第14話 決定的な証拠

「ふあぁ……」


 陸は大きなあくびをした。

 翌日、朝。

 徹夜明けをして、三馬鹿が登校していた。


 なんだか眠そうだねえ――とニヤニヤしながら話しかけてくる女子をテキトーに相手する。

 考えごとの最中だったので、誰だったかは覚えていない。ダメだ、少しでも眠らなければ。


 その女子は首根っこを掴まれ、ずるずると引きずられて離れていった。

 あんなのの相手をしなくていいから、と森の声が聞こえた気がしたが……、森でなくともクラス全員、三馬鹿への対応は似たようなものなので、判別はできない。


 ふらふらとした足取りで、自分の席へ。机の上に突っ伏して、顔を腕の中へ埋める。

 今日はいつものイタズラをすることはない。なので時間に余裕があった。


(別に義務でもねえしな。ただ天也がやりたいって言ったからやってただけだし)


 昨日の御花からのプレッシャー……、疑ってはいない、と本人は言っていたが、そんなわけがないだろう。陸たちに不快感を与えないようにしているのだろうが、まったく疑わないなんて、不可能だ。そこまでいってしまうと逆に信用できない。


 ストレートな好意が気持ち悪かったりする。

 陸が抱いた感想は、疑われている――そして、ほぼ黒だと思われていることだ。


(俺らじゃなかったとして、じゃあ誰なんだ? って話だしな……)


 証拠がない。

 異能という存在をノーヒントから導き出せる者などいないだろう。

 同じ能力者でなければ、そんな思考は出てこない。

 どれだけ疑われても、どれだけ犯人だと決めつけられても。


(異能をわざわざ見せたりしなければ、俺らが犯人だってことはばれないはずだ……)


 御花が陸たちに接触して、すぐにイタズラが止まったとなると……【陸たちが犯人】という確信への手助けになってしまうかもしれないが……、まあ、そこは偶然で押し切れるはず。


 昨日の夜から朝まで、これからどうするか、三馬鹿で話し合った。

 結果、イタズラはしばらく中止にしよう、と結論が出た。


 このまま続けて、御花にばれて、きついお説教をされるのは勘弁だった。

 一緒に暮らし、母親役を担っている御花のお説教は、三人の中で恐怖の象徴となっている。

 あの人の目がはっきりと開いた時は、やばい時だ。知ってやっていたわけではないが、多くの女子を傷つけてしまったこのイタズラは、御花のまぶたを持ち上げる重さがある。


 陸と達海は、すぐにこの結論に辿り着いたが、しかし、


『なんだよお前ら、姉貴にビビり過ぎだっての。

 おれらが束になれば、姉貴くらいどうとでもできるだろ?』


 天也だけは反対を示した。

 中止と継続で、勢力が二つに分かれたのだ。

 数を言えば二対一で完全に孤立しているのだが……。


『いや、さすがにまずいだろ……姉貴とか関係なく。

 みんなが姉貴に報告するほど迷惑してるなら、やめるべきだ』


『はあ、良い子ちゃんだねー、陸は。達海も一緒の理由なのかよ?』

『まあな。陸とお前だったら、陸につくぞ』


『ちっ、勝手にしろっての。おれはおれでやらせてもらうぞ』


 まさか、天也一人で続ける気だろうか? 別にいいが。しかし、ミスをしてばれた場合、陸と達海を売る可能性がある。というか、絶対に売ると言える――。


(大変だったなあ……、天也にしばらくは様子を見ろって、言い聞かせるの)


 ちょっとした乱闘になった。

 そこまでして見たいのか……女子のあんな姿を。


(まあ、俺も見たいけどさ)


 ただ、本気で嫌がっていたら、興奮よりも罪悪感が強い。

 今更感もあるが。傷つけないラインを見極めて、イタズラをするのが望ましい。


 そういう点で言えば、勝手知る森は最適だったが。

 ……ばれた後が御花と同等に恐ろしいので、やめておくことにした。


(今日は、午前授業か……寝てたら終わるな――)


 達海も、既に眠る状態に入っている。天也の姿は、見えなかった。

 なにか面倒ごとでも起こすのではないか、と思ったが、昨日あれだけ、いまは下手に動くのはまずい、と教えたのだ。異能を使うことはないだろう……。


 天也へ抱く心配よりも、やってくる睡魔が勝った。

 陸は、一時間目よりも早く、眠りに入る。



 朝早くから登校していた御花は、やり残していた仕事を終わらせていた。

 今はまとめた書類を職員室に運んでいる最中だ。


(う……、さすがに夜更かしは、目にくるわね……)


 小さくあくびをする。

 おっとっと、と両手で抱えるように持っている書類を落としそうになった。


(……一人くらい、役員を呼んでも良かったわね……。

 いや、これは私が他のことに集中していて遅れた仕事なんだから、私自身で解決するべきね)


 他のこと、というのも、学内で起こっているイタズラの一件なのだが。

 それを生徒会の別の仕事として捉えるのではなく、

 ただの私用だと捉えているところが、御花の真面目な部分だ……、

 損をする性格である。


 三馬鹿に厳しいのと同じように、彼女は自分にも厳しい。

 自覚がないのか、森には甘いところが多々、見えているのだが。


(そろそろ、遅刻しそうな時間帯になってきちゃったわね……)


