第28話 複雑な赤い糸
『まずは、可愛いもの好きアピールね。男の子はこういうのにどうせ弱いのよ』
と、そんなメッセージ。
親友からの無責任な指示だった。
どうせって。確信があってから言ってほしかった。だが、親友は、こういうことには、少なくとも自分よりは詳しい。自分でどうしたらいいか分からない以上は、頼るしかない。
陸を引っ張りながら歩き、返事に困っていると、ぽんっ、と次のメッセージ。
『言われた通りにしないならやめるよ?』
「分かったから! やるからっ!」
直接、言葉には出さずにメッセージを送り返した。はあ、と深呼吸。自分のキャラではないので、アピールをするのが恥ずかしかった。しかし、これがギャップ、というものなのだろう、と理解はしている。効果が期待できるのならば、やらないのは損だ。
見えたお店の内装は、ピンク色だ。眩し過ぎる。中ではぬいぐるみが多く売られており、今時の女子高生、さらに、ギャル寄りのアイテムが揃ったお店だった。
店員さんもそっち側の人間だろう。正直、話が合う気がしない……。
森は普通の女子高生ではあるが、オシャレにあまり気を遣っていない。そんな余裕がなかったのが本音だが……。それに、御花の影響で、オシャレよりも家事や料理など、生きるためのスキルを磨く方に興味が向いてた。
そういう場面に数多く身を置いていた影響もあるが。
元から見た目が良いので、オシャレをする必要もなかった。
なので、内側を磨くのは間違ってはいなかったのだ。
森がこういうお店に入るのは、確かにギャップがあるのだが……、ただ、不良が捨てられた子犬に優しくしている、という、きゅんとするギャップとは、真逆の効果しか与えられない。
そんな一面があったなんて……! ではなく。
え、そういう一面があるの……? になる。
アピールのための効果としては、最悪だった。
彼女も、さすがは田頭家の一員だ。よりにもよってそこを選ぶか、という数ある中で少ない貧乏くじを望んで引きにいくところは、三馬鹿に寄っている。
共に過ごしていることで思考回路が似てきているのか。いや、元から似ていて、森がそういう一面を出す機会が少ない方が、可能性としては高いか。
単純に、慣れないことをすると、不幸を招きやすい。
ここまできたらやり切ってやる! と、別にここで引いてもいいのだが、意地になって決意する。そして、二人は未知の空間へ、足を踏み入れた。
「こんな場所に用があるのか……?」
陸が強めに引いている気がするのだが、親友にメッセージを送った方がいいのではないだろうか……、初っ端から大きく踏み外している気がする。
軌道修正するかどうかで、結果がまったく変わってきそうな――、
だが、お店にもう既に入ってしまっている。女性店員さんがこちらをキラキラとした目で見ているので、一瞥してすぐに出る、というのも失礼だと思った……、
――ので、まあ、とりあえず、物色はしてみよう。
ぬいぐるみは、嫌いではないし。
「あ、この熊のぬいぐるみ、知ってる?」
対象年齢が少し低そうだが、これこそがギャップだろう。
そう思い、缶ビールとつまみのイカを持っている熊のぬいぐるみを陸に見せつける。
この熊だって、コンセプトはギャップだ。だからこそ、今の女子高生に受けているのだろうし、可愛いと思われているのだろう。
熊のキャラクター、というのが強いとは思うが、ギャップが大きく貢献しているとも言える。
「ゲーセンとかでよく見るけど、元ネタは知らないなあ」
数分アニメのキャラ? と聞かれたけど、原作がなにかまでは知らない。森だって詳しくはないのだ。見かけた時に、感覚で可愛いと思い、ファンになっただけなのだから。
「非公認のマスコットとかなのかな?」
「知らないのかよ」
呆れられた。わたしだって知らないことくらいあるもん! と言いたかったが、自分はそういうことを感情的に言うキャラではない――あっ、だからこそ言うから、ギャップなのか。
「し、知らないことだってあるもんっ!」
少し躊躇ってしまったので、タイミングがずれた。店内の音楽もタイミングが良く(いや、悪くか)曲が切り替わる時の沈黙だったため、短いが、はっきりとした静寂を生んでいた。
すぐに新しい曲が流れ、二人の静寂が破られる……。
冷や汗が流れる。陸の表情を、まったく見ることができない。
「……お、おう。だよな。森もそりゃ、知らないことくらいあるよな」
……本気で気を遣われている。
後悔が心の中で手を挙げてアピールしてくる。
やはり、自分らしくない。ギャップなんて、出さなくてもいいのではないか、と思ってきた。
せっかく協力をしてくれている親友には悪いけど、一歩目で心が折れたので、作戦の中止を伝えようとしたが、
メッセージを受信した。
冷たく、『——続行』と、一言だけ。
逃がす気はないらしい。
まあ、こちらからお願いをしておいてやめるというのも、裏切り行為ではあるが。
挑戦しようと思うのは大事だ。失敗は、成功の踏み台となる。しかし、今みたいな失敗が今日だけで何度も続けば、致命的な溝ができてしまう可能性がある……。
森としては、それは絶対に嫌だった。
修復不可能になるのだけは絶対に避けたい。
ただでさえ、陸は自分のことを一歩引いて見ているのだから。
これ以上、距離を取ってほしくはない。詰めるために、自分からいこうという目論見の上で成り立っているこの作戦だが、陸をさらに引かせてしまえば、自分がどれだけ詰めても、その距離は変わらないのだ――。
そうなる前の、辞め時というのがある。早過ぎる気もするが、失敗の直感は、信じた方がいいに決まっている。そう伝えようとしたが、それよりも早く受信した――、
『あんたが好きな陸が、この程度のことで人を嫌いになるとでも思ってるの?
ちょっと陸のことを、舐め過ぎじゃない?』
「…………」
いいように言いくるめられている気もするが、本音を言えば、その通りだ。
あの陸が、この程度で誰かを嫌いになるはずがない。どれだけ自分がいつもと違う姿を見せたところで――、どれだけ、ガッカリさせてしまったとしても。
それだけで嫌いになったとしたら、陸の器は小さ過ぎる。
森が好きになった陸は、そんな陸じゃない。
つらい時、苦しい時、隣にいて励ましてくれた陸——、
どうしようもなく、昔からずっと、好きなのだった。
過去、ただ一度だけ、間違った答えを出していなければ、二人は今頃、カップルとして繋がっていたはずだ。勘違いと、間違った答えと、時間……、
それらが、交わらない二人の関係性を、ここで固定化させてしまっている。
それをどうにか解こうとして、この作戦が決行されている。
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