第12話 事情聴取・回避方法

「ん? どうしたの? 姉貴が俺に話しかけてくるなんて珍しいな」


 三馬鹿は三人で一つ……、

 全員で行動していることが多いので、話しかけられるとしたら、そこだ。


 話の内容も個人へ向けたものではなく、全員へ向けたものが多い。

 個人に向けたものでも、大体が業務的なことが多い……。


 姉弟きょうだいの仲は悪くはないが、べたべたするほど良いわけでもなかった。

 陸はコップに牛乳を注ぐ。

 昔からの習慣で、喉が渇いたら牛乳を飲んでいる。


 なので冷蔵庫にはまだ三つ、大きな牛乳のパックがあった。

 ぱっと見、多いが、家族全員で飲むと意外と早く底が見えてくる。


 今も一パック、御花がコップに注いだことによって、底が見えた。それを慣れた手つきで潰し、ゴミ袋へ入れた。

 ……なかなか話を切り出さない御花を不思議そうに見つめ、陸は一口飲む。


 御花も飲んだ。

 二人で、まるで銭湯から出たばかりのように、ぐいっと一気に飲み干した。

 ぷはっ! と陸がいつもの声を上げたところで、


「あのね、ちょっと、陸に聞きたいことがあったのよ」

「聞きたいこと? 姉貴が知りたいこと……、俺、知ってるかなあ?」


「知らなくても大丈夫。知っていたらラッキー、みたいなものだからね」


 そう言われたら、気が楽だ。

 陸だって、できるだけ姉の力になりたいと思っている。

 望まれた答えを出せず、ガッカリされるのは、陸が悪くないとは言え、気分は良くない。


 だから大した覚悟も決めずに、御花の話の続きを促した。


「えっとね、最近学校でね、不思議なイタズラが起こっているのよ。女の子たちがちょっと……えっちなことをされてるって――。だけど、それが分かってもね、対策なんてできないし、なにをされているのかも分からない。——証拠もなにもない。ねえ、不思議よね?」


 へ、へえー? と、冷静に返せたと陸は自分で思う。


 ……しかし、額から汗が流れる。


(……もしかして)


「被害者の女の子たちが生徒会に助けを求めてて、ね――、……でも、いくら犯人を捜そうとしても、手がかりすらないのよ。

 えっちなこと、と言われると、やっぱり、陸たちが疑われちゃうじゃない? 姉としては、陸たちだって決めつけたくはないし、さすがに他の子が嫌がっていることを、無理やりする子じゃないって、私は陸たちのことを信じてるから――」


 まずい、と陸は思う。

 ――思いっきり、俺らのことじゃんか!!


 御花は手を頬に当て、


「ねえ、えっちなことなら陸たちの方が詳しいでしょう? だから、犯人捜しを手伝ってほしくてさ……、学校でなにか変わったこととか、些細なことでいいの、あったら教えてくれる?」


(た、確かに犯人は俺らだけど! 女子が生徒会に報告するほど傷ついていたなんて……っ、まったく思ってもいなかったぞ!? だって、みんな、そんな苦しそうな反応してなかったし!)


 陸たちは計画を実行している時、テンションが上がり、周りがあまり見えていない。

 ターゲットにしている女子の動向……行方。羞恥に堪えられなくなり、その場から逃げた後のことなど、追ってまで観察はしていなかった。


 だからこそ、彼女たちの心の傷までは把握していなかった。

 ただのイタズラ。

 羞恥させただけであり、傷つけてはいないだろうという予想が、大きくはずれてしまった。


 生徒会を巻き込み、

 しかもこうして御花が動いているほどの大事になるとは、思うわけもなく――、


(どうする……自首、するか……?)


 陸は真剣に考える。

 素直に言ってしまった方が、御花の怒りも、ある程度は抑えられるだろう。

 それに、女子たちが傷ついているのなら、これ以上、繰り返すことはしない。


 冗談と本気の違いは分かっているつもりだ。

 本当に嫌がっているのならば、イタズラもすぐにやめる――。


(でも、嫌がってるなんて、知らなかった……なんて言って信じてもらえるかどうか――)


 無理かもしれない。

 常識的に考えて、やる前にまず分かるはずだろう。


 常識を踏み越えてしまっている陸たちの言い分が、御花に届くとは思えない。


(隠す……。——くそっ、嫌な役回りだな、ちくしょうっ!)



「あのね、姉貴――」


「お、姉貴と陸じゃん、二人でなにしてんだー?」

「(こ、こんな時に鬱陶しいやつがきちまったぞッッ!?)」


 天也が現れた。

 どうやら牛乳を飲みにきたらしい。

 習慣化されているということは、時間も被ることが多いと想定するべきだった。


 ふんふふーん、と、歌を口ずさみながら――新しい牛乳パックを開ける。


(もしかして、姉貴は一人ずつ、俺らに同じ質問をするつもりか!?)


 気づいた陸は、この状況を、悪いものだとは考えなかった。

 ここで天也がきたのはラッキーだ。もしも天也と御花が、一対一で話をしていれば……、天也の動揺が見抜かれていたかもしれない。


 三馬鹿は、隠しごとは得意な方だ、と陸は思う。

 今まで色々なイタズラをしてきたし、それをばれないようにするための技術も磨かれてきた。

 イタズラをする時に使う演技が、隠蔽の時にも使えるのだ。


 ハイテンションで誤魔化すことに関して、天也は相当の実力を持っている。

 陸はきょとんとして誤魔化すタイプだ。

 達海は冷静に知らん顔をするのが得意だが。


(ただあいつの場合、今回はすげえ不安だ……)


 そういう意味では、天也よりも達海がここにいてほしかったが。

 見えない場所で、意思疎通ができるわけではない。いないものは仕方ない。


 思考を切り捨て、天也へ集中。

 今は天也へ、アイコンタクトを送る。

 ――どうにか、姉貴の質問を回避してくれ!!



「――えぇっ!? そんなことが今、この学園で起こってるってのかぁ!? 

 ッ、なんでおれらを混ぜてくれないんだよ、ちっくしょーっっ!!」


「(……ちょっとオーバーなリアクションだが、まあいいだろう!)」


 御花の質問を、本気で悔しがることで誤魔化した天也。

 拳を床に叩き付けたところで、ちらりと陸とアイコンタクト――。


「(どうだ、様子は)」

「(……怪しまれては、ねえなっ!)」


 御花は、「そう……」と残念そうだった。


 三馬鹿が犯人じゃないから、ガッカリしているわけではない。三馬鹿の広いネットワークを使っても、一つも手がかりが出ないことにガッカリしているのだろう。

 ……そう思いたい。そうであれ!


「(ふう、ひとまずはこれで、解放されるか……。

 あとは、急いで部屋に戻って、達海に事情を説明しなくちゃ――)」


「あ? なんで姉貴と――お前ら二人が一緒にいるんだよ?」


「「(ちっ、くっそぉおおおおおおおおおおおッッ!!)」」


 タイミング悪く、達海が現れた。

 陸と天也が表情を変えずに感情を爆発させる。


 心の中では、小さく簡潔に表現された二人の姿をした感情が、

 周囲の壁にバウンドしながら、暴れ回っていることだろう。


 そんなことなどまったく知らずに、達海は「?」と首を傾げて牛乳を注ぐ。

 この習慣を、今だけは恨むぞ……!



「ちょうど良いところに。達海にも聞きたいことがあったのよね」

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