第8話 馬鹿な異能の使い方

 まだ完全には信じ切れていなかったが、こうして自分が異能を得てしまうと、わくわくが止まらない。これは、天也のテンションが上がる気持ちも分かってくる……。


 ぱしんっ、と、陸と達海がハイタッチをする。


 感覚を強化させる異能。天也への軽い小突きは痛覚を刺激したので、激痛になってしまったが、これを『快楽』に変えてみたら、どうだろうか? 


 感覚が強化されれば、少しの刺激でも、相当な快楽を得るはず……、

 天也の考えた作戦が、現実味を帯びてくる。


「おい、激痛に転げ回ってねえで、いくぞ。お前がやりてえんだろ?」


 そこにいるのだろう、と確信して、つま先で小突く。


 もう異能の効果は切れている(――達海が自分の意思で切った)ので、小突いても大きなダメージにはならない。小さなダメージは仕方なく、あるのだが。


「分かってる、っての。……見てろよ、女子ども」


 そして、三人は保健室から外へ出る。

 自分たちの教室へ、足を進めた。


「快楽に溺れ、恥ずかしがるリアクションを――目の前で、この目に焼き付けてやるぜっ!」


 変態というか、既に犯罪者の域まで足を突っ込んでいることに、三人は自覚していない。




 昼休み。

 作戦は一度、聞いたきり。


 あとはアドリブで、無理やり、終着点へ持っていく。


 強引な力技で持っていくと三人は決めていた。

 事細かく決めたところで、きちんと守るとは思えない。


 もしも、一つでも計画が狂えば――きちんと中身を決めていた場合、それぞれの思考のすれ違いが起こる。リアルタイムの変化に、互いが噛み合わなくなる可能性がある。


 人によっては事細かく決めておいた方が、成功の確実性は上がるかもしれないが……、三人には向かない。それぞれの個性が強いので、思い切って自由にさせてしまった方が、案外、成功の確率は上がるのだ。


 達海の意見がそう出たところで――異議なし! と二人が頷いた。

 信頼ではなく(いや、信頼もしているが)、単純に、考えるのが面倒くさいから、全てを達海に任せたのだろう。反対意見を出す気も、考える気もないので、素直に二人は従った。


 いつも通りだ。

 きっかけは陸であり、それを計画まで押し上げたのが天也であり、冷静に成功確率などを考えた結果、ある程度のシナリオを作ったのが達海で――、


 つまり、三馬鹿のコンビネーションが、乱れずに発揮されていた。

 それぞれがなにをして、どんな効果を生むのか――。


 個人が把握していればそれでいい。他者を気遣う必要はない。失敗すれば、そのブロックを担当していた者が悪い。連帯責任など存在しない。全ては自己責任……、


 失敗すれば、被害はその者へ自然と向かうからだ。


 なので、助け合いという慣れ合いは、仲間でありながらも必要としていない。


 陸は席につき、昼飯をカバンから取り出す。

 教室の入口を横目で窺いながら――、


(この異能を……、上手く扱えるかどうかが鍵になるな……)


 この計画の要は、自分だと陸は思う。

 天也は楽しむだけなので、なにもしていない、論外だ。だが、一番、危険だとも言える。

 メリットが一番多いのが天也なのだ。それくらいのリスクは負って当然である。


 達海の異能は、もしも上手くいかなくとも、計画の失敗に繋がるわけではない。


 怪しまれることもないだろうし、一番、楽だと言えるだろう。

 いや、異能を発動している間の、あの集中力を考えれば、楽でもないのか。


 自分もそうなので、気持ちは痛いほどよく分かる。

 異能の発動になんの苦労もしない天也が不思議だった。


 この異能のことは、まだなにも分からない。

 だが、こうして任意に使用でき、計画を遂行できるのならば、大した問題ではない。


 陸は、姉である御花から渡された弁当を食べながら待つ。


 すると、三人で決めたターゲット(……正直なところ、テキトーである)の女子が、教室の後ろの扉から入ろうとしていた。


 そこで、「きゃっ!?」と、その女子と達海がぶつかる。


 もちろん、わざとだ。

 達海が「大丈夫か?」と体を支える。


 女子の体に、自然と触れた。肩に手を回すように。

 ……なんだか手慣れている。見えない天也の舌打ちが聞こえた。


「あ、ありがと……」


 達海は比較的、社交的な方だ。

 なので、普通にしていれば害はない。


 その女子は達海に触れられてから、体の異変に勘付くことはなかった。

 当たり前だ。ここで気づかれたら、計画はきっと成功しない。


 それに、もしもこの時点で気づけば、彼女も異能者なのではないか? と、こちらが疑ってしまう……、まあ、杞憂だ。今のところ、問題なく、事は進んでいる。


 その女子が自分の席へ戻った。一番、前の席で、いくつかの机を動かし、正方形に並べて、互いに向き合って昼食を食べている女子のグループに混ざった。


 所謂いわゆる、イケている方のグループだ。ターゲットの女子も、典型的な女子高生という感じの容姿をした生徒……、ギャル寄りである。

 まあ、可愛いが、しかし性格は悪い。いや、ただの偏見や勘違いの可能性もあるけど。


 陸の前の席に、達海が戻ってきた。

 達海のブロック、第一段階は完遂したらしい。


「(種は植えたか?)」

「(ああ、これでいつもよりも『敏感』になってるだろうな……)」


 普通のトーンで話したところで、いつも通りのえろトークなので、周りに怪しまれることはないだろう。……だが、秘密裏に動いていることを自覚してしまうと、自然とこうした話し方になってしまう。


 これが逆に、怪しまれる要素になってしまっているが……、二人は気づかない。

 まあ、変に思っても、そうそう指摘する者はいないが。


 近づいてくるとすれば、機嫌が悪い時の森くらいだろう。

 彼女も、基本的には関わり合いになりたくないらしく、三馬鹿のことはスルーである。


 いや、陸には頻繁に話しかけている。

 見下したり罵倒したり、主に攻撃ばかりだが。


 ――さて、準備が整った。陸と達海が集中する。

 ここからは、遠く離れた目標地点へ、異能をぶつけるだけ。


 ぶつけるというか、発動を維持し続ける。冷静に、長く、長く――、


 自分も楽しみ、そしてなによりも、この計画を思いついた天也に。

 イケているグループ、そのターゲットの女子の目の前で全裸になり、透明になっている天也に――彼女が敏感に反応しているところを、間近で見せる……、


 それがこの計画の最大の目的だ。


 くだらない、と思うだろう……、

 誰も彼もが、言うだろう。


 最低、と罵るかもしれない。

 いや、絶対に、罵るはずだ。


 だが、この三馬鹿は本気である。


 たったこれだけのため、だけに――、社会的な命を懸けている。

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