第18話 選択肢と中心点

 プールで全身の汗を洗い流した天也は、テンション高く更衣室に戻ってきた。

 三馬鹿がいつも一緒にいるとは限らない。達海はすぐに着替えて教室に戻ってしまったし、陸は日直なので、先生と残って片づけをしている。天也は他の男子と共に戻ってきていた。


「いやー、やっぱプールってのは最高だな! 

 自分の中の汚物の全部が流れたみたいにスッキリさを感じるぜ!」


 と、野球部の坊主頭のクラスメイトが言う。

 おいおい、と天也が否定した。


「汚物が全部消えたら、お前って消滅するじゃん」

「お前に言われたくねえよ!」


 汚物代表と言えば天也だ、という共通認識が男子たちの中にある。

 その存在は男子側からすれば、保険になっているのだ。


 自分がどれだけ最低なやつだ、と自覚しても、「あ、天也よりはマシか」と思うことでショックを軽減させている。方法がどうであれ、確実に数人を越える人数を救っているのだ。

 これはこれで、天也のおこないも、ヒーローに近い。

 本当に、方法はなんだかなー、って感じだが。


「まあまあ」

「おい、なんで俺はこいつに慰められてんだ……?」


 最底辺から見下されると、ショックは数倍に跳ね上がる。坊主頭ががっくりと膝をついた。

 それを、未だに名前も憶えられていない吹奏楽部に所属している短髪の男子が慰める。共感できるところがあったらしい……、二人は意気投合していた。


「サンキューな。ところでお前は誰だ?」

「一年の時も同じクラスだよね……?」


 恒例になっているやり取りを聞き流しながら、着替えを始める天也。

 そこで、だ。


「……は?」


 服……制服、上下、確認。

 シャツ等も発見。しかし、自分のパンツがない。


 代わりにあったのは、花柄の女子用のパンツだ。


「(おおっ! って、喜んでる場合じゃねえだろうがッッ!?)」


 こんな状況でなければ喜んでいたし、持ち帰っていた。しかし、自分のパンツがなく、誰のものかも分からない女子のパンツがある。

 これを仕掛けたやつは、分かりやすく女子のパンツを穿け、と示している――。


(この、野郎……ッ!)


 誰がやったのかは、まあ大体、想像がつくが……、早く教室に戻った達海だろう。

 普通、穿くはずがないが、天也ならば穿くだろう、という考えが見え見えで腹が立つ。

 そして、これから先の行動も、天也が自分で考えたようで、しかし達海に誘導されているのもまた、腹が立つ。


(とは言え、やらねえわけにもいかねえよな……)


 やらなければ、自分が穿くしかないわけだ。

 さすがに、ノーパンはきつい。


 股間がこれから先、ズボンの内側で擦られるとか……え、なにそれ魅力的!

 いや、さすがに自粛しよう。

 これがばれたら変態を越える。ただの異常者だ。


 操られているのは少し、いや、かなり癪だが、ここは従っておく。

 これで満足だろう?


「おい、なにしてんだよ天也。いつまでも出したままでいんじゃねえよ」

「きゃっ、なに見てるのよぉ!?」

「気持ち悪い声を出すんじゃねえよ気持ち悪い!」


 気持ち悪いと二回も言われた。相当、気持ちが悪いみたいだ。

 自己評価でもそう思う。


「ああ、すぐいく、先にいってろ」


 おう、と返事があってから、しーん、と部屋が静かになった。

 更衣室には天也だけ。

 もう少しすれば、遅れて陸が帰ってくるはずだ――その前に、


「恨むなら、おれにこんなことをさせた達海を恨めよな」


 たとえ恨んだとしても。

 まあ、巻き戻せば自業自得なのだが。



 プールの日に限って日直とは運がない。

 とは言え、週に三日、プールの授業があるので、当たってしまう人も多い。


 陸だけが、運が悪いというわけでもないのだろう。

 まあ、順番を待たずに、シャワーを長い時間も浴びられたから、良しとするか。

 次の授業に遅れたとしても、日直の仕事でプールの片づけをしていた、と言えば許される。


 そんな真っ当な理由を作らなくともいいのだが。日直でもプールの授業でなくとも、遅刻はするし、サボることもある。先生たちも溜息だけを吐き、特になにも言ってはこないので楽だった。まあつまり、既に見捨てられているのだが。


