第4話 三馬鹿と垂らされた手綱
「陸、お前が買ったんだから、袋とじくらいすぐに開けろよ」
「分かってないな、こうして小さな隙間から覗くのが、なんか良いんだろうがッ!」
陸は袋とじの中に頭を突っ込むように接近して、中を覗いている。
その頭を後ろから拳で軽く小突きたくなってうずうずしているのが、達海だ。
興味本位で染めた後、色を落とそうとして、なんだかもったいないなと感じ、薄っすらと残しておくことにした、赤茶色の長い髪の毛——、
今はヘアゴムで結び、後ろでまとめているが、
もしも前髪をおろせば、余裕で目は隠れてしまうだろう。
鼻、いや、口まで隠れてしまうくらいには、長い髪の毛を持っている。
体格は三人の中で一番、大きく、身長も高い。三馬鹿に限定しなくとも、クラス内でも後ろから数えた方が早い位置に、達海は並ぶだろう。
その体格と容姿。睨み付けるような視線は、不良と印象付ける効果があった。
達海自身、そんな気はまったくないが。
三馬鹿、という評価と同じく、不良、という評価も訂正しないでそのまま放置しておいた。
元々、三馬鹿と言われているところに不良が追加されたところで、三馬鹿に隠れてしまい、特に意味もない。
訂正して誤解が解けても、三馬鹿の印象が強過ぎて、悪印象にはなっても、好印象になることはない。無駄な努力……、なので切り捨てたまでだ。
そんな彼は、三馬鹿の中でもストッパーの役目を担っている。そしてその逆も。
陸の発想できっかけを生み、天也の増長でその発想に肉付けをし、行き過ぎなのか足りないのか、状況によって止めたり、さらに回転させたりと、三馬鹿の司令塔だ。
こんな見た目をしていても、一番の常識人である。
……繰り返すが、三馬鹿の中では、の話である。
だが、えろで言えば、一番、ぶっちぎりで異常者である。
彼は分かりやすい記号的なえろでは満足しない。
いち早く慣れてしまった彼は、もう一段階、上へいっている。
彼はシチュエーション、そして相手の反応——、
リアルタイムの変化を見ることで、満足度を上げるタイプである。
分かりにくく、最初は理解されないと思うが……(その性癖自体、理解されることはないとは思うが――)、段々と、それがどういう意味かを理解していくと、陸や天也の記号的な性癖がどれだけ可愛いものか実感することになる。
陸なんて、まだまだ可愛いものだ。冗談でからかえるレベルだ。
しかし達海の性癖には手出しができない。
安易に手を出せば、取り返しのつかない最悪なことになりそうで……。
一番の常識人でありながら、一番の危険を秘めているのが、彼だ。
ただまあ、達海はその性癖を乱暴に振りかざそうとはしていない。
女子側に危険はない。女子たちが勝手に怯えているだけなのだ。
――だとすれば失礼過ぎる。
個人の趣味嗜好くらいは自由にさせてほしいものだ。
本人は、……なぜそれがばれているのか、疑問に思う。
異常だと自覚しているので、誰にも言ったことはないというのに……。
明かしたのは三馬鹿の二人。そして自然と伝わってしまった、家族。
まあ、もう一人いるが、
あれは喧伝するタイプではないだろう。自身の作品の資料にするだけで。
プライバシーには、一番厳しく、自分を律しているだろうし。
人に言わない分、本人にはぐいぐいと迫ってくるのだが……。
何度も追い返し、なのに、拒絶しても追ってくる。あれはあれで異常者だ。
三馬鹿以上の。三馬鹿の内、一人が認める数少ない異常者だった。
「……で、お前は一体、なにをしてんだ?」
「決まってんだろ、女優に絆創膏を貼ってんだよ」
正確には女優の『あれ』に、だ。
行動自体は目視しているので分かる。
聞いたのは、なんのために? なのだが……、
「おいおい、てめえは動いていなくちゃ満足しねえのか? 相手の協力なしじゃ満足できねえとか、自力でするのは、まったく気持ち良くねえんじゃねえのか?」
「バカかお前は。映像技術があんだろうが」
授業中に、自分がなにで満足しているのか告白しているのだが、誰も反応しない。
異常に見えるが、これはいつも通りの日常の一部分を切り取っているだけである。
「静止画でも充分なんだよ。この絆創膏を剥がし……、罵りながら剥がして大事なところを解禁するのが最高で最高の満足感を得られるんだよ。実際に手を出し想像力を高める……、これで何度でも最高潮へ飛んでいけるっっ!」
