PART1 透明化・注意報
第2話 狙い定めた生徒会
「うーん……」
眉間を指でぐいぐいと押しながら、田頭御花が呟く。
目の前では生徒会・副会長が、書類整理をしていた。
……訂正。ついさっきまでは。
今はなぜか、漫画を描いている。
いや、漫画を描くのは別にいい、文句はない。どうぞ描いてください、それが趣味ならば、と寛容な心で許可したいが、なぜ今なのか?
たとえ仕事が終わっていたとしても、残っている仕事はありますか? とか……、手伝う? とか。もっと言えば――悩んでいるの? どうしたの? くらいは、友人として聞いてもいいのではないか? と御花は思うが……。
基本的に三馬鹿以外には優しい彼女は、特に口に出すことはしなかった。
しかし同じクラスで、なんだかんだと友人関係を三年も続けていた副会長には、生徒会長である御花の思考は、まる分かりだったらしい。
「そこまで怒らないでもいいんじゃないかしら」
と、看破された。
いや、怒ってはいないから、看破されたわけではない。
ふふふふ、とお上品に手を口元に添え、微笑む副会長。
怒られている、と勘違いした者の態度ではない。
なので、彼女は『御花が怒っている』とは思っていないのだろう。
会話の始点として、なんとなくで選んだワードなのかもしれない。
ちらりと、副会長が描いていた漫画を見てみると、同じセリフが書いてあった。
もしかして、セリフを読み上げただけ? と想像してしまうが、さすがにそんなことはなかったらしい。御花を心配しての言葉選び、というのは、間違っていなかった。
「そんなに疲れている御花を見るのは久しぶりね、どうかしたのかしら?」
言葉遣いもお上品だ。
お嬢様のような口調……、その通り、副会長はお嬢様である。
金色の、椅子から立ち上がれば腰まで届く、真っ直ぐで、手入れが行き届いた綺麗な髪だ。生徒会役員だから、というよりは、お嬢様だからこそ許されている改造制服。
金色の刺繍が制服に施されており、御花の真っ白な制服が、地味に見えてしまう。
まあ、真っ白なので、地味でもないのだが……やはり比べてしまえば、当然、劣ってしまうのは認めざるを得ない。
……でも全然、私はこの制服、好きだけどね?
「いや、少しね……」
お嬢様のくせに、漫画を描いているのか、とか。しかも内容がボーイズラブってどうした、お前になにがあった、とか。色々と聞きたいことは多々あれど、今まで聞いてこなかったパンドラの箱を開ける気は、今はないので――、もちろん、これから先もないので、それはスルーする。
しかし、なんとなく。
悩んでいる内容を話すのが躊躇われたので、言葉を押し込んでしまった。
そのせいで、構ってちゃんみたいな返しをしてしまったのは失敗だった。
こんな言い方をされれば、掘り下げられるに決まっている――。
「あ、そう。じゃあ気にしないで原稿を描くわね」
――イベントまで時間が多くありそうで、ないのよね、と作業を再開させる。
そうだ、忘れていた。副会長は時間に余裕があるタイプではない。
人の悩みを熱心に聞いている暇があるのならば、漫画を描くタイプだ。
……それはそれで助かったのか? いや、副会長に話を聞いてもらえなかったら、私は一体、誰に悩みを打ち明ければいいのだろうか?
