和な時代に、闇討ちとか仕掛けられたら防げない。


 なぜ女子側のスペックがこうも高いのだ。理不尽だ。


「女子、っつーか、俺は森と姉貴が怖いんだけど……」


 それは達海も怖いが……まあ、森はともかく、御花はきちんと話を聞いてくれるだろう。

 そして、すぐに濡れ衣だと理解してくれるはずだ。


 御花への心配はない。

 問題は森だが、まあ全て陸にいくので、これもまた心配していない。

 避雷針なのだ、陸は。


「なんで達海には暴力がいかないんだ……?」


 いいなあ、みたいな顔で見られても。


 殴られる苦しみは、本人にしか分からないので、達海は知らん顔をする。

 すると、天也が戻ってきた。

 よぉ、と片手を上げ、のん気に声をかけてくるのが腹立つ。


 もう一度殴られろ、と思った。


 後ろにいた同学年の男子。

 天也の他のクラスの友人なのだろう。彼らを指差し、


「あいつらに聞いてみたら、どうやら当たりだったみてえだぜ。

 おれらに罪を被せてるやつだ……個人じゃあなく、男子で構成された、集団だ」


「……そうか」


 色々と考えていた達海を笑うように、天也があっさりと真実を持ってきた。

 犯人はもしかしたら女子かもしれない――とか、長々と推理していたのが恥ずかしい。

 見当違いである。


 それに、真実を持ってきたのが天也だというのが、また腹が立つ。

 後頭部をトンカチで殴られたらいいのに。


「あいつらに頼んだら、アポを取ってくれたから、今からいこーぜ」


 こういうコミュニケーション能力が高いところもまた、腹が立つ。

 変態のくせに、人間関係の維持や世間の渡り方は上手いのだった。



 羨ましいからこそ、腹が立つ。


 もういっそのこと、自分で殴ってしまおうかと思った。

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