第13話 黒に見えて白。白に見せた黒。

 御花が切り出した。

 頼む、なんとか回避してくれ……! と、陸が神に祈る。


 今までのおこないを考えれば、神は、ぺしんっ、と陸の願いを払うだろうが。


 御花の質問を聞き終えた達海は、どう対応すればいいか、全てを一瞬で判断した。

 そこは冷静の達海。最善手は、すぐに導き出せる。


 まあ、頭で分かっていても実際にできないことは、数多くの人が悩む課題である。



「え? いや、べべ、べつに、オレらはなにもしてねえけどな! うん、そうそう!」


「「(分かっちゃいたけど想像を越えてきたな、この下手くそッッ!)」」


 眼球が泳ぎまくっている。

 顔の向きがころころと変わり、落ち着きを手離した。

 冷静の達海とは思えない動揺の仕方だった。


 達海から御花へ向いているその感情を知っている陸と天也からすれば、まあ、仕方ないけどな、と思えるが――、

 達海だけは、御花とまともに話すことができない。業務的な会話はできるが、こうしてプライベートな、一対一の会話となると、挙動不審になってしまう。


 幸いなのは、御花の方がまったく、達海の感情の正体を知らない、ということだが。


 察してさえいないだろう。

 姉と弟が『そういう関係』になることを脳から弾き出しているような薄情さを感じる。


「ま、そういうわけで、姉貴には悪いけど、俺らはなにも知らないんだ。

 ……まあ、できるだけ協力はしたいと思うけど……」


「そうね、協力してくれると嬉しいわ。

 あなたたちなら、イタズラを仕掛ける側の気持ちがよく分かるでしょう?」


 薄っすらと、攻撃されている気がするが――、陸は頷いた。

 ……俺らと同じ気持ちを持つやつが学園にいたら、それはそれで、在校生に危険が迫っていることになり、心配してしまうが――、と、まさに本人がそう思う。


 どうやら自覚はあるらしい。

 直す気はまったくないが。


 目的を果たした三馬鹿の内の二人は、そそくさと、いつの間にか距離を取っていた。


「じゃーな、話があるなら後は陸にしてくれよ、姉貴ー」

「天也と同じく」


 あの野郎、俺に全部の厄介ごとを押し付けて逃げやがった!? と思うが、


 まあ、あの二人に任せるよりは自分でやった方が安心する。

 それに、自分の方が上手く誤魔化せるだろうという自信もあった。


 こういうところで自分から悪運を引き寄せ、被るからこそ、痛い目を見るのだが。


 だが、陸にそういう自覚はなかった。

 なんだかんだと人柄は良い。家族である女子二人は、陸だけでなく、三馬鹿のそういう部分をきちんと見ているからこそ、普段のおこないに、あまり強くも言えないのだった。


 結局、イタズラをする根本的な欲求は、自分を見てほしい、構ってほしい――、同じ気持ちを共有しているからこそ、否定もできない。

 ダメなものはダメと言うけれど、

 動機という根底を見つけてしまうと、なんだか許してしまいたくもなるのだ。


「あんまり、みんなに迷惑をかけないように」


 御花はそれだけ言い、自室へ戻っていった。


 まだ話があると思っていた陸は、意外な顔をする。

 持ち上げた足の踏み場がない感覚だった……、


 おやすみ、と最後に残して、御花はリビングから姿を消した。

 残された陸も、特に用事もないので、部屋に戻ることにする。


 階段を上がりながら考える。


「ここまで大事になったら、これ以上は……」




「黒ね」


 御花は自室に戻り、パジャマに着替えてベッドに腰かけ、無意識に呟いた。


「なにが?」


 と、同じように、ベッドの上から聞いたのは森だ。


 田頭家は二階まである一軒家だ。

 一階にはリビングと一部屋。主に父親が使っている。二階には二部屋と、小さなものだが、共用スペースがある。なので必然、女子二人で一部屋。男子三人で一部屋となる。


 御花の無意識の呟きも、ルームメイトの森には当然、聞こえる。


「ううん……、こっちの話」

「いま学園で起こってるイタズラのこと?」


 一発で当てられた。いや、ヒントは何度か出していたのかもしれない。今のように無意識に呟いていたとすれば、ヒントの欠片から、森が推測することもできる。


「あいつらがやってるんじゃないか? と思って、直接、さり気なく聞いてみたら、どうやら本当にそうだった、って感じ? だからこそ、黒だ、って呟いたの?」


 推理力があり過ぎる。

 今まで一緒に暮らしていたから、手に取るように御花の思考が分かるのかもしれない。


「……黒、だとは思ったけど、確信ではない、かな……決め手の証拠がない」


「隠蔽でもしてるんじゃない? あいつら、得意でしょ?」


 そういう陰でこそこそするの。と、テキトーに森が言うが、当たっている。

 ばれている時点で、隠蔽が得意なのか、怪しくなってきてしまったが。


 なにかを隠している、というのは、そうだろう。全員、反応が演技っぽい。元々、用意していたような余裕は見えなかったが。

 しかし咄嗟にしては、上手い対応の仕方ではある。

 いや、訂正一つ、達海は抜きにしても。


 達海の場合は、今回の件とは別に――個人的な感情があの動揺を招いたのだろう。

 原因が自分にあることは知っている。陸や天也の予想ははずれ、御花は気づいている。だが意図的に、分かっていながらも意識していないので、二人の予想も、全てがはずれでもない。


 それを抜きにしても、咄嗟の誤魔化しが上手かったとしても、御花は分かってしまう。あの三人は、なにかを隠している。

 ただ、隠している事実が分かっただけで、なにを? とまでは、答えが出ていない。


 あの三人が、【犯人かもしれない】という予想は、消えもしないし濃厚にもならない。

 だが、隠しごとの一つも、大きな手がかりだ。


「……明日、あの子たちを尾行でもしてみようかな……」

「うえ……、あいつらを? 変なもの見ないでね」

「見せられたらその場でお説教するから大丈夫」


 あの三馬鹿よりも年上であっても、許容できないものはあるのだ。


(もしも、三馬鹿という立場を利用されて、罪を被せられているのだとしたら――)


 御花は森よりも先に布団へ潜り、考える……。


 三馬鹿の悪名が学園に浸透してしまっているのは、

 今回の犯行を、助けてしまう要素になってしまう――。


 たとえば――、えっちなイタズラ。犯行方法をそれに絞るだけで、大体の者が、『三馬鹿』を連想する。三馬鹿以外を無意識に除外するほどの、強烈な先入観……、

 それを利用されたら、真の犯人は簡単に犯人候補から逃げることができる。


 そのまま、三馬鹿に罪を被せることができる。

 幸いなのは、今のところ三馬鹿をはめるような意図的な手がかりを残していないことだ。


(引っかかるのが、そこなのよね。あの子たちが犯人だからこそ、手がかりを残していない、とも言える。私がこう考えることを見越して、あえて手がかりを残していない、とも言えるし……——それか、ただ単に詰めが甘くて、先入観だけで罪を被せようとしているのか……)


 考えれば考えるほど、新たな予想が生まれてくる。


 終わりの見えない思考のマラソン。

 気づけば日付は変わり、二時間が経っていた。



 ……脳の使い過ぎだ。このまま休みなく動かしていれば、明日に支障が出る。


 とりあえず。

 三馬鹿の動向をチェックしよう。そう予定を立てて、御花は眠りについた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る