第9話 三馬鹿が貫く白布の盾

 陸は目を閉じ、イメージする。

 視界に映らない分、想像で目標を認識するしかない。


 ゴルフ場で、森の向こう側にある、見えないカップにボールを入れるようなイメージ……、相当の集中力が必要になる。

 だが、その例えよりは、いくらか難易度は下がるだろう。


 陸からターゲットの女子はよく見える。

 上半身が見えていれば、体の線を追うことで、下半身も把握できる。

 机、スカート、二つの障害があるが、想像力で彼女のパンツの位置を特定する。


「(よし……、じゃあ、やるぞ)」

「(ああ、小さな振動でも、オレの敏感異能が発動していれば、強く反応するはずだ)」


 ごくり、と喉が鳴る。

 陸と達海、二人で彼女へ、視線を送る。


「(……三、二、一、)」


 ――ゼロ! のタイミングで、陸が異能を発動させた。


 しかし、彼女は反応しなかった。

 あれ? と思う。

 陸の感覚では、振動はしているはず、なのだが……?


「(おい、本当に振動してるのか?)」


「(そのはずだぞ!? さすがに最大出力じゃまずいと思って、少し弱めてるけど……、それでも達海の異能もあるはずだし……。いやまさか、鈍感って、わけじゃねえよな?)」


「(もしかして……)」


 達海が、ある可能性を思いつく。そして、陸も同時に。

 互いに向き合っていた彼らは、ばっと、彼女をよく注目する。


 いつもと変わらない話し方、テンション。

 周りの女子も、一緒に話していて違和感を抱いた様子はない。彼女は普段と変わらない。


 ……そう演じていたとしたら?


「(あ、いま、下唇を噛んだ! たまに目も泳いでるしっ! なにより、さっきよりも、下半身が尿意をがまんするみたいに、こそこそ動いてる!)」


「(……間違いねえな。陸の異能は、きちんと働いてる。あの女子が、声を出さないようにがまんしてるんだ――、周りに気づかれないように、必死にいつも通りに振る舞ってやがる!)」


 それが分かった二人が、にやり、と笑みを作った。


「「(なんだ、俺(オレ)ら好みの展開じゃねえか!)」」


 理想以上の展開が生まれて、二人のテンションも上がってくる。

 傍観して楽しむ側から、手を出して楽しむ側へ立ち位置を変える。


 そっちががまんする気なら、こっちはがまんをさせないまでだ。

 さーて、どれくらいの振動までなら、お前は堪えられるんだ?


 いやらしい目つきになりながら、陸が異能を、まるで長年、手に馴染むほど使い込んだ相棒のように、自由自在に操った。

 微調整は思いのままだった。

 ゼロから跳んで、一気にマックスへ向かう操作さえ、戸惑うことなく頭の中のイメージだけで習得していた。


 作戦前、あれだけ操作に戸惑っていた陸は、彼女の強気な反抗心を見ただけで、あっさりと克服した。あの反抗心を砕き、従順になる彼女を見てみたい……、攻めてやりたい。

 動機は最低だが、その欲こそが、最高のモチベーションでもある。


 陸は机に肘をつき、指をくるくる、と、時計の針を回すように遊ばせる。

 指の動きによって、彼女が穿いているパンツの振動も、細かく強弱が変化していく。

 振動の波——、幅の拡大、連続振動のパターンが、陸の思い通りだ。


 あっという間に応用させ、操作をマスターしてしまった陸のセンスは飛び抜けている。

 変態でも、異能を操る天才だった――。


「どうしたの? なんだか、苦しそうだけど……?」

「あ、う、んっ、ううん……い、いや、大丈夫……、うっ、」


 彼女ターゲットの目の前にいた女子が、心配そうにしていた。……やっと様子が変なことに気づいたらしい。遅過ぎるが、その少女が悪いのではなく、彼女の演技力が高いのだろう。