 生徒会室で仕事をしている、というのは先生たちも知っているし、普段のおこないから少しの遅刻くらい、見逃してもらえるのだが、御花は甘えない。

 時間に間に合うように、少し足を早めた。


 その時、曲がり角を曲がったところで、どんっ、と衝撃が全身を揺らす。


「きゃっ!?」


 バランスを崩した御花は両手を地面に――、なんとか背中から倒れることは避けた。

 その代わり、お尻を思い切り打ってしまった。


 いたたた……っ、とお尻を擦りながら、


「ご、ごめんなさい! よく前を見ていなくて――」


 いや、前は見ていたはず。きちんと確認もしていたはずだ。

 そこには誰もいなかった。正確に言えば、顔は見えなかった。


 書類を抱えているので、視界が斜め上に固定されてしまっていた。

 相手の顔がある部分には、なにもなかったと認識したからこそ、誰もいないと判断した。


 しかし、顔が見えなかっただけで、そこに人がいたのだ。

 御花は言葉に詰まった。怒り以外で、瞳が開かれそうになった。


(どういう、こと……?)


「あーもー、書類が散らばっちゃったじゃんか。なにやってんだよ、姉貴ー」


 天也……、のはず。天也の声が聞こえている。しかし、瞳が映しているのは、男子の制服だけだった。もしも天也なのだとしたら、


(……、え、どういうこと? なんで、へ? ――は?)


 混乱している頭の中で、直感的に出た答えは、信じられない予測。

 こんなもの、ファンタジーの話だ。


(――透明、人間!?)


「うん? どうしたんだよ姉貴。固まっちまって。

 大事な書類じゃねえのか? ……あ、そうなるとおれが見てもいいものなのか?」


 ぶつぶつと言いながらも、一枚一枚、丁寧に拾う天也。見えていないので確実ではないけれど、家族だから分かる。話し方や声を真似ただけの他人なら、雰囲気で分かる。


 これは天也本人だ。

 ぶつくさと文句を垂れながらも、やることをきちんとやってくれる。

 そういう一面を、御花は知っている。


「大丈夫……、ただのアンケート用紙だから。答えを集計してたのよ」

「朝早くから大変だよな」


 大変なのは今のお前だ。

 よっと、と――集めた束を抱える天也。


「どこに持っていくんだ? 職員室?」

「うん。あ、でも大丈夫よ。これくらい持てるから――」


「いいって、これくらい」


 と、弾んだ声で言う。

 気持ちは嬉しいけど、透明のままで職員室に入られても困る。


 今の自分が混乱しているのに、十人を越える先生たちの混乱を収める自信はない……。

 天也をこのまま野放しにしたら、間違いなく騒ぎになる。

 本人はいつも通りの態度だ。もしかして、透明になっていることに、気づいていない?


「……天也、もうそろそろ時間よ。

 生徒会長の前で遅刻する気? お姉ちゃん、それは許さないわよ?」


 うぐっ!? と痛いところを突かれたような顔をする天也。

 仕方ねえな、と不満そうに教室へ移動を始めた。この様子だと、元々、遅刻する気だったらしい。透明とはまた別に、問い詰める用件が増えた。自然と面倒ごとを起こしてくれる弟である。


 でも、忙しいこの生活が、楽しかったりもする。

 出された問題を片づけるのが、御花は好きなのだ。


(……先生、ちょっとごめんなさい)


 心の中で謝り、書類を地面に置く。もちろん、後々に回収するつもりだ。

 取られたりはしないだろう……、そう信じて、御花は離れていく天也を追う。


 職員室がある階からフロアを一つ上がる。

 二年生の教室近くまできた。未だに、天也は歩く制服のままだった。


(このまま入られても困るし……、

 結果的に、遅刻になる時間になっているのは助かったわね)


 もしも廊下にまだ生徒がいれば、透明になっている天也が目視されていた。

 いや、透明なんだけど……。


 ともかく、こんな歩く制服、さすがに、多くの生徒から信頼を集める生徒会長、田頭御花でも、誤魔化せない。


 天也が教室の扉の前まできたところで、御花が動く。

 天也の首根っこを掴み、引っ張った。


「ちょっ、姉貴っ!? なにすん――」

「黙りなさい」


 ぴしゃり、と天也の声を潰す。

 彼を廊下の端に放り投げ、教室の後ろの扉を開ける。


「すみません、陸と達海を借りますね」


 早口で三馬鹿の担任教師へ許可を取り(教師はまだ頷いてはいなかったが)、朝早くから眠っている二人(……これについては後で説教をする)の首根っこを掴んで、引っ張る。

 彼らを引きずりながら教室を出る際に、森へアイコンタクト――。


「(気にしないでね)」

「(後で説明してね)」


 一瞬のやり取りで意思が伝わった。

 ここは三馬鹿と同様、この姉妹も、意思の伝達能力は高い。


 担任教師は女性だ。

 三馬鹿にとっては最高の獲物である。

 貧乳の敵と言える巨乳を持つ、温和な教師だった。


 御花は目線で、ごめんなさい、と伝える。

 なんとかあっちも、いえいえ、と返してくれた。

 生徒会長でも一応、生徒ですけどね、と腰の低い先生に助言をしたかったが、今は時間がもったいないので、御花はすぐに扉を閉めた。


 二人はまだ眠っている。徹夜明けのような顔色だ。

 そう言えば朝早く、男部屋が騒がしかったような……と思い出す。

 さて、なんの計画を練っていたのやら。


 そこを含めて、問い詰めましょう。

 両手で二人を引っ張り、天也のことは足蹴にして、進めと示す。


 生徒会長の権限を使い、屋上へ。

 三馬鹿と生徒会長が、廊下を歩く。

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