PART3 そんな馬鹿でもきみがすき。

第23話 ケツを蹴る。あなたが走るまで。

 達海は姉である御花のことが、嫌いではなかった。

 家族なのだからもちろんだ。なので正確に言い直せば、女性として、好きなのだ。


 付き合って、キスをして。そういう類の好意を抱いている。実の姉ではないが、しかし姉にそういう感情を持つのは、やはり世間ではまずいこと、なのだろう。


 だからこそ達海は、この強い気持ちを隠していた。単に勇気が出ずに言えないのもあるが。


 本人は気持ちを抑えているつもりだろうが、外からは丸見えである。三馬鹿の二人も、もう一人の家族の森も、知っていながらも言わないが。

 御花は達海の気持ちなど知らない――彼女本人を除いて、そうなっている。


 本人も隠し、周りも隠しているので、まったく話題にならない。だからこそ、こうして核心を平気で投げつけてくる先輩は、苦手だった。

 だが、心の奥底では、嫌っていない。

 信頼しているからこそ、踏み込める領域なのだろう。


「いつも言っているがよ、告白しねえよ。したら、姉貴も困るだろ」


 御花への好意を知っている先輩だからこそ、もう隠す気はない。

 しつこく付きまとわれて迷惑しているが、達海から腐女子先輩への感情は、マイナスにはなっていなかった。こうして本音をぶつけることができるのは、彼女くらいなものだろう。


「困る、ねえ。まあ確かに、実の弟から言われたら、そうかもしれないけど?」


 でも違うでしょう? と先輩。

 横に並んで歩いている。顔だけを前に出し、横向きで見上げてくる。


「チャンスはあるわよ。姉弟で恋愛をしている実例だって、あるわけだし?」

「でも、気持ち悪いだろ?」


「あなたは世間体を気にするのね。こういう時、あなたは男らしくない」


 体勢を戻して、歩く速度を早める。

 先輩を追って、達海も速度を上げた。


「じゃあなにか、ばしっと告白するのが、一番良いのかよ。真面目な姉貴のことだ、オレを傷つけないように、必要以上に悩むんじゃねえかな。

 ただでさえ、毎日が忙しいのに、これ以上の負担をかけさせたくねえよ」


「御花でも、あなたのことでそこまでは悩まないわよ。もしかして、いくらか好意があるとでも思っているのかしら? 

 ……思い上がらないで頂戴。あなたと御花じゃあ、人間としてのレベルが違うわよ」


 弟としての好意はあっても、異性としての好意はないに等しいわよ。

 御花から直接、言われたわけではないが、深く心に突き刺さった。


「学内で三馬鹿として悪名を轟かせ、えろに貪欲。見ている分には面白いわね。他人事だからこそ、楽しめる。許容できる。でも、悪いけど『彼氏』としては断固拒否するわ」


 あり得ないでしょう? ……と、言葉が段々と刺々しくなっていく。

 なんなんだ? 身動きが取れない状態で、弱点を槍で突かれるこの感じ。

 休日に無理して付き合っているのに、なぜこの女は酷く攻撃してくる?


 一方的に糾弾をするため、一日を使うつもりなのだろうか? ボーイズラブ専門店に行くのはついでで……、もしかしたら、道中、言いたいことを満足するまで言って、そのまま帰るとか。

 それならそれでも構わないが。


「もちろん、専門店にはいくわよ? この話は、ただのついで」


 ただのついでで、トラウマレベルの傷をつけられているのだが。

 結局、なにが言いたいのか。




「どうせ脈なんてないのよ。だったら――、遠慮なくぶつかりなさい」


「あなたはずっと御花のことを考えて、尾を引いている。

 諦め切れずに、未練たらたら……。鬱陶しい。早いところ、スッキリさせなさい」


「成功すれば満足。失敗すれば苦しいけど、諦め切れるでしょう?」


「あなたは、諦めるための理由がないから、無駄に足掻いてしまっているのよ」


「姉弟だから、挑戦権すらないと逃げている。あなたは卑怯者よ。このまま自然消滅することを望んでいる。できるだけ傷つかないように、気持ちを抑えている――」


「見てる方はね、あなた以上にフラストレーションが溜まっているのよ」




 そんな理不尽な――、

 お前には関係ないだろ。心の中でそう愚痴る。


「だから代表してわたくしが言ってあげるわ。さっさと告白して、砕けてこい」


 なんだそりゃ、と思わず声が出た。

 どれだけ、この気持ちを抑えていると思っている。


 なにも知らないで、勝手なことを言うなよ。……でも、男らしくないのは認める。


 告白をするのは恥ずかしい。フラれたら傷つく。ずっと、消えない傷になるかもしれない。

 これからの姉弟としての関係も、ぎこちなくなるかもしれない。


「大丈夫よ。御花は、そういうところ、きちんとしているから」


 知っている。気にしてしまうとしたら達海の方だ。

 だからこそ、成功でも失敗でも、スッキリさせることが大事なのだ。


「……分かったよ」


 達海は腹をくくった。でかい体をしていても、臆病である。だからこそ、一歩下がって、全体を見渡し、冷静に対処することが得意なのだ。

 達海は今まで、人生をベットするような大勝負をしたことがなかった。


 あの日、御花と出会った時。自分は命を懸けることができなかった。

 けど、御花は達海のために、命を懸け、こうして一人の命を掴み取ったのだ。


 惚れた時のことを、今でも鮮明に覚えている。

 忘れない、始まりの出来事。


 御花に救われた命。

 彼女を掴み取るために、ここは賭けてもいいのではないか?


「近いうちに告白する」

「うわっ、近いうち、と曖昧に濁しているところが男らしくないわね」


 痛いところを突かれた。だって、日付を指定してしまったら、絶対にその日に告白しなければいけないではないか。

 突発的でも、延期でもいい。告白するタイミングを、いま決めたくはなかった。


「でもまあ、頑張ったわね」


 身長差で、頭を撫でられたわけではない。でも、そんな気がした。



「もしもフラれたら、わたくしのところにきなさい。ふふ、良い遊び相手になってあげるわ」


「……爛れた関係に見えるからやめてくれ」


 ふふふふ、と微笑む先輩の横顔。

 彼女も彼女で、御花と同じくらいに、魅力的だ。

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