第24話 気になるあの子は危なっかしい

 休日、目が覚めたら家の中には誰もいなかった。


 書き置きがリビングにあった……『温めてね』と丸っこい字で付箋に書かれていて、それが野菜がたくさん入っている焼きそばに被せたラップの上に貼られていた。


 時刻は昼の十二時過ぎ。二食分の空腹が、天也を襲う。面倒なので温めず、焼きそばを勢い良く胃の中に入れて、財布だけを持って外に出た。


 目的地は、ゲームセンター。

 休日に、特にする予定がなかったので、警戒心ガードが薄いリア充の連中(天也が抱く印象だ)が集まる場所にきてみただけだ。集団だろうが二人組だろうが個人だろうが……、新しい友人を作るのには適した場所である。


 天也は三馬鹿の中では一番、アグレッシブである。達海とは、正反対と言っていい――。


 大きく分類すれば、

 天也と達海は対極にいるようなもので、その中間地点にいるのが陸、と言ったところか。


 身を引きやすい達海でなくとも、休日、ゲームセンターで片っ端から声をかけ、友達を作るなど、普通の人でもあまりできないが。

 もちろん、天也が声をかけるのは、女子だけである。


(そりゃそうだろ。なにが楽しくて、『野郎』に声をかけるんだよ)


 とは言え、たまには野郎にだって声をかけるが。

 人間性が合いそうなら声をかけてみる。難しく考えない、普通の思考回路。


 女子に限れば、どれだけ性格が悪そうでも、どれだけ顔が美しくないとしても、片っ端から声をかけている。声をかけた人物が天也の中で『ない』としても、ここから樹形図のように、可愛い子と出会えるかもしれない……。

 人間関係は、深くなければ、あっても困らない。


 それを言ったら、野郎にも声をかけるべきだと思うが……、咄嗟に理由付けをしてみたが、単純に天也は女子ならば誰でも良かったのだ。


 正反対と言うだけあって、御花を想い続けた達海とは違い、天也は特定の人物に、本気の好意を抱いたことがなかった。女子は好きだが、女子という総称だけだ。


 一生を添い遂げよう、と思えるような女子は、今までたくさん遊んできたが、しかし、一人もいなかった――。


(結局、満足するための存在でしかねえんだよなあ……)


 欲望を解放するためだけだ――、

 天也の頭の中では、百人以上の女子が細かくファイリングされている。


 だが一度も、遊びでそういう関係になったことはないし、そういうガッツリな行為だってしたことはないが……、なんでもかんでも、最初だけ口をつけて、ぽいっ、だ。

 最低な考えだ、ということは自覚している。


 ずっと、分からなかった。


 人を好きになる。好きな人ができるのは、どういう気持ちなんだろうって。


 達海は隠しているつもりだろうが、ばればれだ。本気で、御花のことが好きなのだろう。相手が、血が繋がっていない姉であっても、好きな人がいるというのが羨ましかった。


 陸だってそうだ。

 一度、フラれたとは言え。人を好きになることができているのが、羨ましかった。


 天也には一度もない。


 グラビアアイドルが好きで。アダルトな女優が好きで。歌って踊れるアイドルが好きで。クラスで目立っている女子が好きで。すれ違っただけで気になってしまうあの子が好きで――。


 でも結局、根本的なところにあるのは、えろいことをしたい、彼女が欲しい――そういう理想を、ただ羅列しただけなのだ。男子高校生が日常的に抱く、口にしてみただけで本音は別にそうでもないよなー、と言った程度のもの。


 じゃあ、えろいことができたり、彼女になってもらったとして……満足か? そこから先、ずっと一緒にいたいと、思えるのか? 

 きっと、天也は目的を達成したら、一気に冷める。

 熱中していたという夢から覚めて、さっさと次にいく。


 だからこの感情は、二人のような『好き』ではないのだろう。


 一番、アグレッシブで、一番、性に向けた欲が強いのに、恋愛には疎かった。

 天也にはなにもない。

 びびっとくるような出会いもない。


 そして、三馬鹿だからこそ、あるわけがないのは承知だが、

 天也に一目惚れをしたような勢いで接してくれる女子もいなかった。


 もしもいれば。

 天也は好きという感情に、新しいなにかを掴めたかもしれないが――。



 ゲームセンターの中、休日なので、人が多い。

 アーケードゲームの筐体に群がる十数人の学生。

 私服もいれば、部活終わりなのか、制服もいた。


 リズムゲームに並ぶ、社会人の年齢の男たち……、小学生が、カードを読み込ませる筐体で一喜一憂していた。カードだけが欲しいのか、プレイもせずにお金を入れていく子供もいる。