 陸は遅れて、更衣室へ。

 早く戻れよー、と先生に言われた。時間的にもう遅刻は確定だ。時間配分の計算くらいはしてほしいものだ。着替えと移動、合わせて残り二分は不可能だ。


「元から、間に合わせる気はねえけどさ」


 日直として働いていたのだ、他のみんなと同じように、休む時間は貰うべきである。

 誰もいない更衣室で、一人で着替える。


「ん?」


 自分の着替えが入ったカゴが……漁られている? 制服はあるし、シャツもある。

 ないのは……、パンツ? 自分のトランクスが見当たらない。

 代わりに見つけたのは、見覚えがある、花柄の、女子のパンツだった。


「――なんでこれがこんなところに!?」


 二時間前に、達海の筆箱の中へねじ込んだはずだ。

 持っているだけで最悪の状況に落とし込まれる可能性がある一品……、


 犯人が陸だと、ばれたのか? 

 だからこそ、やり返してきたのだろうか?


 どうしてばれた? 天也かもしれない、と思うはずだろう。

 結果的にこうして陸の元に戻ってきたということは、一か八かの二択で、運悪く陸に当たった、と見るべきだ。日直からして、今日は運が悪い。


 実際は運ではなく、達海が仕掛けた必然によって戻ってきただけだが――。


(下手に持っててばれたら……後が恐ろし過ぎるだろ……。

 また誰かに押し付けるか、それかにしまっておくか――)


 絶対にばれない場所——もちろん、あればそこを使うが。

 しかしポケットやカバン、服の内側など、離れる可能性がある場所に、絶対の安心はない。

 いっそのこと、くっつけてしまえば気が楽だが。


「……あっ! あるじゃん、良い場所が!」


 でも、どうなんだろう、それは。

 自分のパンツがなぜかなくて、女子のパンツがあって。


 必要な部分に、必要なものがある状況だ。当てはめてしまえば、綺麗にはまるパズルだが。

 しかし常識が邪魔をする。感情は、ぐいぐいと、前へ先走っているが。


「……穿いて、みるか? 

 俺のサイズに合うんだろうか? いやでも、さすがに穿くのはなあ。相手に悪いしなあ……」


 真っ先に躊躇うべき部分が後にきている時点で、穿くこと自体には納得している様子だ。

 背中を少し突けば、すぐにでも穿きそうな勢いである。


「まあ、ノーパンでいるのもきついし、仕方ない」


 押すまでもなく、あっさりと決めたらしい。

 ピンク色のパンツを広げ、ゆっくりと、足を通す。浴槽に足を入れるような、丁寧な入り方だった。右足を通してから、左足。入ったところで、パンツを持ち上げた。


 陸の股間に、ピンク色が装着された。まあ、膨らんでしまうのは仕方ない。女子にはなくて、男子にはあるものだ。これに関しては男子のパンツでも、膨らみを消すような機能はない。なので、そこまで大きな違いはなかった。

 デザインだけが、視覚的に差別されている。


「おお……、なんかやっちまった感があるけど、気持ち良い気分だ!」


 更衣室で女子のパンツを穿いてニヤリと笑っている男子。

 自分で客観的に見て、変態だ。気持ち悪いので、すぐに制服を着て、隠す。


 この背徳感がなんだか興奮する。ばれるかばれないかのスリルって、意外と良いかもしれない。今までとは違う体験に、気分が乗ってきた陸だった。


 穿いたことによってパンツは肉体とくっつき、離れることがない。なのでポケットやカバンに入れている時よりも、ばれる可能性は低いだろう。

 ズボンを脱がない限りは、見つかるはずもないのだ。


 しかし、もしも穿いているとばれた場合。


 拾って、隠し持っていて――、

 しかも穿いているという新しい罪状が加わることになるのだが。


 陸は興奮していて、そんなことなど、まったく考えていなかった。

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