第10話 ばれる? ばれない?

 あの馬鹿……ッ! と達海と陸がすぐに動く。

 声で天也だとクラス全員が把握していたが、姿が見えない。

 だからこそ、戸惑いがあった。


 姿が見えないのに声が近くで聞こえる不思議。透明になっている天也の周辺にいた女子は、不思議というよりは、怯えに近い態度を見せていた。

 ――まずい。

 今すぐあの変態を黙らせないと、気づかれる可能性がある……っ。


 まさか、そう簡単に『透明化』なんて信じられないようなことがばれるとは思えないが、天也の性格を考えると、信じてしまう要素を落としていきそうだ。

 透明人間になっている証拠ばかりを示してしまいそうで……。


 馬鹿だから、その可能性は充分にある。


 別に見捨ててもいいのだが……、口ではいくらでも見捨てる、放っておくと言っているが、いざとなったら思わず体が動いてしまう。三馬鹿として過ごしていた時間は長いのだ。


 互いに突き落とし、復讐の繰り返しをしていても、目の前で困っていれば助けてしまう。

 口でどう言おうと、こうして体が動いてしまっている以上は、これが本音だ。

 まあ、だからと言って、助ける方法が天也のことを考えた優しいものではないのだが。


「――よし、急にボクシングをしたくなったぜっ、たまにはやるか、陸っ!?」

「おう、そうだな! 俺も定期的にやってないと、体がガチガチに固まっちまうからな!!」


 全力で、大きな声で、天也の声をかき消す。

 そして「しゅしゅっ」と二人で声を出し、素人がやるような下手なボクシングをし始めた。

 二人で向き合いながら移動し、見えない天也の目の前へ――、


「おいお前ら、今の――」


 透明になっていることを忘れて、普通に声をかけてきた天也を、ぶん殴る。

 ボクシングをし始めたことを変に思っていても、天也がいることには気づかないだろう……。

 周りが抱く、異変の上書きである。


 殴られ、気絶し、黙った天也の首根っこを掴んで引っ張り、廊下へ投げる。

 天也の姿は見えていないが、なんとなく、位置は手に取るように分かる――。


 息遣いやら、存在感やら。

 家族だからこそ分かる雰囲気というやつだ。


 全体重が乗った天也を引っ張り、


「――この馬鹿のせいで、寿命が縮んだぞ!?」

「まあ、天也らしいと言えば、らしいけどな」


 陸が笑みをこぼす。

 すると、たら、と、鼻の下がくすぐったかった。

 指で拭うと、赤。……鼻血が出ていた。


「うわっ、なんでいきなり!?」

「お前は興奮し過ぎだ」


「だとしたら時間差があり過ぎねえか!?」


 女子が満足した姿を見て興奮し、鼻血を出すなんて、どこの純情少年だ。

 陸だって、二人と比べればレベルは低いかもしれないが、平均的な高校生よりは全然、玄人と言える方だろう……、クラスの女子にドン引きされるような『えろす』の持ち主でもある。


 そんな陸が、女子のあの姿を見て、鼻血を出した? 

 身近な人のえろい姿を見ることで、未体験の属性にでも目覚めたのだろうか? 


 答えが出ない陸は、鼻に丸めたティッシュを詰め、ひとまずは放置することにした。


 視界の先。

 天也を引きずり、廊下を進む達海の背中を追う。




「――はっ!?」


 目を覚ました天也がむくりと起き上がる。


「てめえ、透明の状態で大声を出しやがって。

 ……バカなのか!? ああそうか、バカなんだったな!!」


 天也の顔面を、足の裏で軽く小突く達海。

 軽く、とは達海も陸も認めているが、

 天也だけは不意を突かれたため、軽くでもダメージは大きかった。


 うごほぉ!? と再び大の字で倒れる天也。


 既に天也の異能の効果は消えている。姿がはっきりと見えていた。

 ……全裸なのが、見苦しい。

 季節は夏、とは言え、外で裸なのは、まだ少し肌寒いかもしれない。


 屋上。

 開放されていたわけではない。

 鍵もかかっていた。だが、陸の振動を使い、解錠したのだ。


 ここで鍵を壊さないのは、三人の中にある、数少ない真面目な部分だ。

 寒いことだけは、自分を抱きかかえるような仕草で分かるものの、

 どうやら全裸の部分に羞恥心はないらしい……、


 男の最も大事な部分を隠さないのは、自信があるのか、見せたいのか。

 どんどん、ぼろぼろと変態要素が出てくる。こいつに際限はないのだろうか?


「ちょっと待て待てッ! 

 お前の足裏でおれの大事なところをぐりぐりすんなって――うぉい!?」


 天也の気持ち悪い声を聞きながら、陸は鼻に詰めたティッシュを取る。


 どうやら鼻血は止まったらしい。

 この場面で鼻血が出ないのは幸いだった。


 天也のこの状態を見て鼻血が出たら、最悪な誤解が生まれる。


 一部の女子には受けそうなものだが……、

 しかし、身を削ってまで、気に入られたくはない。


 ひどいよぉ……っ! と弱々しい声を漏らす天也は、赤ちゃんのような体勢で。

 達海と陸は、彼の隣に、どすんと座る。


 ……さて、ここから始まるのは、反省会である。


「だけどまあ……成功じゃねえか?」

「だな。最後は天也の透明化がばれそうになったけど……、目的を達成した後だったし」

「あ、そうだった! お前らにもあの興奮を伝えたかったんだよ! いやー、目の前で女子が必死にがまんしているのを見ると、めちゃくちゃ興奮するよな!?」


 確かに。

 遠目で見ていた陸や達海だって、興奮したのだ。

 目の前の天也は、それ以上だろう。

 背負うリスクを考えても、透明化の異能は羨ましかった。


「で、どうする?」


 達海が聞く。

 詳細は言わなかったが、言葉がなくとも伝わった。


「もう一回だ」


 天也が即答した。

 口元が歪む。頭の中では、ターゲットが複数人、浮かんでいる。


「じゃあ、次は授業中だな」


 陸がそれに乗っかった。

 彼の異能は応用力が高い。攻め方の幅が広く、色々と楽しめる余地がある。


 誰も、期間を置かずに同じことを繰り返せば問題になることを想定していない。

 もしも想定していたとして……、証拠は異能だ。

 一般人が見破れるとは思えない。


 その甘さが、痛い目を見る原因になるのだが……、

 この調子だと、長いこと欺けるだろう。

 引き際が肝心だ。

 後に冷静の達海がそれに気づく。その見極めが、重要になってくる。


 まあ、引き際は、数日中ではないだろう。

 まだ、一週間以上は楽しめるはずだ――。


 まだまだ、この遊びは自粛するには早過ぎる。



「じゃあ、次は誰にするんだ!?」

「オレのおすすめは、あいつだな」


「お、普段は目立たなくて控えめな性格だけど、

 意外と控えめじゃない胸を持つ、美化委員会の子じゃんか」


 そんな風に、三人の作戦会議は続いていく。

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