第16話 異能・禁止令

 耳元で囁かれる。

 それでも、隣にいる達海と天也の耳にもしっかりと届く強さを備えていた。


 陸は安心した。そしてこれこそが罰なんだ、と思った。

 異能を持ちながら、異能を使わない。思春期の男子としては、拷問だ。


 だが、多くの女子を傷つけてしまった責任を取るためには、受けるべき罰だろう。


「返事は?」

「……分かったよ」


 さすがに照れが前に出てきた。御花の肩を押し、距離を取る。

 あら、とにやにやしている御花の頭の中が大体予測できたので、話を進ませる。


「異能はもう使わないよ。……絶対に」

「よろしい。あと、イタズラもしちゃだめよ?」


「…………さて、そろそろ教室に戻らないとな」


 御花に背を向け、屋上を出ようとする。

 後ろで、もうっ、と御花の文句が聞こえる。


 だが、引き止める言葉の力は強くない。今までイタズラをしてあまり怒られなかったのも、ある程度のイタズラなら許容しているのかもしれない。

 その許容範囲を超えた時が恐ろし過ぎるが……。


 陸の隣に、達海と天也が追いついた。


「で、異能を使わないってのは、本当か?」

「もう使わない。俺らじゃあ、持て余すよ」


 なにかが起きてからでは遅い。

 異能という正体不明のその存在は、問題が起きた時、被害の規模が予想できない。


 想像以上に大きくなってしまった場合——、

 三人の頭に甦る悲劇がある。あれを繰り返さないためにも。


「なあなあ」


 天也が不安そうな声で。


「おれ、まだ透明だよな? これ、どうすれば戻るんだ?」


 屋上から校内へ。そして陸と達海は、即答で切り捨てる。

 全ての元凶への罰は、自分でなんとかしろ、も追加された。



「……さてと。あの子たちなら、もう大丈夫でしょ」


 三人が去った後、御花は一人、屋上に残っていた。

 時間的に、もう一時間目は始まってしまっている。


 あの三人のことだ、もうこの時間になったら、絶対に授業には出ないだろう。

 生徒会長として、姉として、

 注意するべきだが、今回だけは見逃してあげることにした。


 こうして御花も、一時間目に遅刻してしまっている。

 それに、せっかく朝早くから整理した書類も、廊下に置きっぱなしだ。


 誰のお手本にもなれない生徒会長。

 御花が三馬鹿に注意できる資格は、今日はない。


 それよりも、考えなければいけないことがある。

 生徒会長として、ではなく、姉として。

 三人の異能を。


 だが、考えても考えても、なにも浮かばない。絶対になんとかする、とは言ったものの、手がかりなんてなにもない。最悪、どうにもできないことだってあり得るのだ。


 動き出していない今のままでは、間違いなくそうなるだろう。


(早く、私がどうにかしなくちゃいけない……)


 思ってはいても、心のどこかで、御花は余裕を持っていた。

 急がなくてはいけない状況というのは、あの三人が異能を悪事に使ってしまう可能性がある場合だ。男子高校生が異能なんてものを得たら、どこか歪んでしまう。

 元々の人格を、破壊するような形で。


 だがあの三人は、悪事とは言え、イタズラに留まっている。今まで一度も、犯罪をしたことはない。御花に隠れてしていたかもしれないが、分かりやすい三人だ――、間違いなく態度に出るので分かってしまう。それは今までになかった。それが根拠だ。


(していたとすれば、私たちと出会う前――)


 あの時。

 生きるための、仕方のない手として。


(……あの子たちがイタズラをするのも、構ってほしいから、なのよね……)


 御花も、分かる。気持ちは同じだから。

 自分を見つけてくれない苦しみを、知っている。


(今でも、あの子たちは、自分たちの存在をアピールしている……)


 それが悪名でも、無視されるよりは全然マシだ。


(あの子たちは、嬉しいんでしょうね。みんなが、注目してくれることが――)


 あの三人の背景を知っているからこそ、やめろとは強く言えない。

 家族だから、なんて関係ない。誰でも、あの三人の背景を知れば見方が変わるだろう。そうなれば、評判が悪いことも改善されるはずだ。もちろん、言う気はないが。


 言いふらすことではないし、言いふらすつもりもない。

 つらい記憶だった……、今更、掘り起こしたくもない。でも、大切な思い出だ。


 御花たちの、絆の物語なのだ。



 風を感じながら、屋上の手すりに、体重をかける。外の景色を見つめた。

 御花の視界に映るのは、一般的な住宅街だ。マンションもいくつか建っている。


 当然だが、平和だ。

 建物は崩れていないし、火も上がっていない。


 人々は自分のペースで生活している。

 そう言えば、今日は商店街で、激安セールをやっていたはず……。

 帰りに買いに行かないと、予定を立てた。


 こうしてのんびりできることが、御花にとっては貴重だった。

 ずっと、この数年、忙しかったから。……良い息抜きになった。


 そうしていると、一時間目終了のチャイムが鳴った。結局、御花もサボってしまった。

 三馬鹿にこのことを言われたら、なにも言い返せないな、と想像して微笑む。


「とりあえず、心配をかけたみんなに謝らなくちゃね」


 生徒会長は今日も誰かのため、進み始める。


 ―― ――


 異能が使用禁止になってから、週明け。

 新たな一週間が始まり、数日が経った。


 不思議なイタズラが起きなくなった、と短期間だが、女子の中で騒ぎになっていた。

 起こっているのならばまだしも、起こらないことが騒ぎになっていれば、落ち着くのは早い。

 今ではもう誰も、そのことを口にしなかった。


 被害者だけは、たまに思い出してしまうことがあるが……、しかし思い出して赤面するだけだ。そう言えばそんなのあったよねー、なんて自分の首を絞めるような話題を振ることもない。


 なので、三馬鹿の異能を使ったイタズラは、御花以外にばれることなく消えていった。

 異能のことを知っているのは、三馬鹿と御花だけだ。

 知っていてどうにかなるわけでもないので、田頭性を持つ森は、蚊帳の外だった。


 森自身、異能を感じさせない御花の説明で、納得したらしい。

 元々、三馬鹿のことなんて、興味もなかったし。


 ……と、森は口癖のように今回もそう言った。

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