第25話


「お姉さん、油断し過ぎだよ」


 今、僕の体内には一人の勇者が取り込まれていた。

 その寝顔は穏やかで、恐怖なんてひとかけらもない。


 僕は彼女に居場所を提供して、そしてあんまりに無防備だったからついつい魔がさして捕食してしまった。


「わおDp40万とか凄いな。さすが生き残った勇者なだけある。お姉さんのおかげで僕のダンジョン事業も大きく発展出来そうだよ」

『ちょっと、どういう事なの!? コウタ君!』

「おや、まだ意識あるんだ。意外や意外、驚いた」

『やっぱりコウタ君は悪い子だったんだね!?』


 悪い子。まぁ悪い子ではあるね。


「そうだねぇ。でもお姉さんは今日この時まで、僕の事を疑ってかかったことある? そして生活に苦痛を感じたことは?」


 お姉さんは無言を貫いた。

 沈黙は肯定と受け取るよ?


「ないよね? 幸せだったよね? なんだったら日本での続きができて喜んでたまである。違う?」

『違わないわ』


 即答した。うん、素直だね。


「君にとって僕は邪悪な存在? それとも天使に見えた?」

『私にとっては後者よ。でも王国にとっては……』

「王国ってそんなに大事?」

『えっ』


「僕たちクラスごと転移してきた人達にとっての加害者だよ? その世界に争い事を招いてるのってある意味ではその人たちだよ? その上でクラスを仲違いさせるきっかけを作った。僕たちはそんな人達に良いようにされて人生を滅茶苦茶された。なのにお姉さんはそんな奴らに従うという」

『だって、でも! 魔王軍は人間国に攻め入ってくるじゃない!』

「うん、だから?」


 お姉さんは僕の答えに疑問を抱いた。


「なんでお姉さんは加害者の言うことを真面目に受け止めてるかって聞いてるの。確かに僕は結果的に言えば魔王軍側につく事になったけど、これって職業についたら性格はどうあれ一方的に悪者扱いにされるって知ってた?」

『……そう、なの?』


 今知ったような、いや彼女からしたら自分こそが正義で悪は滅びたので気にもかけない。それが元クラスメイトだとしても。

 今度は舞台がクラスから世界に変わった。

 その程度しかないんだ。


「そうだよ。クラスで普通に会話できてた人から職業についたその日から無視されたりいじめられた。何もしてないのに一方的に石を投げられたり、蹴られたり殴られたりして、このまま殺されるんじゃないかって思った。僕は何もしてないのにだよ?」

『…………っ』


 お姉さん感情が流れ込んでくる。少し怯えたような、想像してしまったような怯えを感じとる。


「職業が勇者であるものが黒いものを白といえば白となる。そんな世界で悪者の職業についただけで誰も信じられない世界になる。勇者本人が何もしてなくても、その他大勢から向けられる嫌悪感が僕を必要以上に追い込んだ。だから僕は抵抗した。殺そうとしてくるんだ、殺されたって文句を言われる筋合いはない」

『……そうなんだ。おかしいと思ってたの、おとなしいあの子があんなに取り乱して、刃物を突きつけて来た時、私が止めてあげないとって思った。みんなもそれに協力してくれた』


 少しづつ言葉が絞り出される。しかしそこに悪に対する情けはない。犯罪者が何故犯罪を犯したのか「理解できない」=「倒そう」になる超速理解のみだけがある。

 それがきっと勇者の強制力。


「相手の言葉も聞かず、勝手に嫌悪感を抱いて分かったつもりでいた? それが同じクラスメイトに向けて放つ言葉なの?」

『それは……』

「お姉さんはさ、きっと〈勇者〉の全能感で有頂天になってしまっていたんだよ。僕の職業と真逆さ。あまり親しくないクラスメイトからチヤホヤされて良い気になってたんだよ。違う?」

『違う!』

「違わないよ」

『違う!!』

「じゃあどうして殺したの? 話し合う事もできたよね?」

『─────────ッ』


 答えられない。答えられるはずもない。

 高いステータスを経て、悪い奴は倒す。

 倒せる力を得てしまったからこその勘違い。

 それがゲーム的な機能と連動してしまう。

 そこをこの世界の神に悪用された。


「答えられないでしょ? だからお姉さんは被害者なんだよ。職業という強制力に逆らえない。僕はその呪いを解いてあげた」

『殺したの間違いじゃない?』


 今まで言われてきた言葉を言い返すように、少しだけ語気を強めてくる。


「なら僕がお姉さんを生き返らせてあげるよ。人間としての暮らしは約束できないけど、ここで好き勝手生きる権利はあげるよ」

『どうやって? 私の体も溶けちゃったのに?』

「こうやるのさ」


 僕は体を分裂させて肉体を形作る。

 そして生体データを読み取って調整して先ほどまでのお姉さんを作り上げる。


『私だ。これを悪用するの?』

「まさか。言ったじゃない、これはこのダンジョンでお姉さんが暮らすためのボディだよ。でも内緒話しても僕にも情報が入ってくるから気をつけてね」


 そのボディを扱う権利を与え、気ままに動いてもらった。

 動きにくさは特にないらしい。さっき死んだばかりだと言うのに、今も生きてるかのようだと驚いている。


「ホントすごいわね、生きてる頃より体軽いわ。もう少しおっぱい大きくとかは……」

「無い物ねだりは虚しいよ。それに、その肉体にも寿命はあるし、死んだら僕のところに戻ってくる」

「そういう意味では人間としての死は迎えられないのね」

「不安?」

「いいえ、老いることなく若さを保てて、これ以上を望んだらバチが当たるってものよ。それに、ここでの生活は保証されるのでしょう? 願ったり叶ったりじゃない」


 お姉さんはすっかりご機嫌だ。


「じゃあ、今日からお姉さんも僕の配下ね」

「了承してないんだけど……」

「分体の生殺与奪権は僕にあるんだよ?」

「はいはい、上手い話ばかりで裏があるとは思ってたわ。それで、どうすればいいわけ?」


「なーに、ちょっと客引きをして欲しいだけさ」


 僕はニンマリと笑って計画の一端を話した。

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