PART2 巡り巡るパンツ道
第17話 ハンカチorパンツ
「ん?」
授業終わりの短い休みに、陸はトイレにいこうと廊下に出た。
そこで見つけた落とし物。花柄の、ハンカチだろうか? 間違いなく女子のものだった。
ばっちりと発見しておいてスルーするのも気分的に良くないので、拾う。
広げて見た。パンツだった。
「あ、陸!」
「おぅうッ!?」
声に反応して、咄嗟にパンツをポケットにねじ込んだ。相手が男子なら、こんな反応をしなくてもいい……逆に見せびらかすくらいの遊びがある。
だが今の声は女子。しかも御花。
廊下で女子のパンツを持っている弟を見て、どう思う?
「あ、姉貴か……どうしたんだ? 俺のところにくるなんて」
「? 変な汗かいてるけど、大丈夫? あ、また悪いことでもしようとしてるの?」
しないしない、と手を振って否定。
嘘ではないので御花も信じたらしい。
隠しごとをしている、というのは勘付いているらしいが、思春期の男子には必ずあるものだ。
御花もこれ以上の追及はしてこなかった。
(いや、隠すよりも姉貴に渡した方が良かったんじゃ……、
でも、一回ポケットに入れちゃってるしなあ――)
いま出したら、なんだか白状しているような感じになる。
しかも廊下だ。御花にパンツを手渡す陸の絵は、変態性に拍車がかかる。
これ以上は上がらないのでは? というところまできているが、陸に自覚はない。
陸で最高ならば、達海と天也はどうなるのか。既に殿堂入りを果たしている。
「あー、ちょっと言いづらいんだけどね」
すると、御花が唇を近づけてくる。そのまま陸の耳元へ。いや、自分の唇に近づいてくるとか、勘違いはしてないよ? と自分に言い聞かせる。
姉だが、そういう目で見てしまう年頃ではあるのだ。
「な、なんだよ?」
「(……パンツ、落ちてなかった?)」
「なんでだよッ!」
思わず大声を出してしまった。……タイムリー過ぎる。ずっと陸を見張っていて、パンツを拾った瞬間に声をかけてきたようなベストなタイミングだった。
陸にとってはまったくベストではなかったが。
陸の声が廊下に響くが、誰もこちらを見ない。背景として浸透してしまっている。
いつも通りがまったく崩れない。この学年の適応力には舌を巻く……。
「声が大きい! まあ、誰も見てないし、聞いてもいないから助かったけど」
驚いただけで、具体的なことはなにも言っていないので、ばれることもないだろう。
「なんで、いきなりパンツなんだよ……」
もしかして御花のなのか? なら、すぐに渡すべきだが。
「うーん、あんまり言いふらしちゃダメなんだよね。プライバシーだし」
じゃあ聞くなよ、と思うが。御花らしく考えたのだろう。連想ゲームだ。パンツと言えば、三馬鹿だ。そう連想されるのも、おかしなことだと気づいているのだろうか?
「パンツを落としちゃった女生徒がいるのよ。
困っているらしくて。だから協力してあげているの」
なんだか自信がなさそうな言い方だった。
多少は話を盛っているのかもしれない。
陸はポケットの中のパンツを取り出そうとした。
困っているのを知っていて隠せば、それは悪意になる。
陸だって、そこまでの悪ではない。
「ごめんね、男子に聞くのはどうかな、って悩んだんだけど。
だって、ねえ……もしも持っていたら、絶対に盗んだって誤解が生まれちゃうしね」
ぴくり。陸の手が止まる。
自分の立場を考えてみよう。三馬鹿として、学内に悪名が轟いている……、
えろに関連するものは、全て三馬鹿のせいだという共通認識がある。
そして、パンツ。
落ちていたそれを拾っただけの陸が、感謝されるだろうか?
(――絶対にならねえ!)
一気に誤解まで加速する。
盗んだ犯罪者として、吊し上げられる。
やってもいないことを責められ続ける。
言われ慣れている陸でも、やっていないことで責められる状況を、進んで体験したくはない。
だから。
陸は伸ばした手を引っ込めた。パンツはポケットの中で眠っている。
「ごめん、姉貴。見てないよ。天也とかなら、見つけたら持ってそうだけど」
「そう……。ありがとね。それと、悪いことをしちゃダメよ?」
うん、と返す。
御花が去った後、嫌な汗が流れてくる。
(このパンツ、どうしよう……?)
