その異能(ちから)【Y】に属す!

渡貫とゐち

第1話 異能を持つ学園の三馬鹿

 もしもだ、あんたの手に異能が宿ったら、なにに使う?

 なんでもいいぜ、どんな野望があっても否定はしない。

 大きなことから小さなことまで、なんでもありだ。


 どうせ使うなら、人のためじゃなく、自分のために使いたいもんだ。

 もちろん俺は、自分のために使う……、

 自分の野望のために、それだけのために、ぱーっと使っちまうね!


 小さくもくだらねえことだな、と思うかもしれない――、

 確実に思うだろうな。誰も彼もが思い、最低だと罵るはずだ。


 それでも。


 俺は――そして俺たちは使うんだ!


 突然この手に宿った異能を、ただただ、エロいことだけに使うってなぁ!!


 ―― ――


「(よし、りく、いけるか?)」

「(ああ、まだ、まだ大丈夫だ……)」


「(お前な、あんだけ鼻血を出していたらまったく説得力がねえぞ)」


「(余計なことを言うなよ達海たつみ! 陸はがんばってんだ、これで四人目だ……もうちょっとでさ、声を出してしまって羞恥に顔を赤く染める女子が見れるんだ! 努力は絶対に結果を出してくれる……なあ、そうだろ、陸!!)」


「(……これ以上は、成功しても陸が倒れそうだけどな……)」


「(……いや、俺は大丈夫だ。それに、声を出しても、出さなくても、どっちでも俺の得だ。声を押し殺し、がまんする女子の反応も、それはそれで俺のストライクゾーンだぜ)」


「(お前、異能とは別で、鼻血を出すんじゃねえぞ?)」



 授業中、だった。

 極限まで押し殺したひそひそ声が、席の近い三人組の間で交わされている。


 押し殺していても感情表現が充分に伝わるところが、三人のコソ泥的な経験豊富さを物語っていた。声が届いていても、いなくても、口の動きと目の色で、言葉と感情が脳内で完成品として現れている……、結果、目の前で会話しているようなリアリティを生むのだ。


 実際、隣のクラスメイトは三人の会話には気づいていない。ぼそぼそ、程度もだ。その生徒が集中しているから、とも言えるが、だとしても周囲を飛ぶハエを気にする程度は意識してしまうものだろう……だけどそれもない。


 こんなところで無駄な技術を発揮しているのも、三人らしいとも言えた。


 まあ、ひそひそ声が発覚していようがどうだろうと、三人の悪評は教室どころか学校中に浸透しているので、今更な話だった。鬱陶しい、最低、なんて評価は付いて回っている。


 最低よりも下の位置までくれば、もう失う怖さはない。

 教師も放置である。注意する時間がもったいない。

 注意をすれば、あれこれと返答があるのだ、それをいちいち反論していたらきりがない。


 こういうところだけ知恵が回るのだから、質が悪い……。



 そこまで到達した三人は、問題児よりも先をいく――、厄介者である。


 個人でもしんどいのに三人が集まれば誰も勝てない。勝てないというか、不毛な戦いに巻き込まれるだけだ……、三人のペースに巻き込まれたら、意図的な交通事故のような被害を受けるだけ……、たとえそれが周りに認知されている冤罪だとしても、対応する手間がストレスである。


 それに、三人組の担当がいる。

 暗黙の掃除屋がいるので、任せるべきだ、という共通認識が出来上がっていた――。


 彼女たちが動かないのなら、自分も動くべきではない……、というか動きたくない。関わり合いになりたくない。なので三人組はいつでもどこでも放置プレイである。


 放置プレイか……。

 その単語だけで、三人は朝まで喋れるらしい。


「(よし……いける、いけるぞ――天也てんや……っ!)」


「(待ってたぜ、陸! 最初から全力で頼む。隣の席のやつに異変を勘付かれるくらいの強烈なあれをお見舞いしてやれ!)」


「(おい、陸の隣の女子が気づいて、血走った目で陸を見て気持ち悪がっているが、それは良いのか?)」


 冷静に指摘した達海の言葉に二人は反応せず、

 陸は異能を使うことに集中し、天也はターゲットの女子の反応を楽しみにしながら。


 陸は、次に、異能を発動させた。


 異能により、ターゲットの女子の下着が、静かに、だけど強烈にする。


 上も下も同時に、だ。

 一点を、集中して狙うように――。


 振動を集めたことにより、刺激が最大へ到達する。


 そして、加えて達海の異能も追加されている……だ。


 やがて、最高の快楽が、ターゲットにされた女子を襲った。


「…………っっんっ」


 と、聞こえた声に、天也が心の中で、よっっしゃああああああああっ! とガッツポーズを取る。同時、異能の使い過ぎで鼻血を出して倒れた陸への評価は、授業中に女子の押し殺したような小さな声を聞いて興奮して倒れた男子、として落ち着いた……。


