第23話 side勇者 Ⅱ

「昨晩はお楽しみでしたね」


 そんな挨拶とともに朝を迎える。

 寝てスッキリしたというのもあるが、そんな言葉でたじろぐ美剣君ではないのだよ。

 私ばっかり赤面しちゃって恥ずかしいったらありゃしない。

 炊き立てのお米と、茄子の田楽を頂いて帰る旨を話して村長宅を後にした。


「いい人だったね」

「少しお節介が過ぎるけどな」

「それだけ純粋だって事だよ。王都じゃまず見かけないよ?」

「……そうだな。この先が例の都会に繋がってる階段だ。気を抜くなよ?」

「りょーかいであります!」


 返事だけは元気よく、階段を降りる。

 しかしそこで私達を待ち受けていたのは、一瞬元の世界に戻ってきてしまったかと思うような既視感だった。


「ちょお!? 何ここ?」

「幻術の類か?」


 美剣君が腰に穿いていたショートソードを引き抜いた。

 しかしそれがいけなかった。

 平穏だった街並みが、一転パニックになる。


「きゃあああああああああ!」

「おい、武器を持ってる奴がいるぞ!」

「警察は何をやってるの!?」


 剥き出しにされる敵対心。

 まるで悪者がこちらで、その他大勢が被害者であるように振る舞う。


「おい、お前達! 何をやってるか!」


 駆けつけた警察官に捕まり、私達はこの街の交番にお世話になった。


「それで、名前は?」

「メグミです」

「苗字は?」

「ありません」

「ふーん。苗字を持たない、ね。この街の住人は全て苗字を持っている。ないとするなら市役所に届け出のない人間か。困るんだよね、勝手に来られると。少しはこっちの迷惑を考えてほしいよ、全く」


 警察官は終始イラついた様子を見ながら余所者の私たちをぞんざいに扱った。確かに連絡はしていなかった。

 しかしこうも村と街で対応が違うのはなんで?


「少し、質問いいか?」

「なんだ?」

「この街で使われてる技術は王国に出回っているものより遥かに上を行っている。王国に技術を提供すれば一攫千金も夢じゃない。なのにそれをしないのはどうしてだ?」


 それは私も思った。

 街で出会った女の子はクレープを食べていた。

 それと三段重ねのアイスクリームに夢中になる子供まで見かけた。


「ふん、答えるまでもない。単純にここに住んでる奴らがその技術を享受するだけの人間だからだ。ここに来れるのは選ばれた人間のみ。だから勝手に来られても困るんだ」


 選ばれた人間、つまり街に住んでる住民全員がそう思ってるわけね。だから技術提供をしようにも、できないってことなのか。むしろその権利を失ってしまうことの方が大きいのね。ここに住んでる人たちにしたら。

 そりゃ言うに言えないわね。


「それでこれが住民票だ。カード形式でな、あ、カードって知ってるか?」


 警察官はまるで言葉も知らぬ人に語りかけるように失礼極まりない態度で話しかけてくる。

 そこにはマイナンバーカードの様に住民の情報の他に、獲得Dp:2000/2000という文字が並んでいた。


「カードは分かる。この2000という数字は?」

「この街に住める上限だ」


 そんなことも知らないでここにきたのか、と言いたげに警察官が溜息をついた。

 私も美剣君も、あまりに日本と酷似したシステムに驚きを隠せないでいる。


「ちなみにこの獲得Dpというのは?」

「居ることで得られるDpだ」

「Dpがなんなのかを聞いているんです」

「この街全体のサービスに使える通貨さ。取り敢えずあんたらのDpを測定させて貰うぞ。無駄飯食いは速攻出て行って貰いたいんでね」


 警察官は威圧する様に私達を見比べ、そしてバーコードリーダーの様なものでおでこに赤い光を通していく。

 繋がっていた機械類から取り出されたのは仮住民票。

 3日間の期限付きだが、そこにはこの街に在籍する許可が記されたナンバーと居住者名、そして獲得Dpが記されていた。


 私が2000で美剣君が10000。

 多いのか少ないのかわからないけど、私と美剣君の差が圧倒的に開いてることだけはよくわかった気がした。


「獲得Dp2000!? 10000!!? これは大変失礼しました!!」


 この態度の代わり様、つまりこの街の住民自体がそれなりにDpを所持しており、サービスを得るに値する存在だということだ。


「それで、私達は居たら迷惑なんだっけ? すぐに引き返してもいいのだけれど」

「めめめめ、滅相もございません! どうか末長くこの街に居ていただきたく!」


 警察官の態度の変わりようにお腹を抱えて笑いたくなる。

 美剣君には悪ノリしすぎだと注意されたけど、あれだけ悪様に扱われた誰だって気分悪くなるよ。


「それで、サービスを受けるにはどうすればいい?」

「その仮住民票を受付に見せてから、席に案内してもらい、そこでこのような注文表からメニューを頼めば後は自動で食品や商品が届きます」

「買える商品の限度額は?」

「ありません」

「ない?」

「全てDpで賄っておりますので、街に住める住民は獲得Dpを高めることで住民権を得ているのです」

「Dpというのはどうやって引き上げることができる?」

「それはあまり分かっておりませんが、職業レベルが関係していると噂されています」

「概ね理解した。では俺たちはこの街に三日だけ滞在してやろう」

「ははぁ、ありがたき幸せ」


 美剣君はこちらが優位なのを知って、最大限に悪態をついている。

 彼ってお年寄りには優しくするけど、権力に屈服して、すぐに手のひら返す大人が嫌いなのよねー。

 まぁ私もそんな人どうかと思うけどさ。

 あーあー、警察の人震えてるじゃん。


「やり過ぎだよ、光太郎」

「灸を据えてやっただけだ。俺はああいう口で言ってることがコロコロ変わる大人が嫌いなんだ」

「私も。だからってやり過ぎはよくないよ?」

「罪悪感が芽生えたか?」

「ううん、スッキリした!」

「俺もだ」


 なんだかんだと悪者を成敗した気持ちになって、私達はその街でこの一年で枯渇していた贅沢をこれでもかと満喫した。

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