――おまけプロローグ

第30話 狙われた三馬鹿 その1

「……ふう、まったく、世話が焼けるなあ――」


 森の親友である秋は、遠くから双眼鏡を覗きながら、神の視点で傍観していた。

 ただ単に見渡しやすいエリアから、二人のデートを覗いていただけなのだが……。


 スマホをしまう。これ以上の指示は、邪魔になるだろう。

 森の気を散らせるものを、存在させたくはなかった。


「時間の問題かなー。森ががまんできずに、プライドや恐怖を捨てて告白するか、それとも……陸の方がもう一度、トラウマを越えて告白するか」


 どちらにしても、勝ち確定のゲームだろう。両想いなのは確実なのだから。


 全てを知っている秋は、傍観者として、場を掻き回すことはせずに楽しんでいる。

 流れは極力、変えてはならない。運命は、自由に泳がせるものなのだ。


 それが神の視点を好む者の、最低限のマナーである。


 ―― ――


 ……最近、女子から注がれる視線が痛い。


 他人からすればいつもと変わらないじゃないか、と思うかもしれないが……、当の本人はやはり分かる。えろくて最低、馬鹿で呆れた。そんな類のものではなく……、

 明確な、『敵意』を剥き出しにしているのだ。


 中には殺意もある。


 ――授業の合間の休み時間。


 廊下を歩きながら、ちらり、と周りを見ると、真正面を向いていたら絶対に死角になっていただろう場所の壁に寄りかかっている女子の手に、トンカチが握られていた。

 ……洒落になってねえ。


 他の場所では、殴りかかろうとしている一人の女子を、三人がかりで止める女子の姿もある。

 もう、あれは隠す気もないらしい……。


「待てやコラ犯罪者ッ!」


 と、え、男? と思ってしまうほどの筋肉をつけた女子が、猛獣のような声で叫んでいた。

 やばい、まったく、なんのことだか分からない。


 しかし、それを言えば火に油。実際、まったく身に覚えもないが、ここで弁解はしない。

 言い訳にしか捉えられないだろう。なのでここは足早に去ることにした。


 陸はその足で達海の元へ向かう。


 教室に入り、自分の席へ。達海の席は隣なので都合が良い。

 達海は御花から渡されたお弁当をお昼前にもう食べていた。


 見ていたらお腹が空いてきたので、陸も取り出し、食べながら、


「なんか最近、女子の当たりが強くないか?」

「……共感できるのが納得いかねえな」


 失礼なことを言う。

 三馬鹿は一心同体じゃないか。


 誰か一人が不当な評価を受けることなどない。一人が受ければ、全員が受けるのだ。

 となると、全体的に評価をいちばん落としている、天也が犯人候補として有力だが。


「天也に聞いてもオレらが欲しい情報はねえだろうな。自覚なく、あいつはオレらを巻き込んでやがるし。自分のせいで状況が最悪になっているのも分かってないぜ、きっと」


 それには共感しよう。

 陸は食べ過ぎないように弁当の中身を半分ほど残しておく。


「それで、その重要な天也はどこにいったんだ?」


「あん? 陸とほぼ同時に教室から出ていったから、一緒なのかと思ってたぞ?」


 陸はこの休み時間、トイレにいっていただけだ。その間、天也の姿は見かけていない。

 懲りずに透明人間になって、一緒にトイレにいっていたなら、見つけられないのも納得だが。


 透明人間(しかも全裸)になって男子トイレに入ったとなると、身の危険を感じるが……、用を足している時に真後ろからじっと見られていたらと思うと――。


「うわっ、気持ち悪ぃ!」

「なにを想像してんのか知らねえが、きっとねえぞ」


 まあ、さすがにそれはないか。えろと女子が好き過ぎる三馬鹿である。

 ホモに目覚めたやつはいない……と思う。大丈夫、いないはずだよな?


