第20話 ノーパンとノーパン

 達海が勢い良く走り去った時、スカートが風でめくれた。

 咄嗟に手で押さえたが、どうだろう? 見られ、た……?


 副会長でさえ、なにもリアクションをしなかったので、きっと見られていないのだろう。

 自分の反応速度に救われた。そう信じたい。


 プールの時間は好きだ。水に浸かれるし、涼しい。暑くて汗だくのところに冷たい水は気持ち良いし。それに、男子のいやらしい目線も受けなくて済む。


 同じ時間だが、男子と女子ではプールの場所が違う。毎回、交代で変わるが、今日は男子が屋外で、女子が屋内プールだった。どちらが良いというわけでもないが、日差しがある分、外の方が良いのかもしれない。森の個人的な意見ではあるが。


 プールの時に、森は自分の失敗に気づいた。着替えるのが面倒くさいので、家にいる時点で制服の下に水着を着ていた。制服を脱げばいいので、入る時は便利である。


 出る時は同じように制服に着替える。ただ、脱いだ分、中に着なければいけないものがあるのだ。水着と入れ替えるだけなので、増えたわけではない――と、だからこそ、失念していた。


(まさか、パンツを忘れるとは……)


 小学生に多いミスである。

 高校生にもなって、そんなミスをしたと友達に知られるのは、恥ずかしかった。


(一番は、秋にばれるのが嫌なのよね……)


 森の親友だ。だからこそ、遠慮が他の友達よりもない。全力で馬鹿にし、全力でいじってくる。ノーパンと知っていながらも、スカートめくりを平気でしてきそうだった。

 いや、絶対にやるな、と確信を持って言える。


 姉の御花に助けを求めたら、もう少し待ってね、と困り顔で言われた。

 スマホのメッセージで言われたので、顔文字がそう見えただけかもしれない。もう少し待てば、パンツが手に入るのだろうか? 

 疑問が残るが、御花を地球上で一番信用している森は、特に深く考えなかった。


 とりあえず、達海に任された天也のパンツ。これを本人に返さないと。

 ただ、三馬鹿を前にノーパンは、自殺志願者だと思われても仕方ない。


 めくってくれ、と言っているようなものだが、三馬鹿は、さすがにそんなことはしないだろう……、その身で知っているはずだ。森が、そう教えたのだから。


(パンツをめくった瞬間、頭蓋を砕くか……まあ、頸椎でもいいんだけど)


 即死レベルの一撃を初撃に持ってくるあたり、最初からクライマックスになっている。


 パンツを穿いていない状態は、森のストッパーを簡単に取り除いていた。



 股下がすーすーしている。風が入り込み、変な気分になる。

 スカートはきちんと大事な部分を隠している。それは分かっているが、一歩、歩く度に気にしてしまう。見られているのではないか? そう思ってしまい、顔が赤くなる。


 暑さにやられたのか、と心配してくれる友達が多くいたが、どちらかと言えば股下がすーすーしている分、涼しかった。

 もちろん、そうは言わないが、大丈夫と返しながら森は目的の人物を見つけた。


 歩きながら弁当を食べている天也を見つける。まず、座って食え。


「ん? ふぁんだよ、ほへにふぁんかようか(なんだよ、俺になんか用か)?」

「きちんと飲み込んでから喋りなさいよ」


 ごくりと飲み込む天也。小学生の時から注意の内容が変わっていない気がする。

 体だけが成長している。

 三馬鹿は、マイナスが飛び抜けて、プラスはまったく変わっていない。

 プラスマイナスゼロでなく、結局、マイナスで止まっている――。


 御花の苦労は、自分の数十倍だと再認識した。


「で、なんか用か?」


 パンツを持っていないやつがきょとんとしている。自分と同じ状況なのに、この態度の違いはなんなんだ? 天也がおかしいだけだ、と森は自分に言い聞かせる。


 手に持っていたパンツ。汚いものなので、牛乳臭い雑巾を持つような、二本指でつまんでいる状態だ……、それを、天也の前に差し出した。


「はいこれ。達海から任されたのよ。汚いから早く引き取って」

「それっ、おれのパンツじゃねえか!」

「声が大きいわよ馬鹿!」


 わたしが取ったみたいじゃない! と叫ぶが、天也は聞ける状態じゃなかった。

 首裏を手で押さえ、うずくまっている……優しく手刀チョップを入れただけなのだけど……そこまでの威力が出たのだろうか? 認識のずれが怖い。


「おぉ、大丈夫、だよな? 変なもの、口から出てないよな……?」

「出てたら分かるでしょ……」


 後ろならまだしも、前なら視界内だろう――そんなことよりも。


「おまっ、人の首裏を手刀で叩いておいて、そんなことよりもって!」


「いいからパンツを受け取れ。わたしを、あんたらの馬鹿に巻き込まないでよね!」


 ツンデレだ――っ、と、ぼそっと天也が言うが、森が睨むと視線をすぐに逸らした。

 ここまで怯えられると、これはこれでショックである。怖がられながらも頼られる姉のような存在になりたい。それには、相当な努力が必要だろう。

 今までの御花の努力を見てきた森としては、途方もない道のりだ。


 へいへい、とパンツを受け取った天也は、ちょっと待ってろ、と言いながら近くの空き教室に入っていった。扉の鍵を、普通に針金で、しかも数秒で開けたところを指摘した方がいいのだろうか? 手慣れているなあ……、御花に報告した方がいいか、と今は静観することにした。


 少ししてから、天也が出てくる。

 手に持っているのは、もう一つの男の子のパンツだった。


「これ、陸に返しておいてくれ」

「なんであんたが持ってるのよ……。もしかしてだけど、穿いてた……?」


「まあ、それに近いかもな」


 誤魔化す気がない誤魔化し方だ。

 それに近い……? 穿いていた以外に、まったく思い浮かばない。


 自分のパンツがなくなったのでとりあえず陸のパンツを穿いていたのだろう。こうして戻ってきたので、穿いている陸のパンツと入れ替えた――、そうとしか考えられないので、仮定を飛ばして把握した。


 天也のパンツを達海が持っていて、陸のパンツを天也が持っている。

 なにをしているのだ、この三人は。


 用が済んだらあっさりとしたもので、天也と一言だけ交わして別れた。

 残されたのは陸のパンツである。だが、穿いていたのは天也なので、天也のパンツを持っていた時と状況はあまり変わらない。

 汚いものを持つように、二本指でつまむ。


 達海だろうが陸だろうが、同じことだが。……うんうん、と言い聞かせる。


 廊下を進んで、教室へ向かう。その途中で、ちょうど良く陸を見つけた。

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