第24話 side勇者 Ⅲ

「して、其方らの調査の結果、特に害は無いと申すか?」

「はい。むしろそこに住まう住民は王都で暮らす民よりも幸せそうでした」

「それを国を代表する私自らに言うとは、如何に王国12使徒と言えども不敬であろう?」

「出過ぎた言葉でした」

「良い、許す」


 国にとっての切り札である王国12使徒。

 その地位は王族と同等~公爵の地位が与えられる。

 私は公爵でも下の方だけど、美剣君は王弟閣下と同類故に公の場以外では親友のような距離感で接していた。


「しかし困った存在よの。民の不満を解消してくれるとは魔王軍幹部の癖してどういうつもりだ?」

「まだわかりません。偽装している可能性もございます」

「その可能性が一番高いか。しかし人を住まわせて権力を与えるとは厄介なことをしてくれるの」

「そうですね。彼らは王都の国王直属の権力を用いても首を縦に振ってくれないでしょう」

「それらの数が増えていけばどうなると思う?」

「我らにとっても力を削がれる現れ。我ら勇者とは民から支持を得て力を増します。困ってもない民の前でいくら張り切ろうとも支持は得られません。逆に失う可能性まであります」

「それを国の独断で破壊すれば?」

「生活を失われた民は怒り狂うでしょう。むしろ魔族側に寝返る可能性すらあります」

「で、あるな。あまり数を増やすようなら滅ぼせ。下手をすればこちらが滅ぼされる可能性すらある。抜かるなよ?」

「は!」


 今回の招集で発言権を与えられていたのは美剣君だけだったので私は黙っていた。私が喋っても余計なことしか喋んないし、いつも彼に頼ってる。


 自室に戻る時、彼から声をかけられる。


「あまり自分の殻に閉じこもるなよ」

「分かってる」

「あれを取り上げられたら怖い。どうなるのか理解できるのは一度取り上げられた俺たちだからこそだ。もし仲間が向こう側に寝返ろうとした時の覚悟を今からしておく必要がありそうだ。お前もしておけ」

「うん!」


 自室の前で美剣君と別れて、押し潰されそうな日々を迎える。


 数日も経たぬうちに禁断症状が出た。

 たった3日しか滞在していなかったのに、王都に帰ってきて二日目。すぐに自分が満たされてないことに気がついた。


 勇者だ、王国12使徒だと祀りあげられているけど、いつ死ぬかわからない。

 帰れる見込みもない過酷な世界で、その場所は理想郷だった。


 自分にはつくづく戦場は似合わないと思っていた。

 それでも勇者に選ばれちゃったから頑張らなきゃ……そう思って邁進していた気持ちが嘘みたいに崩れていく。


 私はきっと日本に戻りたかったんじゃない。

 日本と同じ生活をしたかっただけ。

 お風呂があって、ちょっとした些細な悩みを相談し合えるお友達とワイワイやりたかっただけなんだ。


 だから、行動は早かった。



「メグミ様、外出許可は降りてません」

「私王国12使徒やめるから!」

「メグミ様! お待ちくださいメグミ様!」


 ごめん光太郎、それにクラスのみんな、一度知っちゃったらもう手放せなくなるの!





 ◇◇◇





 王都を出て、勘を頼りにあのダンジョンに向かう。

 けれど探せど探せど見つからない。


 途方に暮れて一人寂しく暮らしているところで、不思議な少年に出会った。



「こんにちは、お姉さん。何か悲しいことでもありましたか?」


 私はその少年の瞳に吸い込まれるようにして、本心を語らせられていた。

 自分でもそこまでいうつもりもなかったことまで一切合切全部、さらけ出してしまっていた。

 まるで誘導尋問か自白剤を使用されてるようだと思った。


「そうですか。立ち話もなんですから僕の拠点に向かいます? 大丈夫、故郷の料理を再現したものも置いてますので。きっと気に入ってくれますよ」

「故郷?」

「僕は日本の生まれですから。お姉さんもそうですよね?」


 あっ……この子もしかして。


 考えれば考えるほど辻褄が合う。偶然にしたって出来過ぎだ。

 敵だ! 魔王軍の幹部だ! 四天王だ!

 勇者とその一行は王宮で保護されている。それ以外で日本人がいるとすれば、それは敵でしかあり得ない。


 そんな考えがぐるぐると私の胸中を駆け上がり、そしてたった一つの言葉で瓦解した。


「お姉さんは優しい人だ。ここに住めば勇者なんて呪縛に縛られなくてもよくなる。僕と一緒に暮らさない?」


 それは優しい言葉かけ。

 どんな理由で魔王軍に降ったのかもわからないのに、その言葉が私を苦しめている根源に迫っていく。

 真綿で首を締め上げられるように、苦しくて息ができないというのに、少年の言葉に抗えない自分がいた。


 伸ばされた右手を私は気がつけば掴んでしまった。


「行こう、こっちだよ!」


 了承ととられたのだろうか? 少年とは思えない力で引っ張られ、私は彼の領域内で生活することを提案された。


 出された食事はレンジでチンするタイプのコンビニご飯。

 それをテレビを見ながら頂いて、漫画や小説のある空間でなんの苦悩もない生活を送る。


 でも、どこから入り込んだか分からないモンスターが邪魔をしてきた。敵だ。自分の生活を守るために振るう剣はいつも以上に冴えていた。



「大変だ、お姉さん! コンビニがモンスターに襲われてるよ!」

「大丈夫、任せてコウタ君。私がやっつけてあげる!」


 頼られればいい気になった。

 蓄積Dpを貯めていく日々。

 一度襲われた施設は時間経過で元に戻るとは言え、すぐに復旧しないヤキモキはあった。


「今日は缶詰めで我慢だね」

「えー、サンドイッチ食べたかったのに」

「もう少しで喫茶店がオープンするDpが溜まるから、それまでDp稼ぎ頑張ろうよ」

「しょうがないなぁ。コウタ君は戦えないからね」

「面目ないです」



 コウタ君は魔王軍の幹部でもなんでもなく、普通に使えない職業だからってクラスから追放されて一人で生きてきたみたいだった。

 そしてDpを使って日本の食事を再現する手段を見つけたんだって。


 そのダンジョンを悪い奴らに占領されちゃって、コウタ君は命からがら逃げてきたらしいの。

 どこまで本当かわからないけど、こんなに一生懸命生きてる子が悪い子なわけないよ。


 だから私は彼を信じることにした。



「お姉さん! 喫茶店がオープンしたみたい!」

「よーし、今日はそこでお祝いパーティーだ!」

「お祝いってなんの?」

「私とコウタ君の出会いのお祝いだよ」

「えー、なにそれー」



 年下でちょっとだけ生意気なコウタ君は、不貞腐れながらも嬉しそうにしていた。

 彼は一人っ子で、両親が海外に住んでるから食事もいっつも一人だといっていた。

 兄弟が多い私は毎日が競争競争でこんなにゆったりした時間なんてないんだよって言ったら興味なさそうに返された。

 でも食事中はちょっとだけ嬉しそうで、やっぱり誰かと一緒に食べるのは大切だって分かってくれたみたいだ。


 だから、ベッドに潜り込んできた時はビックリしたのもあるけど、寂しいんだなって気持ちで慰めてあげようって気持ちになって……そこで私の意識は途切れた。

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