第11話 お姉ちゃん捜査網

 そして授業中——、さらに昼休み。

 繰り返される完全犯罪。証拠は掴めず、水面下の異変を被害者だけが感じ取っている。

 日が経つにつれ、被害者同士の異変の共有が始まってくる。


 結託した数人の被害者は、報告しても取り合ってくれないかもしれない……、そんな不安を抱きながら、生徒会へ駆け込んだ。

 ちらほらと、数人のグループがいくつか存在しており、匿名や偽名を使ったり、生徒会室に意見が何通か届いていたらしい。


 彼女たちの不安は杞憂だった。不安、恐怖。抱いた感情の重さを尊重し、どうにかしなければいけない、と決意した生徒会長・田頭御花が、動き出す。


 例の三馬鹿は、水面下で迫っている正義執行に、気づいていない。



 ――長かった回想も終わり、時は戻る……——、四日後。


 女生徒から被害を訴えられて、すぐ、御花は学校で弟たち『三馬鹿』に詰め寄り、犯人と決め付けた尋問をしようとは思わなかった。


 そんなのは姉失格だ。疑って聞き込みをしても、相手は不快に思うだけ。相手が黒だとしても、白だとしても。信頼関係が、ここで本音を引き出すことに重要になってくる。


 姉として、充分にやってきたつもりだ。

 というか、信頼がもしもなければ、普通にショックだ……。


 学校が終わり、帰宅する。御花は三人への聞き込みを、寝る前に一人ずつしようと決めていた。遅いかもしれないが、タイミングは必然的にそうなってしまう。

 御花がそれだけ家の中でも忙しいということだ。


「御花姉ー、食器洗いならわたしがやっておくよ?」


 お風呂上りなのか、顔を薄っすらと紅潮させながら、森が声をかけてくる。その手には牛乳が注がれたコップが握られており、残りは一口ほどしか残っていなかった。


 それを飲み干し、シンクに置いた。

 同時に、御花の了承も得ないまま、作業途中の食器洗いをスムーズに引き継いだ。


「いいの?」


「いいよ、これくらい。

 御花姉は働き過ぎ。ただでさえあいつらの悪事で手を焼いているってのにさ」


 森はリビングでゲームをしながら騒ぐ三馬鹿へ視線を送る。

 画面の中では、三体のキャラクターが縦横無尽に暴れ回っていた。


 ……画面の外に吹き飛ばされたら、持っていた残機が一つ減るらしい。

 かなり白熱しているのか、無線コントローラーの利点を活かして、本人たちもキャラクターと一緒にリビングで暴れ回っている。


 家具にがんっ、と体が当たっているが、気にしていないらしい。

 気づいていないのかもしれない。

 壊れるからやめてくれ……、と森が溜息を吐く。


「おいおい、三人とも、もう少し優しく……」


「――死ね! って、どうして陸がそこでおれの邪魔すんだよ!?」

「お前がさっき俺のことを吹き飛ばしたからだろうがッ!!」

「まあ、あれの始まりはオレなんだがな。面白いから言わねーことにしよう」


「あのね、三人とも……はあ、もういいか……」

「お父さん。放っておいたら? いちいち注意していたら疲れるでしょ?」


 長年の悩みの解決方法は、そんな簡単なものだった。

 森は、痩せ型の三十代後半の男へ、振り向きながら声をかける。


 彼は三馬鹿を含め、森と御花の父親だ。しかし血は繋がっていない。

 とある理由から五人を引き取った、書類上の保護者となっている。


 だが、五人は彼のことを実の父親のように信頼している。血が繋がっていなくとも、父親であることに変わりはない。

 実の父親よりも、彼の方が付き合いは長いし、中には実の父親の顔も知らず、彼しか父親の記憶がない者もいる。


 血の繋がりの有無など、この家では意味を持たない。


 お父さん、と呼ばれた男は、メガネをくいっと上げ、目の隈を指でこする。

 眉間を指で押し、刺激を与えて、疲れを緩和させていた。


「お父さん、コーヒーでも淹れる?」

「――もうっ、御花姉はお風呂に入ってきて。あの馬鹿どもが入る前に! 早く!」


 森にそう急かされ、御花は「はいはい……」と返しながら、浴室へ向かった。


(昔はお姉ちゃんお姉ちゃんって頼ってきた森が……、

 ふふ、今じゃどっちがお姉ちゃんか分からないわね――)


 自然と笑みがこぼれる。妹の成長に、喜びと同時、寂しさもあった……けど、やっぱり嬉しさの方が大きかった。

 次の生徒会長は森かな、と、あり得ないことでもない想像をしながら服を脱ぎ、シャワーからお湯を出す。


 体を丁寧に洗い、浴槽に浸かる。

 いつもより短い時間で出た。


 あまり長く入っていると、三馬鹿に、個人的に聞く例の話の時間が短くなってしまう。家事以外にも、生徒会の件でしなくてはいけない作業があるので、その時間も取らなくてはいけない。


 濡れた髪をタオルで拭きながら、リビングへ。すると部屋の真ん中——、森が頭から角を出して仁王立ちしており……、その目の前では、三馬鹿と父親が、ぴしっと正座をしていた。


「……またなの?」


 驚きはない。さすがに毎日ではないが、よく見る光景だった。


「あ、御花姉、お帰りー」


 こちらへ向けた表情は笑顔だ。森は肩の力を抜き、


「ちょっとこいつらが騒ぎ過ぎだから、数発だけ殴るけど、いいよね?」

「はい! ちょっといいですか!? 既に二発、殴られていることを報告しますっ!」


「……お前が余計なことを言うからだよ、天也……」


 天也の頬だけは、他の三人よりも膨らんでいる。

 え、二発でそこまで膨れるものなの?


「……お父さんまで、なにをしてるの?」

「いや、まあ――、テンションが上がっちゃってねえ」


 仕事で疲れていたのではないのか。また無理をして……っ。

 こういうところは、この家にくる前から変わっていないけれど……。

 高校生と騒げるくらいに、まだ体力と精神力があるのは、喜ばしいことだったが――、


 御花は、この場には干渉しないことにした。

 理由は分からないが、森が怒るようなことを、この三馬鹿と一人がしたのだろう。

 全貌を知らないので、口出しはあまりできない。

 なので、まったくしないことにした。


「森、あまり遅くならないようにね」

「うん。大丈夫、一瞬で終わるから」


 一瞬!? と天也と陸が声を上げた。

 達海はこういう時、一歩引いて見ていることが多い。

 なんとなく達海を見てみると――ぱち、と目が合った。


「――っ」と、達海がすぐに逸らした。

 首を傾げ、だけど御花は気にしないことにする。


 男の子だから、やっぱり姉が相手でも、目が合うと恥ずかしいのかな?


 あれだけ普段、ちょっとえっちなものを見ておいて、こんな初歩も初歩のことに戸惑うというのも、可愛いものだった。


 長くなりそうだったので、御花は先に、自分の用事を済ませてしまおうと部屋へ戻る。


 そして日付が変わる頃になってやっと、三馬鹿が一人ずつになった。


 見ていたわけではないが、ちょうど良いタイミングで、冷蔵庫から牛乳を取り出していた陸を偶然にも発見したので、一番手は陸にしようと決める。


「ねえ陸、ちょっといい?」

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