第5話 最後の田頭

 田頭たがみりん


 明るい茶髪で、毛先が外側、上向きに反っていた……、意識したわけではない髪質である。

 勘違いされることが多いが、寝ぐせではない……それくらいきちんと整えている。

 彼女なりのオシャレだった。


 仮に寝ぐせだったとしても、美少女と言われるのだ……、それに甘えてはいけないと、姉から指摘されてきちんと自分を磨いている。

 まあ、姉のプロデュースを含めての、美少女と評価されているのだろう。

 自分の素が良いとは自覚していなかった。


 それでも、学園の誰もが認める美少女で――加えて成績優秀。あの生徒会長の『妹』であり、次の生徒会長は彼女だな、と、もう既に候補に入っている厚い人望の持ち主だ。


 彼女自身は、生徒会に入るつもりはさらさらないが。


 彼女本人だけでなく、女生徒にも公開されていない、男子だけが見られる非公式の『学園美少女ランキング』があり、その二位に選ばれている。

 学園が認める美少女でありながら、堂々の二位だ。


 なら一位は誰なんだ? と誰もが思うが、まあ、一部の男子が独断で決めたものなので、そこは一般的な基準から離れてしまうこともある。

 それでも二位に食い込むあたりは、さすがである。



 そんな彼女は明らかにイライラした様子で、机にシャーペンを置く。

 黒板に書かれた文字を、ノートにまだ写し終えていないが、それを中断してまで、優先度の高い行動理由が見つかった。


 立ち上がる。

 さすがに三馬鹿とは違い、森が動けば全員が注目する。


 魅了されている……。

 もう慣れてはいるが、最初は大変だった。


 見られるのは、悪意がなくとも、迷惑である。

 そんなことを直接、相手に言ったりはしないが、心中ではかなり文句を垂れていた。


 先生でさえ、森を見ていた。注意はしない――、いやそれもどうかと思うけど。


 誰もなにも言わないのは、彼女の行き先が、あの三馬鹿のところだったからだ。


 秋は、にやにやと結末を見守りながら。

 クラスメイトは一応、ハラハラドキドキしながら……。

 一応、というのは、彼女が動いた後の結末は、大体が分かり切っているからだ。


 それでも学園、第二位の美少女である。

 もしものことがあれば――、とドキドキしてしまう。


 まあ、とは言え、彼女だって強かである。

 三馬鹿にあれこれ言える、田頭の名を持つ生徒なのだから。



「なあ天也、俺もその絆創膏を剥がすやつ、やりたい!」

「お、陸もやりたいか! いやー、さすがおれだぜ、最強のゲームを生み出しちまった!」


 絶対、誰かが先に思いついているとは思うが……、興奮している彼らは、そんな可能性を考えていない。たとえ自己認識でも、先駆者という優越感は、気分が良いものだ。


 陸と天也がそんなやり取りをしていると、突然、陸が暗く陰った。


 ん? と、天井の蛍光灯の光を遮って現れた、『なにか』を見上げた。


 鬼の形相ではない。無表情だ。

 ただ、見下した瞳が、冷徹過ぎる――。


 そう、ゴミクズを見る目だった。

 もっと言えば、殺人者のような目だった。


 おいおい、一応は美少女じゃねえの!? という陸の言葉は、がしっ、と、両頬を片手だけで挟まれたため、言う前に押さえ込まれた。


 頬骨が砕かれたかと思った。

 頬を掴む腕をたんたんとタップしても、力は弱まらない。


 殺さず苦痛を継続させる器用な技術が進歩している。

 手慣れた家族の制裁の手腕に、さらに磨きがかかっていて――、陸はゾッとした。


「――ふぁ、はひふんだよっ(な、なにすんだよっ)!?」


「さっきから聞いてりゃ、こんな大衆の前で……クソみたいな会話を連発してさ……、わたしと御花姉の評価を地まで下げる気? 恩人の田頭性に泥を塗りたくって楽しいのかしら?」


『今更!?』


 これには三馬鹿だけでなく、クラス一同がシンクロした。


 あっはっはっ、と秋だけはその様子を楽しそうに眺め……しかも爆笑している。


「ひふぁへほ、ひほうふぁっへふほおいふぁっへっ(いやでも、昨日だって一昨日だって)」


「ねえ……言い訳しないで」


 なぜ今日の今なのか、誰もが思ったが、指摘する者はいない。

 どこかで、彼女の逆鱗に触れたのだろう……、それか、溜まっていたフラストレーションが時間の経過と共に、ここで爆発したのか。


 なんにせよ、陸が運悪く選ばれたのは、いつも通りの不運だった。


「不運、ねえ――」


 なんでも知っていそうで、絶対に明かす気がない秋は、そう呟く。


 陸が選ばれたのは運悪くではなく、必然だったのかもしれない。


「ふぉ、ひょっほはへ、ひん、ひんってへふぁああああああああああっっ(ちょ、ちょっと待て、りん、りんてばぁあああああああああああああっっ)!?」


 悲鳴と共に、陸がぐったりと倒れる。ぴくぴく、と最初は微かに動いていたが、時間が経つと動かなくなった。まるで半分に裂いた蟻のように……、つまり虫のように。

 この虫けらめ。そんな冷たい目が陸に注がれていて――、


 ちらり、目線だけを横に動かす。

 扉側ではなく、窓側に避難していた天也と達海。


 扉から廊下へ逃げるよりは、窓から外の方が確実性が高いと思ったのだろう。

 無駄なことだが。……森だって、窓から外に出て追えるのだ。


「な、なんでいきなり怒ってやがんだよっ。

 もしかしてあれか!? 危ない日なのか!?」


 がッ、と、陸のえろ本が飛ぶ。

 鋭利な角が天也の眉間に突き刺さった。


 さすがは自業自得を背負う男だ。

 この場面でそれを言えば、どうなるかくらい予測がつきそうなものだが。


「――で?」


「悪かった。素直にオレらが退場する。だから安心して、授業を続けてくれ」


 達海が降参のポーズを取る。

 両手を挙げて、あえて森に近づく。


 目を合わせる。達海ですら、うぐっ、と引く……、光がない瞳だった。


 怒りの矛先はいつも陸や天也だった。達海にくることはあまりない。そもそも、こうして対面することもあまりない……、いつも馬鹿二人が肩代わりしてくれている攻撃制裁を、ここで覚悟を決めて喰らうのは嫌だった。


 二人の敵討ち? なにそれ、どこへ向けた好感度だよ。


「二人を保健室に連れていってくる。……ほんとすいません見逃してください」


 行動は早く。気が変わる前に、ここは逃げるべきだった。


 倒れている天也と陸を拾い、達海が廊下へ出る。


 ――ふぅ、と安堵の息を吐き、


「……やっぱ、あいつはやべえな……」



 席に戻った森へ、秋の無邪気な表情の質問がくる。


「最近は全然、注意なんてしてなかったのに、なんで今日なの?」


 森は恥ずかしそうに。

 天也の予想は、はずれていなかった。


 というか、見事な的中だった……、

 あいつなら、確かに、把握していてもおかしくはない。


「まあ、その……、危険、だったから――」


 一応、教室内には三馬鹿ではないけれど、そこそこえろい男子もいるのだが……、


 今の美少女ランキング第二位には、眼中に入っていないらしい。

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