ポケットの中でぎゅっと握る。
そして陸は、一つの行先を思い浮かべる。
次の授業が始まる。
冷房が効いていないので、教室の中が暑い。
窓や扉を開けていても風がまったく通らない。夏の嫌な暑さだった。
天也は下敷きをうちわ代わりにして、暑さを誤魔化している。が、時間の問題だ。
疲れてその風がやめば、どっと暑さが逆襲を始める。
暑さに襲われ、陸はぐてーっと机に突っ伏している。
汗によって顔に張り付いている髪の毛が、余計に暑さを主張してくる。
長い髪を後ろで縛っている達海は、陸よりはいくらか涼しい。廊下側に近い席なので、直射日光が当たらず、ほんの少しだが、涼しい。
なので二人よりはコンディションが良い方だった。
(次の時間がプールってのが救いだよな)
二人よりはマシとは言え、達海も全身、汗だくだ。もしも今日、プールがなければ、水道で水遊びが始まっていた可能性がある。
三馬鹿だけではなく、クラスの男子全員が参加するイベントになるだろう。
もちろん、許可など下りるはずがないので、勝手にやるだろうが。
まあ、やり方は考えなければならなかった。
怒られることが分かっていることをわざわざするほど、三馬鹿だって馬鹿ではない。
イタズラは、ばれないようにやってこそ、その真価を発揮する。
水遊びなんてイベントが、隠密で終わるはずがない。
御花に怒られるのならばやってもいいが。というか進んでやるだろうが……、しかし森に怒られるとなると避けるべきだ。
手加減なしの本気パンチの餌食になるのは陸だけでいい。
あれは陸が専門にしている分野だろう。
体格が大きくても、達海だって痛覚はある。痛いことを受けたくはない。
色々な意味で、次がプールだったのは幸いだった。
次がプールだったおかげで、筆箱にいつの間にか入っていた、誰のものなのか分からない花柄のパンツが処理できる。
授業が始まってすぐだった。
筆箱のチャックを開けた途端、ピンク色が見えた。
おかしい。自分の筆箱の中にこんな女の子っぽい色など存在しないはず。
嫌な予感がした達海は、そこで安易に広げたりはしなかった。
最悪の事態を考え、筆箱の中を漁るように、器用に広げてみた。
全体像が見えるように広げることはできなかったが、それぞれの部分を確認して、パンツだと分かった。しかも、ちょっと温い……使用済みだったのか……?
達海は考える。隣の天也と陸は授業開始早々、既にダウンしている。どちらかが仕掛けていたとしたら、達海の反応を見ているはずだ。そして、なにかしらの反応を示すはず――。
だが、それはなかった。
だからと言って、犯人候補からはずれるわけではない。
(反応を見るためのネタじゃねえな……。こいつらが仕掛けておいて反応を見せない場合、百パーセント、悪意ある、押し付けだ……ッッ!)
天也か陸、どちらかがこのパンツを入手した。
恐らくは、狙っていない突発的なものだったのだろう。そして、パンツを持っている状況が良くない方向に繋がることになると確信した。だから、達海に押し付けたと見るべきだ。
(天也ならパンツを拾ったら喜んで持っていそうではあるが……。でも、自分が大切なのはオレら全員、変わらねえからな。押し付けようとしてもおかしくはない)
なので陸が一番、怪しい。
この時点で、三馬鹿以外の人間の仕業という思考は達海の中にはなかった。
前例を考えて。
パンツを持っているのも、こうして仕込むのも、三馬鹿くらいしかいないだろう。
当人でありながらもすぐに連想できてしまうことに、やばい、と感じる。
自分でこうなのだ。他の人間は、当たり前のように全てが三馬鹿に直結する。
近い将来、これが利用されなければいいが……、
(……こういうことをするやつが、もう一人いると言えばいるが――)
ふふふふふふふ、と笑うあの女なら、
達海がどう反応するのか、ネタ集めのためにやりかねない。
ただ、授業中にこうして達海が見てしまう可能性があることをするはずがない、と思う。
反応を見なければ、ネタ集めの意味がない。
もしかして、授業を抜け出して見にきている……とか?
いや、あれでも生徒会役員だ。そんなはずれたことはしないだろう。
そんなことをすれば、御花が黙っていないはずだ。
(まあ、誰でもいい。
こうして押し付けられたのなら、押し付け返すだけだ)
次のプールの時間が、狙い目だ。
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