 穿いているパンツを細かく強く振動させられ、感覚が敏感になり、いつもよりも過剰に反応してしまっていても……、

 彼女は声を漏らさず、表情も変えず、いつも通りに振る舞っているのだから。


 しかし、それも限界らしい。

 そろそろ、堪えられなくなる頃だと、達海は気づいている。


 ある程度のパターンを見極めてしまえば、人は慣れてくる。

 同じテンポで展開されるテニスの試合で、選手は時間と共に、球の速さに慣れてくる。

 最初は速く感じた球も、自然と、普通の速度だと思い込むように。


 だからこそ、タイミングをずらすことが、戦術としてあるのだ。

 リズムを狂わされれば、慣れることができず、突然の変化に対応できなくなる。


 陸がやっているのは、そのまま、それなのだ。




「(今は振動を全体に広がらせて、分散しているところだ)」


「(広げたり、狭めたり……、下半身を包み込むように。

 ……そろそろ、このパターンにも慣れてきた頃か?)」


「(慣れてきて、安心したところが隙になる。思わず出ちゃった、みたいな声を上げてくれればいいな――、ま、こっちは最後まで、満足させるところまでやるけどな!)」




 必死に対抗している彼女の目の前で、天也がじっと、観察しているのだろう。


 ……あれ? こっちも変なテンションになっていたけど、向こうにいる透明人間の突き抜けた変態性のせいで、なんだか冷静になってきた。

 必死にがまんをしている女子をじっと見てるって……気持ち悪いんだけど。


「(今更だろ)」

「(今更だな)」


 距離が遠く、しかも小声だからこそ、天也のツッコミはなかった。

 まあ、声を出したら天也の異能が気づかれる可能性がぐんと上がるが。


 もちろん助けない。

 汚名を被るのは天也一人である。


 そこで、彼女の体の力が少し、抜けた。

 慣れたからこそ、必要以上に力を入れることをやめたのだろう。


 狙うとしたら、ここだ――、陸はイメージする……。

 パンツの、振動させている範囲を、今を扇形とすれば――、

 それを、閉じた傘のように、鋭利にする。


 鋭利にした、傘の持ち手ではない方の、尖った先っぽを、

 彼女の敏感な一部分へ、突き刺すように――奥へ、届かせる。


 振動が、奥へ届く。

 彼女の弱点を、射抜いた。


 そして。

 最高以上の快楽が、容赦なく彼女を襲った。


「んあっ、っ――――――っっ!!」


 口元と下半身を、それぞれの手で押さえている……、

 声を出さないように必死にがまんするが、完璧とは言えなかった。

 声は、指の隙間から漏れ出てしまっている――。


 それから――、小刻みに体が震える。

 びくびく、と、跳ねる魚のようだった。

 彼女は自分の状態を認識し、羞恥で顔が真っ赤に染まる。


 学校で、しかもお昼休み――食事中。

 こんな場面で『達してしまう』ほど、自分は抑えられなかったのか……、もしもこれが周りにばれれば、自分はこのクラスで、在学中、ずっと馬鹿にされるに決まっている――。


「ね、ねえ……大丈……、夫……?」


 もしかして体調でも悪いのかな? という純粋な心配から出た言葉を友人から貰っても、彼女はそれどころではなかった。

 今は、ただこの場から離れたかった。


 ばれるわけにはいかない。

 だが、もう平気な顔をしたって、誤魔化せないだろう。


 結局、その場から、全速力で立ち去るという力技を使うことによって、ばれることを回避する。そんな彼女の目尻には涙が溜まっていた……。

 彼女は悪くない。

 仕方ないこととは言え、彼女が負った傷は大きい。



「(……最後まで、いった、のかな……?)」

「(あの反応は、そうだろうな。今頃、トイレで確認でもしてるんじゃねえか?)」


 陸と達海の位置からでは、彼女の涙は見えていない。

 もしも見えていれば、さすがにここまで無責任にはなれないだろう。


 イタズラが一線を越えていることに、二人はまだ気づいていなかった。


 それは天也も同じだ。

 近くにいたからこそ、気づけるわけでもない。

 天也は、間近で見た女子の満足した様子を見て、



「――うぉ、うぉおおおおおおおおおおおおっっ!?」



 と、奇声を上げた。



「「っっ!?」」

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