途方もない悩みが、一つ増えてしまった。勘弁してくれ、我が弟たちよ……。
「実はね……」
作業を再開してしまった副会長は耳を傾けていなかった。
が、それでも、御花は話を進める。相談が目的ではない。胸の内側に溜まっているフラストレーションを、外に出すための、形式的なものだ。
とりあえず、現状の整理。把握。そして、もやもやを失くし、すっきりとさせることで、視界を広くさせる……、それが生徒会長・田頭御花の悩みを解消するための、最善の策だった。
いつも笑顔で、人当たりが良いイメージを抱かれることが多い――田頭御花。
生徒会長になったことから分かる通り、男女差がなく人気がある。
御花自身、美少女ではなく美女と言った感じだが、そういう方面での人気ではなく、頼れる女生徒……、そして人の上に立つべき存在として、人気だった。
和服が似合いそうな黒い長髪……、まるで、デフォルメすれば目が線だけで表現できる、笑顔が自然体の彼女。その目が開いたところを見た者は、家族にしかいないらしい。
もちろん、実際には薄く開いている。
でないと視界を確保できない。分かりやすい表現のための言い方である。
「なによ、深刻な悩みかと思えば、いつも通りじゃない」
「ちゃんと聞いてくれていたのね……」
なら、せめて相槌を打ってくれてもいいのに。
「嫌よ。相槌を打てば、手元が狂うじゃないの」
こうして話しながら描いている今も、口を動かすことで手元が狂う可能性だって、あるのではないだろうか? いや、現状、問題が出ていない以上は、支障はないのだろう。
「ようするに、あなたの大切な弟の三馬鹿さんが、校内の奇妙なイタズラの主犯なんじゃないかって、疑われているわけでしょう?」
「……やっぱり李も、あの三人が主犯だって思う?」
「あら、自分の弟くんたちを信じることができないのかしら? まあ、わたくしの場合は、妹だろうが他人だろうが、証拠がなければ疑いませんけど」
そう言えば、李には妹がいた。結構な、深刻に見える世間知らずだったような……、以前に会った時よりもその辺の事情は成長しているのかな、と関係ないことを考えた。
それを確かめるのはまた今度である。
「私も、疑ってはいないわ」
「嘘ね。いえ、嘘というわけでもないのかしら。ちょっとだけ、疑っている……?」
疑いに大きいも小さいもあるのだろうか。
疑った時点で、信用していないのと同じなのでは?
「まあ、彼らの今までのイタズラを考えれば、疑うのは仕方ないかもしれないわね。
でも、やっていなかったら、彼ら、可哀想じゃない?」
可哀想。そんな言葉があの三馬鹿に向けられるとは。
やはり副会長……、御手洗李は、世間に流されない、お嬢様だった。
「――李、ありがとう」
「なによ、急に。わたくしは彼らとも多少の交流があるから、ただのブランドイメージで決めつけていないだけよ」
そうしてくれる人が、どれだけ貴重か、彼女は分かっていない。
御花の妹でさえ、すぐに彼らの仕業だと決めつけてしまうのだ。それは、まあ、愛情が含まれているので、学内の理不尽な決めつけ、というわけでもないのだろうけど。
「で、どうするつもり? あの三馬鹿さんに、直接、聞いてみるの?」
「まあ、それも手ね。揺さぶりをかけて……、あとは、忠告も。
それが終わったら、被害に遭った女生徒に聞き込みと、それから――」
「あら、またわたくしの出番はなさそうね」
原稿を描きながら嬉しそうにするな。
しかし、こんな副会長のおかげで元気が出たので、強くも言えない。
仕事は大体が自分一人で終わってしまう。やり過ぎてしまう自分のわがままが、副会長の仕事を少なくしてしまう、という弊害を起こしているのだが、それに文句を言わない副会長……、まあ、原稿が描けるのであちらも嬉しい、と思っているのだろうけど。
サボっているように見えてしまっているのは事実だ。それのせいで、何度も副会長は先生から注意を受けている。その都度、御花がきちんと説明しているが……、
被害に遭っていることは変わらない結果だ。
それでも文句を言わない優しさに、救われてばっかりだ。御花は優しい気持ちになる。
「でも――、そうね、わたくしのお手伝いは必要かしら、会長?」
「いいえ、私、一人で充分よ。
副会長はその原稿と、あの自由奔放な庶務の管理をお願いね」
「うげっ」
お嬢様のそんな下品な声を聞いた後、生徒会長が動き出す――。
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