「お前はよく、そういうことを簡単に思いつくよな。すげえよ、すげえ――」
達海が言えることではないが、この変態は気持ち悪い。
彼こそが、三馬鹿、最後の一人……増長の天也。
三馬鹿の中でもトップレベルの『えろパワー』を持ち、変態性を持つ。
単純に、陸と達海を足したような存在である。
陸と変わらない体格。同じく、細身である。
サイドを刈り上げた茶髪……、陸や達海と違い、鋭い目つきではなく、童顔に寄っていて可愛らしい顔をしているが、見た目は意識した不良である……。
まあ、そこがギャップを生んで、女子たちがイケメンであると勘違いする要素なのだが――。
三馬鹿に限らず、思春期男子が思う「彼女が欲しい」という気持ちの本気度が、最も高いのが天也だ。主に『欲』がすごい。
もう、女子であれば誰でもいいのでは? それほどがっつりと牙を見せているのだ。
他の二人よりも、その気持ちは強い。
三馬鹿の内の二人が引いてしまうほどだった。
とは言え、他の二人が、「誰でもいいから彼女になってくれ」という気持ちが弱いために、天也が目立ってしまっているのもあるが――、
そうでなくとも、やはり普通よりは強いのかもしれない。
他の二人にあって、天也には欠けているものがある。
だからこそ見境がなくて、必死なのかもしれない。
見つけられず苦悩しているから――見つけようと足掻いている。
陸と同じで不幸体質だが、天也の場合は完全なる自業自得である。
巻き込まれて被害に遭う陸とは違い、天也は巻き込まれにいく……で、被害に遭うタイプだった。だからこそ、トラブルメーカーであり、なにもしなければ淡々と収まっていたはずの出来事が膨れ上がり、増長する。
迷惑しかかけない男だ。
三馬鹿の中でも、厄介過ぎる。
味方の二人でさえも持て余す、問題児が認める問題児——。
ただ、一番、求める欲の近くにいるのは天也だろう、と他二人は評価する。
彼自身はまったく気づいていないのだが。気づいておらず、そのくせ、「彼女が欲しい!」と本気で言っているために、殴りたくなるが……。
恵まれた環境にいながらその幸福に気づけていないのは、彼自身への、罰なのかもしれない。
まあ、散々なことを言ってきたが、三馬鹿は別に悪いやつではない。
キャラクター性に問題があるだけで。それをオープンにしているだけで――。
基本的には良いやつなのだった。避けている生徒が多くいるけれど、しかし。
本気の嫌悪感を出している生徒は、誰一人としていなかった。
彼らが粛清で攻撃されるとか、嫌がらせをされるとか、そういうことはない。
――あったとしても、彼らだけでなんとかできてしまうが――、それ抜きで。
彼らは強かなのだ。誰に向けても、味方にも、敵にも。
彼らが勝てないのは二人だけ。
絶対王者の生徒会長であり、そしてもう一人——。
「へえ、そんな遊び方がえろ本にあったとはねー」
と、クラスで唯一と言っていいかもしれない……、
あの三馬鹿の立ちトークに、真面目に耳を傾けていた女子がいた。
センター分けをされた黒髪……、白い鎖骨に届く長さがあった。
彼女は、色っぽい……まるで、風呂上りのような髪質だった。
なぜか微かに頬を紅潮させており、同学年とは思えない先輩の雰囲気を出している。
良い意味で、大人の女性に見える。
もちろん、老けているわけではない。
本人はかなり大雑把な性格なので、言われても気にしなさそうだが。
――
自分自身の全てを、男子に見せてもいいと思える趣味がある。
主に、からかいの目的で。
趣味嗜好、えろ方面のものも。
……三馬鹿とキャラクター性は似ているかもしれない。
もしも語っている内容が本当ならば、の話だが。
本人は「んー、ほんとほんとー」と笑って言うので、真偽は分からないが。
全部が演技の可能性もある。
まあ、どんな目的があって? というクエスチョンが湧いてくるので、その可能性はないかもしれないが……、隠しごとはできなさそうな性格ではあるし、と誰もが思う。
「…………」
「どしたの、なーに怒ってるのー?」
「別に」
隣の席でぶっきらぼうに返すのは、
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