「え、じゃあ天也は、どこにいったんだ?」


 三馬鹿は常に一緒、というわけではない。だからいちいち、互いの位置を把握しているわけではない。そう言っても、三馬鹿の内の一人の居場所を、三馬鹿の一人に聞いてくる者は数多くいる。もう断るのも説明するのも面倒なので、その都度、ぱっと思いついたテキトーな位置を言っているのだが。


 達海は本当にテキトーに。陸は一応、三馬鹿がいきそうな場所を教えているが。

 天也の場合は、女子の時だけ同行して一緒に探す。野郎の時は、知らねー、と弾く。


 野郎の時は陸も達海も対応は似たようなものだが……だけど弾くことはさすがにしない。


 天也の位置など、陸と達海は知らなかった。


 まあ、授業の合間の十分間の休みだ。すぐに戻ってくるだろう。

 そう思っていたが、結局、授業が始まっても、天也は戻ってこなかった。



 空き教室で泡を噴いて倒れているところを、同学年の男子生徒に発見され、今まで保健室にいたらしい天也は、昼休みになってから戻ってきた。


 倒れた理由が情けないので、保健室の先生には口止めをお願いをしている。

 なので、丸々一時間、天也がただサボっただけ、となっていた。


 うわ、これは姉貴からの長い説教だな、と陸と達海は心の中で両手を合わせる。


「くそっ、洒落になってねえぜ、マジでッ!」


 怒りを表情に出しながら、後頭部を擦る天也。

 ぷくー、と大きく腫れている。丸く、野球ボールくらいの大きさだ。

 なにがあったんだよ? と聞いてほしそうな顔をしているのがムカついたので、聞かないようにしていたが、聞いてよアピールがそろそろうざくなってきたので、聞くことにした。


 両手で手招くな。


「いやさ、それがよ。さっきの休み時間に、可愛い後輩の子がおれらの学年に遊びにきてたんだよ。だから後をつけたんだ」


 アウトだ。

 だから後をつけた、の意味が分からない。


「可愛かったら後を追うだろ? なに言ってんだ?」


 最後の部分だけ、ブーメランで返してやる。お前がなにを言ってんだ?


「その子は遊びにきてたのに、数分で帰っちまったんだ。だから、時間に余裕があった」

「その子も可哀想に。ただの業務連絡を伝えにきた時に、変態に目をつけられるとはな」


「トラウマものだ」

「一応、本題はここじゃねえからな?」


 共感を得られず納得がいっていない顔をする天也。

 お前に共感するやつは同じ穴のムジナだ。


 まあ、陸も達海も、全てを否定しているわけではないのだが。

 天也は自分たちよりも、枷が甘過ぎる。手元がスカスカなのだ。


「でよ、その子を尾行していた時なんだ」


 赤いメガネをかけていて、艶のある黒い髪の毛が綺麗に一本にまとまっていて。それが歩く度に揺れていた。胸も大きかったし――と関係ない情報が次々と出てくる。

 きっと本題に関係ない。興味は引かれたが……、その子の名前が知りたい。


 イメージが美少女なので、きっと本物も美少女だろう。

 情報を頭に叩き込み、天也に先を促す。


「つけながら、いつ話しかけようかタイミングを窺っていた時だ。後ろから――」


 ごくり、と唾を飲む二人。


「――ドガァンッッ!! って、殴られたんだよ」


「「うるせえよッ!」」


 殴られた音だけ強調する無駄なホラー演出。その大きな声に教室内が一瞬、静かに。

 注目を集めていたが、三人に自覚はない。そのまま三人の世界が続行される。


 いつも通りか、と認識したクラスの生徒たちは、自分たちのお喋りを再開させる。

 三人の中に割り込まないところは、保身が強かった。


 三人の会話は周りの喧騒に飲まれて、再び目立たなくなる。


「おれにとっちゃあ、これくらいの驚きだったんだよ」


 じゃあそこまで驚いてもいないな、と自分基準で判断。達海も同意見らしい。


「いやー、びっくりしたね。マジで。ゴリラみたいな女子に、後頭部を殴られたんだぜ? 一撃目はなんとか耐えたけどさ……、二撃目からはさすがに無理だったよ」


 はっはー、と笑いながら言っているが、充分、事件だ。


 天也にも非はあるが、殴ったその女子も咎められるべきだろう。


「二撃目からって。じゃあそれ以上をもらったのか」

「ああ。四撃目くらいから、意識がなくなってる」


 大きく腫れているのは後頭部の一部分だけだが、近くでよく見ると、なるほど、こめかみが多少、青くなっている……見つけにくいところを選んで殴ったようだ。


 突発的な攻撃ではなく、きちんと考えた上で……、というわけか。

 だとすると、


「天也が尾行した女子は、囮の可能性が高いな」

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