第25話 小悪魔には逆らえない
本当に本気で心配している。
六回も助けているのだ、親が子に抱くようなものを感じていてもおかしくはない。
「分かりました! 男の人の話を聞いてはいけないのですねっ」
「ああ。でも加減を考えろよ? ずっとだんまりだと失礼だからな」
「分かってますよー」
まったくもー、と招き猫のような手つきをする。……心配だ。
笑いごとにできるのは他人事だからだ。少女は自分の問題だと自覚しているのだろうか?
「嫌なら答えなくていいけど……。お前、これからの予定は?」
「女子高生の中で最近流行っている、プリクラをやってみようかと!」
流行ってるのはずっとだよ。というか一人って……楽しいのか、それ。
「あー、そうか。まあ、頑張ってな」
はい! と笑顔で去っていく少女。関わると不幸な目に遭いそうだったので、思わず避けてしまったが、これで良かったのだろうか? ……不完全燃焼な感じが残っている。
すると、去った少女に声をかけた男性が一人。少女は口を開き、
「はい! すぐにいきますね!」
「あいつ! ずっと黙ってるって流れを無視して、普通に釣られやがった!」
とことこ着いていこうとする少女の手を引っ張る。男性には笑顔で手を振り、「おれの連れです!」と言い放って、距離を取る。
……やっぱり、このままこいつを野放しにするのは危険過ぎる。
天也の中では珍しい、気になる女の子の登場だった。
彼女の名は、
外の世界の全てに興味津々な彼女の、行き当たりばったりな行動が心配なので、最低限の手解きをすることにした。自分の身を自分で守れるくらいになれば、大丈夫だろう。
それよりも危険なことには首を突っ込まないと教えた方がいいかもしれない……。
天也も名乗り、二人は行動を共にする。
目的地はプリクラコーナーらしいが、ちょくちょく見かけるUFOキャッチャーに目を奪われていた。すぐに首を、ぶんぶんっと左右に振り、目線を前へ向ける。
いや、興味があるならやってみればいいのに。
「や、やってもいいのですかっ!?」
「そりゃそうだろ。プリクラがやりたい、って言ってたけど、別のものをやってはいけないってわけじゃないからな」
直進である必要はない。
寄り道をしたって、文句はないのだ。
もしかしたら天也が隣にいるからこそ、遠慮をしているのかもしれない。興味の対象が多過ぎて、彼女一人だったら絶対にプリクラに辿り着けないだろう。目的を忘れてしまうほど、興味が移るのなら、プリクラへの興味はその程度だったという証明になるのだが――。
「この熊のぬいぐるみが欲しいです!」
杏はガラスに両手を張り付けて、中を覗く。熊のぬいぐるみ……、可愛らしい見た目のわりに手に持っているのは缶ビール。おまけとしてくっついているのが、三角ピースのチーズだった。
……設定はおっさんなのか。女子高生の流行りはよく分からない。
「やり方、分かるか?」
「それくらいは分かります!」
穴に入れればいいんですね? と杏が言う。……卑猥に聞こえてしまうのは天也の心が汚いからだろうか、と思う。彼女の言い方も悪いが。穴に落とすでいいじゃないか。
「じゃあ百円を……、五百円の方が多くプレイできるぞ」
「カードは使えないのですか?」
アーケードゲーム用のカードかと思ったが、買い物ができるカードの方だった。
女子高生がそんなものを持つなよ、と思うが、これが彼女の中の常識なのだろう。当たり前のような表情をしている……、このカードを持っているということは、お嬢様や、事業で大きな成功を収めたお金持ちの家の娘なのかもしれない……。
聞いて、複雑な家庭事情がぽんっと出されてもどうしようもないので、黙っておく。
カードが使えないことを伝えると、びっくりする言葉が。
「え? じゃあどうすればこのゲームが遊べるのですか?」
硬貨、と答えようとして、はっと気づく。
もしかして、硬貨というものを知らない……?
見せたら、古代文明ですか!? とでも言いそうだ。彼女からしたら素直な驚きなのだろうが、庶民からしたら、労働の対価なのに、それを馬鹿にされた気分である。
差があり過ぎると、怒りが湧くことがある。
天也にとっては遠い価値観だろうけど。
「仕方ねえな。今回はおれが奢ってやる」
いつか返してもらうからな、と格好悪く言い放ち、
ボタンを押して、アームを操作。上手く熊を挟んだが、重過ぎて持ち上がらない。まあ、そうだろうなと予想はしていた。隣の杏を見ると――惜しい! といった表情を作っている。
いー、と、白い歯を見せていた。
少し考えた後、重たい筐体を持ち上げようとしていた。角度を作って落とそうとしているのか? 見つからずに落とせればいいが、あまり激しくやると
「おい、裏技を使うな」
「あ、
杏の口からそんな言葉が出るとは。
覚えたばかりなのだろう、彼女の腹立つどや顔が見れた。
「もう一回やったら取れそうですね。わたくし、やりたいです!」
正直、不可能に近いが、まあいいか。
取れる、取れないじゃなく、楽しめるかどうかである。
コインを投入し、杏にバトンタッチ。恐る恐るプレイし、見事に失敗していた。
地団駄を踏み、悔しがっている。こんな昔のリアクションを久々に見た。
「少しずれましたね。あそこが上手くいけば、取れてました」
「やめよう。次はいけるよオーラが出てくると、間違いなく取れなくなる」
お金は有限だ。
カードを持つ杏には分からないかもしれないが。
大丈夫です! と力強く言う杏。その自信はどこから?
キラキラと期待した目で見つめられて、天也が折れた。コインを渡す。
失敗。
失敗。失敗。失敗。
失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗。
失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗。
よくもまあ、これだけの数のお金が天也の財布に入っていたものだ。そして、よくここまで彼女にコインを渡したものだ。ついさっきの自分を殴りたくなってくる。
「――さあっ!」
「まだやるか!? 罪悪感がないのか、お前には!?」
できるところまで搾取するつもりか!? どう足掻いたところで、手持ちにはもうお金がない。やりたくても、やらせてあげたくとも、できないのだ。
気の毒そうに、店員さんがこっちを見ている。あと数分、早くそこにいてくれれば、助けを求めていたのに。お金がない今、熊の位置を変えてもらったところで、意味はない。
プレイができないのに取りやすくされてしまったら、他の人にチャンスを与えているようなものだ。それはなんだか損なので、嫌だった――。
小さい男である。
熊の位置は、ほぼ変わっていない。あれだけやって、微動だにしていない結果というのも珍しい。見当違いにはずしているわけでもないのに。
やはり、彼女は陸と同じくらい、不運を持っているのかもしれない。
「もう、できないのですか。……まあいいか」
「おい!? 今っ、ぼそっと心が折れることを言ったよな!?」
「いきましょうよプリクラにー。ねえねえ、天也先輩っ」
もう既に、熊への興味はないらしい。薄っすらと気づいていたが、終盤のリアクションが薄かった。その時点で、彼女のブームは去っていたのだろう……言えよ、早く。
人を弄ぶ、小悪魔系の後輩お嬢様に、これ以上関わると、痛い目を見る気がする……。
だが、それでも天也の中に、放っておく、という選択肢はなかった。
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