第21話 三馬鹿・予備軍
「陸ー」
と呼ぶ声が聞こえてきた。
視線を向けると森が小走りで近づいてくる。
手にはなぜか男もののパンツ。
女子のパンツを拾った自分の姿が思い出された。
(なんでこいつはパンツを持ってるんだ……?)
ついさっきの自分にも言えるセリフだった。そこには仕方がない理由がある。同様に、森にもそう言った、誤解されやすい理由があるのだろう。
気持ちが分かるので、追及はしないことにした。ひとまずは、用件を聞く。
「はいこれ」
聞く前に、持っているパンツを差し出された。
首を傾げて森を見つめ返すが、真っ直ぐな瞳で見つめ返された。
受け取り拒否は、許されないらしい。拒否する理由も別になかったのだが。
デザインが見たことある。三馬鹿は、パンツのデザインが似たり寄ったりなので、もしかしたら違うかもしれない。
だが、現在、パンツを持っていない陸からしたら、自分のものだと判断するしかない。
パンツを受け取り、中のタグを見る。そこにはばっちりと『りく』と黒いペンで書かれてあった(御花の字だ、中学生の頃に書かれたものだろう)……なので間違いなく自分のだ。
「おう、サンキューな」
言うと、
「別に、天也に任されただけだし」と森が外の景色を見つめながら言う。
陸のことなど眼中にはないらしい。
パンツを持っていないだけで、そんな対応か……。
「で、今度はなにをしてるわけ? 三人でパンツを交換してるとか?」
その件について、陸には覚えがない。
クエスチョンマークを浮かべてしまったが、森は構わず――じっと見つめてくる。
なんだか、危険な匂いを感じた。直感だ。
だから――、パンツを持って立ち去ろうとしたら、森に止められた。
「そのパンツがあるってことは、あんたは今、ノーパンなのよね?」
ぎくぅっ!? と、背筋がぴんと真っ直ぐになった。
今の下半身の状態は、口には出せない……。
だが、どう答えたところで、ズボンを下ろしてまでパンツの有無を確かめてくることは、いくら家族でもないだろう。
パンツの種類を確かめてくることもないはずだ。
それをしたら変態はどっちだって話になる。
森は三馬鹿と家族ではあるが、こちらとは一線を引いている。
優等生であり、誰からも好かれる厚い人望を持つ少女なのだ。
陸とは、対極である。
「ま、まあな。だから戻ってきて良かったぜ。これでパンツがやっと穿ける――」
「ふーん」
ふぅぅぅぅぅぅん、と、長いこと言われた。なんだ、なにを疑っている?
「べっつにー? 自分がノーパンになるくらいなら、他の誰かをノーパンにさせることを思いつくあんたにしては、珍しいなと思って」
あんたら、ね――と言い直していたが、変わらないだろう。
しまった、誰かから奪って穿いている、と言えば良かったか? そうなるときちんと返せ、と説教されるし、解決を見届けられることになる。
確認されるのなら、穿いていないで押し切るべきだ。
「まあ、そういう日もあるんだって」
「……なにを隠しているの?」
斜め下から、鋭い目で見上げられる。
心を探られているような感覚。これ以上、ここにいたら、ぼろが出てしまいそうだ。
なので素早く向きを後ろへ向き――それじゃ! とその場から去ることにした。
「あ! 待ちなさい!」
御花と被る、森の声と動き。
しかし急なダッシュで足元が絡んで、バランスを崩していた。
森は咄嗟に、倒れながら、手を伸ばして届いたものをぎゅっと掴む。
――ずるぅっっ! と、陸のズボンが下ろされた。……どさりと、森が前に倒れる。
「い、たた、た――ちょ、待ちなさ、」
そこで、森の言葉が止まる。
陸は嫌な汗が止まらない。後ろを振り向けない。
現状を整理する。えーと、女子のパンツを穿いてる自分のズボンが、がばっと下ろされ、丸見えになっている。女子のパンツを穿いている男子という絵が、森の顔前に広がっている――。
やばい。変態とか越えて、犯罪者だ。女子の更衣室に侵入して奪って穿いた、と誤解されてもおかしくない。本当に、拾ったパンツなのだ、これは。
穿いた時の状況は、仕方がなかったのだ! と心の中で言い訳をするも――、
それを口に出していない今、森に伝わるはずもない。
ゆらり。
ゆっくりと、森が起き上がる。
底が遠い穴を覗き込んだような……、暗闇が後ろから迫ってくる感覚……、
言い訳をしようにも、口が震えて、なにも言えない。
森も、だんまり……、なんだ、なぜなにも言わない? 見下すような目とか、きゃー、変態ー、とか――、分かりやすいリアクションがないのが、いちばん怖かった。
がしっ、と、頭を鷲掴みにされた……、
慣れた手つきだった――。
そして、低い低い声で。
森の言葉が、最後に聞こえた。
「――地獄ヘ落チロ」
ぎぎぎ、と、人間を越えた握力が、陸の頭蓋を割ろう力を入れる。
もちろん、グロテスクな結果にはならない。
口から泡を噴きながら気絶している変態の犯罪者は、横に倒れているが。
森は、『自分のパンツ』を陸から剥ぎ取る。
うつ伏せで倒れている死体を、『天也が針金で開けた』教室へ放り込んだ。
大事な部分が丸見えだったが、気持ちが冷え切っている今の森には、ただの背景にしか見えない。……無関係なただの物体と同じようなものだ。
やっと手に入れた自分のパンツ。
森は今日、自分のパンツを持ってきていない……。
なので、陸が女子更衣室に侵入して盗んだわけではないのだろう。だとしても、なぜ森のパンツを持っていて、穿いているのか。それだけでも充分、犯罪者と言える素材は揃っているが。
天也、達海。ここが関係している。
あとは、御花も、どこかで噛んでいる……かもしれない。
もちろん、手助けをしているとは思わないが。御花は完全無欠に見えていて、しかし人として欠落している部分も、実は多い。
おっちょこちょいなところも、多々ある。
その部分が今回、ちらっと顔を出していてもおかしくはない。
色々な偶然が重なり合い、今の陸が出てきたのかも……、だとしても、不運過ぎるが。
少しだけ、やり過ぎたかな、と思い、閉めた扉を少し開け、中を覗く。
下半身が丸出しの死体が、仰向けで倒れてそこにいた。さっき放り投げた時、その体勢になってしまったのか――、下半身をばっちりと見てしまい、驚いて扉をぴしゃりと閉める。
鮮明に記憶に残ってしまった。
かぁっ! となった顔を両手で隠す。
その手には、自分のパンツ。陸が今まで、穿いていたものだ。
(わたしと、陸が、一緒になった……)
匂いが、が抜けている。
そんな一品を、森は目をとろんとさせながら顔に押し付けようとしたところで、
「あーっ! 変態一名、見ーっけ」
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