【注12】0と1の海原へ

 ファンタジーというジャンルを世に知らしめたという功績は、確かにコンピュータゲームには存在します。


 かつては一部のマニアの趣味であったコンピュータゲームも、今となってはおそらく読書人口よりも多く、もしかすると映画人口やテレビの視聴者数をも凌駕しているかもしれません。


 かつてD&D、『ダンジョンズ・アンド・ドラゴンズ』を作ったゲイリー・ガイギャックスは、TRPG(テーブル・トーク・ロール・プレイング・ゲーム)のプロトタイプを作った時は近代戦争をモチーフにしたのに、実際に本格TRPGを世に出す際に、ファンタジー世界をテーマに選びました。

 この選択はとてもよく理解できます。

 ファンタジーはとても魅力的な性質をいくつも持ち、ゲーム化するのに都合のいい要素も恐ろしく豊富ですから。舞台は想像できるあらゆる場所を選ぶことができ、ゲーム的な勝負の要素もてんこ盛りです。怪物との戦い、政治的な駆け引き、仕掛けられた罠、魔法合戦、自然の脅威との闘い、などなど……。


 TSR社はD&Dを形にする際、ありとあらゆる神話やファンタジー作品を参考にしました。ある程度の方向性はありますが、世界中の神話の怪物たちを採用し、魔術や奇跡を体系化し、冒険を遊び手たちの糧としました。

 個人的な感想ですが、『英雄コナン』のヒロイズムと怪奇性、『指輪物語』の世界観を融合させて世界最初のTRPGは生まれたのではないかと考えます。


 D&Dはアメリカ中で大ヒットし、世界中にもその翻訳版がリリースされました。世界中の人々がファンタジー世界を下地にしたテーブルゲームを知ることになったのです。


 そして、そのRPGの電子化を図る人々が現れました。

 『ウルティマ』シリーズの作者で知られるロード・ブリティッシュことリチャード・ギャリオットです。

 彼はコンピュータ上で英雄たちの冒険を可視化させ、TRPGで採用されたダイスによる判定をコンピュータゲームに持ち込みました。

 こちらも言うまでもなく大ヒットし、世界中のプレイヤーが彼のCRPG(コンピュータ・ロール・プレイング・ゲーム)を遊ぶことになります。


 そしてさらにウルティマのような初期のCRPGを模倣し、新たなゲームを発表する流れが世界中で起こります。日本の『ドラゴンクエスト』シリーズもその一つです。


 そしてまずいことに、ほとんどの人々はそこで初めてファンタジー世界、特に「剣と魔法」の世界観に触れることになるのです。

 以前にも記しましたが、模倣される際には、物語はその本質を失った形で表わされます。物語の根幹を担っていた要素は単なるアイテムや数値に置き換わり、本来伝えられるべき物語本来の面白さをそこなったまま、プレイヤーがゲーム上の障害を取り除くための処理の一つにすぎなくなります。


 そしてまた一つ私たちの世代が交代するとそれは小説や映像作品などに逆輸入され、ねじ曲がった状況を展開させるのことになりました。なんのことか、賢明な諸兄にはお分かりのことと思います。

 もともとファンタジー世界を楽しむ手段だったはずの数値化やデジタル化はその意義を逆転させ、物語の根幹をつかさどる存在になってしまいました。


 この状況が良いか悪いかは私にはわかりません。

 ファンタジーという一ジャンルが隆盛の時代を迎えているという、そのこと自体に感謝すべきなのかもしれません。

 物語にとっての一番不幸な出来事は、忘れられてしまうこと、そのただ一つなのですから。

  

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※この項目は加筆修正する可能性があります。

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