 これまでと比べれば生易しい評価だが……これはこれで最低に近い評価ではある。



『例の三馬鹿』と言われれば、田頭たがみを名字に持つ二年生、三人の男子生徒のことを指す。昨日今日、きたばかりの転校生でもない限り、そう言われて「分からない」と答える生徒はいないだろう。認知度は有名人と大差ない。まあ、学内に限っての話だが。


 付け加えると、悪い意味で、だ。悪名ばかりが知れ渡っている。


 田頭陸、田頭達海、田頭天也。


 名字が揃っているが、兄弟ではない。


 書類上は兄弟とされているが、血縁関係はない。


 同じ家に住み、幼い頃から共に過ごしている……長い時間が、兄弟としてもおかしくないほどの、息の合い加減を生んでいる。


 そんな三人が『例の三馬鹿』として悪名を広めている最大の理由としては、その名の通り、馬鹿みたいな問題行動を起こしているからだ。思春期、真っ只中、全ての思考がエロい方向へいく三人は、事あるごとに学内でイタズラを繰り返していた。


 発想の陸、増長の天也、冷静の達海……、短所を補い合い、長所を最大まで伸ばすその役割分担は、驚くほど高い計画の成功率を叩き出している(今の成功率も、三人の頭の中は瞬時に性交率と変換されるだろう……まあこっちは0だが)。


 いやお前ら、その努力と発想をなぜ別のところで発揮しない、という指摘は何百と言われたことがある。その都度、返す言葉がこうだ。


「こういうことじゃないと発揮しねえもんだよ」――だ。


 興味があることだからこそ、最高のパフォーマンスができる。

 できなかったことが、できるようになる……。分からなくもないが、指摘した側はあまり納得してはいけないものだろう。納得してしまえば、悪行を許してしまうことになる。


 まあ、それはそれ、これはこれ――、それで軌道修正はできるのだが。


 陸と天也は言葉で言いくるめることもできそうだが(いや、陸はなかなか、機転が利くので、難しいかもしれないが、天也は本質から馬鹿なので、餌をちらつかせれば落ち着かせることができるだろう)、三人の中でストッパー的な存在であり、頭脳の役割を持つ達海は難しい。


 彼がいるからこそ、大人のやり方はあまり通用しなかった。

 知恵だけじゃなく、知識もつけたいたずらっ子、という質の悪い生徒。


 教師陣も、簡単に手出しをすることができなくなった。


 もちろん、退学にすることもできるのだが、あまりそれはしたくない。というか、したらしたで別の問題が浮上するだろう……、あれだけのイタズラを学内でしておいて、学外でのご近所付き合いは特段に良いという、外側の好感度を着実に上げている彼らだった。


 自治体を味方につけるとは汚いガキである。


 もしも三人を退学にすれば、その事実がすぐに広まり、学園周辺のご近所から問い合わせ、バッシング、クレームが絶えないだろう……、教師としても、学園としても、近隣地域からの好感度は下げたくなかった。


 それに――それとは別にだ。


 生徒会長——田頭たがみ御花おはな。彼女が学園に残した功績は多く、設立以来の天才……は彼女が否定しているので、秀才か。

 そんな彼女からのお願いで、あの三馬鹿のことは大目に見てほしいと頼まれている。

 基本的に教師陣の言いなりであり、と言うと言い方が悪いが、つまり、頼み事や悩み事を聞いてくれたりなど、困ったことがあれば生徒会長、とまで言われるほど、生徒も教師も重宝している生徒なのだ。


 これ以上ないくらいに良くできた生徒なので、そんな彼女からの唯一のお願いを、とてもじゃないが無下にはできなかった。


 なぜ、彼女が彼らの肩を持つかと言えば、名字が揃っているから――つまり彼らの家族である。これも三馬鹿と同じく血縁関係はなく、だから本当の姉弟ではないが。


 書類上の関係性であり、しかし、だからと言って絆がないわけじゃない。

 世間一般の姉弟と同じく、仲が良く、信頼もしている。


 ちなみに、もう一人、田頭性を持つ生徒がいるのだが、こちらは三馬鹿という悪名を背負っているわけではなく、生徒会役員という学園の顔でもなく――、


 強いて言えば、男子生徒の間だけで勝手におこなわれて作られている、学園内美少女ランキングがあり――中でも二位だったりする。

 のだが、基本的にはごく普通の一生徒である。


 ただの、と言ってしまうにはもったいないほどの美少女であり、成績も優秀なのだが……ただ、生徒会や三馬鹿と比べてしまえば、なにもない。別にそれが悪いというわけでもないのだが、そう聞こえてしまうのも仕方のないことだった。



 そんなわけで。


 生徒会長の長い鎖の下、三馬鹿はこの学園に登校できているわけだ。


 やり過ぎでなければ、三馬鹿の悪行は見逃されている……、

 もちろん、繰り返せば、やり過ぎでなければ。


 やり過ぎていると判断されれば、生徒会長が遠慮なく動くことになる。

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