 どんなゲームをしようとしても、必ず並ぶほどに盛況だ。

 まあ、ゲームができなくとも、天也にもすることがある。


 きょろきょろと周りを見回して、女子を探す。プリクラコーナーにいった方が早いが、このフロアにいる女子はゲーム好きという趣味を持っている。

 贅沢を言えば、話が合う女子の方が仲良くなりやすい。


 歩きながら店内を見て周る。すると、目が止まった。棒アイスが売っている自販機の前で群がる男子学生たちだ。野郎に目が止まった、わけではない。天也のセンサーは、正常運転だった。


「…………」


 天也は呆れて溜息が出る。このレベルになると陸と同じくらいの不幸体質なのかもしれない。

 しかし見た目や、興味津々になんでもかんでも手を出す『彼女』の性格も、やはり起因しているのだろう。

 見えてしまったものを放っておくのも後味が悪い。

 どうせ黙って店を出たところで、引き返してしまうのだから。


 悩むくらいならば動けばいい。

 天也は男子の群れに歩み寄る。これで六回目の手助けだった。


「おーい」


 天也の声に気づいた男子が一人、「あ?」と振り向いた。……良かった、不良ではないな、と安堵する。きっと、たまたま遊びにきていた男子グループが、可愛い子を見つけて集団でナンパした、と言ったところだろう。


 一人をナンパするのに集団で挑むところから、個々は強くないと見える。大勢が集まり、互いの不安を消す。そしてやっと、今の天也と対等な態度が取れるのだろう。


 雰囲気というものがある。一人から周りに伝播し、同調して士気が高まるのと同じように、一人の戦意を消してしまえば、周りもおのずと引いていく。


 まあ、今回は一人に向かってなにかをする時間もなく終わったが……。


「それ、おれの連れなんだよね」

 と天也が言うと、振り向いてくれた少年が優しい目になり、


「あ、そうなんですか、良かったです。知り合いの人が見つかって」と言ってくれた。


 周りに説明し、他のメンバーも良かった良かった、と言い合っている。


 めちゃくちゃ良いやつらじゃねえか。

 また不良が女の子をいじめてー! という自分の闘志が恥ずかしい。


 ぞろぞろ、と引いていく男子たち。アイスの一つでも奢ってあげれば良かったかな、と少し後悔した。ああいう連中に声をかけるのは全然オーケーである。

 単純に、ゲーム仲間として気が合いそうだった。


「あ、あの……、また、助けてもらいましたね」


「まあ、そうだな」


 六回目だしな、と心の中で呟く。


 天也よりも身長が低く、小動物のような印象を抱く女の子だった。

 ふわふわとした、金髪のショートヘア。丸っこい、純粋な瞳……、世間知らずな性格をしているくせに、高そうなアクセサリーを腕やスマホにじゃらじゃらとつけている。

 今の女子高生を真似して作ってみました、と完成品を見せられた気分だ。


 そして、休日なのになぜか制服だった。

 天也と同じ学校。胸元のバッジの色から、一年、後輩になる。

 もしかしたら部活帰りなのかもしれない。


「おれ、ここにくるまでに外でお前と五回くらい会ったよな? 

 変なことを聞くけど、全部……その、本人だよな?」


 天也自身が透明人間なので、分身できる異能でもあるのかと思った。


 少女は小さく首を傾げて、


「はい、全部がわたくしです」


 彼女は両手の指を前で絡ませて。……正直、分身であってほしかったが。


「お前さ、五回とも、全部がナンパじゃんっ!

 しかもそれ全部、おれが助けてるじゃん! ちょっとは危機感を持とうよ!」


「ですけど、せっかくお話をしてくれているのですし。ここできちんと答えるのが、今の女子高生なのだと知りました! わたくし……いえ、それがしは」


「女子高生が『それがし』とか使わねえよ」


 なんの知識だ。

 そ、そうなのですか……? 信じられない、と言いたげな少女……。


 取り出したメモ帳をぺらぺらとめくる。

 そして止めたページに、射線を二本、引いた。


 そのメモ帳の中身を読んでみたい。

 あと、お前に色々と教え込んだ無責任なやつの顔も。


 少女は外見と内面が合っていない。中途半端な知識で、自覚なく痛い目に遭っているようなものだ。このままだといつか、彼女は本当に危険なことに巻き込まれる……、ただでさえ、女子高生というのは危険な遊びに誘われやすいのだから。


「いいか、男には極力、近づくな。寄ってくる男は全部が敵だと思え」


 ふむふむ、と頷く少女は、はっとして。


「あ、あなたも」


「そういうお約束はいらねえから。

 あのな、これはおれ、マジで言ってんだからな?」

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