第27話 変わらない想い、思い出

「……今、天也と達海の叫び声が聞こえた気がするんだけど……」

「そう? でも、だったらいつものことじゃない」


 あるあるよ、と隣を歩く森は興味がなさそうだった。メールを意識し過ぎて、届いていないのにスマホが振動していると感じてしまうあれだろうか。


 叫び声の方向が分からなかったので、陸は意識をはずした。もしも二人の叫び声だとして、助けようとは思わなかった。

 自分が叫び声を上げていたとして、あの二人は絶対に助けてはくれないのだから。


 ショッピングモールの一階フロアに、陸と森がいた。

 ボーイズラブ専門店が、こんな目立つ場所に、堂々と開店しているのは良いのだろうか? あるということはそれなりの需要があるのだろう。

 ただ、一般の人が多く出入りするこの場所で、入る勇気はなかなか出ないが……。


 叫び声があの中から聞こえた気がするけど……いや、気のせいか。


 あの二人がそっちにまで目覚めたら、さすがにヤバい。

 スタンガンを常備することも考えなくてはいけなくなってしまう。


 あまり意識し過ぎていると、自分もそうだと勘違いされてしまうので、早々に視線をはずしたつもりだったが、冷たい目でこちらを見つめる瞳が二つ――。


「ち、違うって! 俺は普通に女子が好きなの!」

「そんなに必死になって言い訳をするのが怪しい……」


 不快そうな表情が心臓をちくりと刺した。


 普段から三馬鹿としてえろく馬鹿なことをしているために、色々と言いたい放題に言われている陸だ。さすがに慣れている。もちろん、言われたら多少、傷つきはするが、相手をただのモブの一人だと認識しているからこそ、緩和するというものだ。


 だが、いくら鋼に近い精神を持っている陸でも、気になる女の子に言われたら動揺する。


 自分が馬鹿なことをして、それを咎める言葉を本気でぶつけられても、それは仕方のないことだと割り切れるが……、


 しかし、ただのふとした仕草で自分の趣味嗜好が勘違いされているのは、たとえ冗談でも、言われたらダメージになる。

 つまり、好きな子にホモだと勘違いされたくはない。


 弁解すればするほどに怪しまれる袋小路になってしまっている。

 まったく、これはどうすればいいんだ!?


「本当に、違うのに……」


「も、もう! 分かったってば。……普段の姿を見ていれば、まあ、男が好きじゃないってのは予想がつくしね……いいから、いきましょ。今日は荷物が多いんだから」


「本当に分かってんだろうな!?」


 分かってる分かってるー、とテキトーに頷いた森の背中を追う。

 目的地が決まっているのか、どんどん先へ進んでいってしまう。


 慌てて追いかけ、隣に並び、


「で、なにを買いにきたんだ?」

「えっとね――」


 森は御花から渡されたメモの一枚を取り出した。


 陸と森だけは、田頭家に入る前から既に出会っている。共に行動をしながら、田頭家の現・家族と合流したのだ。御花、天也、達海、父親……それ以上の絆が二人の中には存在している。


 だが、血はやはり、繋がってはいない。兄妹きょうだいでも姉弟きょうだいでもない。同い年の少年と少女の関係……、だから、小学生の頃に、陸が森に惚れていることを本人に直接、伝えたとしても、おかしな流れではないだろう。


 結果は、惨敗。

 鋭利な長い刃で一刀両断されたようなフラれっぷりは、美しいとまで言えた。


 当時の場面を知っている天也と達海は、触れてはならない一件だと認識しており、それで陸をいじることはなかった。


 彼らの中で、人格を作る一端を担っている大きな出来事にはなっているが。

 だからこそ、いつまで経っても忘れられない思い出だ。陸自身は、さっさと忘れたいが――。


 もしも忘れられたら、もう一度、再チャレンジができるのに。

 答えは同じなのかもしれない。また、違うのかもしれない。時間経過と共に、気持ちが変化しているのかもしれない――。

 でも、なかなか踏み出せないのは、過去に『フラれた』という結果が、トラウマとして心の深くに根付いてしまっているから。


 未だに諦め切れていないけど、想い続けている。


 彼女のことを意識して、ドキドキしてしまっているけど、興味がない振りをして、抑えている……、相手にそれを悟られたくなかった。できるだけ、いつも通りに。


 こうして一緒に住み、隣にいられることが幸せだから。

 また告白して、フラれて、家の中で顔を合わせづらい関係にはなりたくない。


 情けないと誰もが言うだろう。

 だが、じゃあ同じ状況になってみたら、どうだろう? お前は言えるのか? 失敗することが大半を占める確率の中で、今の幸せを壊してまで? 

 中には、できる人もいるだろう。それは凄いと素直に思う。だが、一緒にするな。


 陸は力強く思う。俺にはできない。


 だから、俺はこうしてだらだらと、一線を越えない、ぬるま湯の幸せに浸っている。

 それで満足なのだから、いいじゃないか――、お節介はいらないのだ。



「今日の晩御飯の買い出しね。

 お米……があるから、陸、お願い」


「いいけど、カートは使うぞ?」


 端で溜まっている買い物カートの一つを取ろうとして、森が止めた。

 二の腕を掴まれ、引っ張られる。


「まだ目的の買い出しはいいでしょ。

 時間に余裕があるし、わたしの買い物に付き合ってよ」


 意外な展開に、口が開いたままになった。

 さっさと買い出しを終わらせて、すぐに帰ってしまう森が、寄り道? というか、高校生になってから自分の買い物に陸を巻き込むのは、初めてではないだろうか?


 昔はよく誘ってくれたが……、

 とは言っても、小学生、しかも告白する前のことではあるが。


 フラれてからは、誘われたことはない。ぱったり、と誘われなくなった。向こうも、意識しているのだろう。フッておいて、希望を持たせてはいけないと。

 だとしたら悪いが、陸の気持ちは変わらなかった――と言っておく。


 断る理由もないので、気軽に了承した。

 そして、彼女に引っ張られるまま、その身を委ねた。

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