【注9】カタカナという呪い

 私たち日本人はカタカナの存在が大好きです。


 はるか昔に開発された、このカタカナというとても便利な鋼の刃ギアは、私たち日本人を影のような存在となって助け続けると同時に、とても都合の良い慰み物として私たちを長い間楽しませ続けました。


 私は常々考えてきました。

 カタカナさえ存在しなかったら、日本のファンタジーシーンは今とはずいぶん変わっていたのではないかと。

 カタカナは、意味を理解する前の外来語の発音を表したり、真意を測ることのできない自然界の音、動物の鳴き声などを表現することができる文字です。しかし、便利な反面、その言葉本来の意味を理解することを阻んでしまうという弊害も持ち合わせているのです。


 人々がカタカナを多用するのはなぜでしょう?

 答えは簡単、カタカナはカッコいいからです。


 テレビなどのメディアで見る物にはカタカナがあふれています。映画のタイトル、ヒーローの名称、武器や作戦名など、純粋な和文だけで構成されている作品を探す方が難しいほどです。


 例えば『ロード・オブ・ザ・リング』という映画作品があります。原題は『The Lord of the Rings』、邦題『指輪物語』の日本語ローカライズ映画です。

 当時もさんざん話題になったのですが、この映画の題名は2つの間違いを犯しています。1つは原題の意味を伝える義務を怠ったこと、2つ目は英語の文法を無視したことです。『ロード・オブ・ザ・リング』という、語呂だけを優先させた安っぽい題名のために、「The」と「s」と排除したのです。

 これは映画の売り上げ重視の選択でしょう。耳障りの良い謎のカタカナタイトルを優先させるために、配給会社は映画の視聴者に対して二重の裏切りを行いました。

 原題を直訳すると「指輪の王」になりますが、これにはいくつかの意味が含まれています。物語の中にはたくさんの魔力を持った指輪が登場しますが、それら全てを支配する「一つの指輪」を示していますし、さらにその一つの指輪の所有者である冥王サウロンのことも指しています。

 考察によればほかにもさまざまな意味があるようなのですが、とにかく問題なのは、日本語側から見ても英語側から見ても意味の通らないおかしなタイトルを付けてしまった、ということです。

 当時この邦題を見た私は、こんなことなら『指輪物語』で映画を公開してほしかった、と悲しい思いをしました。このカタカナ邦題を見てもほとんどの人は意味が分からないでしょうし、物語の荘厳さや重厚さが伝わらない、と眉をひそめたものです。


 もう一つカタカナの例を挙げます。

 ファンタジー系ゲームではおなじみの「ファイア・ボール」という魔法がありますね。たいていの場合、巨大な火の玉を出現させ、敵を打ち滅ぼす強力な魔術です。

 「ファイア・ボールの呪文じゃ。さて、どう唱えるんじゃったかの……」

 ファイア・ボールは「火の玉」という意味です。大魔法使いはなぜ今、「火の玉の呪文じゃ」と言わなかったのでしょう?

 そう、なんとなくカッコいいからですよね。


 若いころ、ハヤカワ書房の海外ファンタジーをよく読んでいました。現実世界が舞台に選ばれることもありますが、そんな時、日本語で外来語表記になっている単語はそのまま「コンピュータ・ショップ」や「ゲーム・センター」などのあらたまった表現で記載されている場合があり、それがなんだかカッコよく見えたのを覚えています。ですが、これは今回のテーマとは少しずれた話でした。


 前にも書きましたが、ハイファンタジーの登場人物は英語を話しているわけではありません。地球上には存在しない、現地の母国語を話しているんです。我々はそれを日本語に訳したものを読んでいます。もちろん、英語圏の人々は英語に訳されたものを読んでいます。英語に訳された時、武器や呪文の名前だけ、例えばフランス語表記になっていると思いますか?


 これはゲーム文化も大いに関係しているのでしょう。日本語に訳せるのに、カッコよさを優先してカタカナのまま作品を世に出してしまった日本語版スタッフの罪です。海外の全く新しい「ゲーム用語」をどう扱ってよいかわからなかったこともあるでしょう。

 ですが、日本人が考案し、日本向けに送り出すゲームの用語が英単語をカタカナにしたものであふれているのは、失笑でしかありません。

 日本で模倣TRPGを世に送り出した人たちは、今考えると「ダンジョンズ・アンド・ドラゴンズ」の啓蒙活動を全力で行うべきでした。

 このことに関してはまた後の章で詳しく語ることになると思います。

  

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※この項目は加筆修正する可能性があります。

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