S660バトル

蒼鷹高校自動車部 練習場


先行 S660(白)山岡徹也

後追いS660(黒)伊東悠一


スタートラインにS660 2台が前後に離れて並ぶ。制服の上着を脱いで、渡されたイヤホンを付ける


「前とは違うポジションになったわね」


運転席側の窓を開けて、S660のハードルーフに腕を掛けて加奈が話しかけてくる


「伊東先輩のリクエストでな…ところでさっきまでこれ乗ってたのお前か?」

「そうだけど?」

「なるほど、どうりでいい香りがすると思ったらなぁ」

「変態じゃない」

「いやいや、男は女の子の汗と香りに興奮するからもんだしな。それに可憐でスタイル抜群なら尚更」


そう言うと加奈はグーでどついてきた。


レーシングプラグスーツ 通称RPスーツ

スーツに内部にナノマシンが入っており、充電し電源を入れるか、接続箇所に車のバッテリー電源につなぐことでスーツ内にナノマシンが起動し、耐熱、耐ショック、体温調節機能等の機能をもつ、クールスーツとレーシングスーツを両立させた現代のレーシングスーツ

ナノマシンが起動するとスーツが体にフィットし、体のラインがくっきり分かるようになっている

本当ならこれを着用して練習するべきなんだが、試合以外は着用義務はない

RPスーツを着ている加奈は実に魅力的な姿をしていた。結衣に負けず劣らずのナイススタイル



「あっちは仲良さそうだな」

「徹也が理不尽に殴られてるように見えるんだが?」


後方で徹也と加奈のやりとりを見ていた、伊東と多田

S660の助手席の窓を開けてこちらも会話している


「しかし、昨日の今日でよくあんなに元気というか。新しく車制作まで始めてるらしいじゃないか」

「それしか選択肢がないのと切り替えないと余裕がないのは事実だろ、3週間もないからな。先生の話なら発破をかけたのは徹也だ…流石だな」

「教頭の仕業だろうな、リリス先輩が事故を起こすのは考えられないし、協力してやりたいのは山々なんだがな…」

「そんなことをしたらこちらから約束を破ったことになる、昨日の事故処理程度ならまだしもな…俺達も選択肢がないんだ」


悲しげな表情をする二人


「こちらの手の内を見せるのが、せめてのお詫びという訳ではないが」

「本音は徹也と勝負してみたいだろ?一年前からの憧れだったもんな、明堂の鉄心の走りのスタイルは」

「バレたか」

「歳が一つ違うだけで、ガキの頃長い付き合いだぞ?わかるさそんぐらい」


1周目

バトルの準備が出来ると、スタートシグナルが点灯する

赤…黄…緑色にシグナルが変わり2台が一斉にスタート

2台のS660のタイヤスキール音が鳴り、スタートから第一コーナーまで約500mのストレートを加速していく


体がシートに張り付くような加速感、後ろからかかる強烈なトラクションの洗礼を受ける徹也

同時にハンドルの手応えを感じている

先日、多田に言った指摘でフロントの不安定が改善されていた

150km/hから一気にブレーキング、体が前のめりになる

第一コーナーをスローインファスト、アウトインアウトのセオリー通りに抜けていく

後続の黒のS660も同様に抜けていく、あちらは動きに余裕が見られた

「なるほど、一周目はサービスって訳か、意外に律儀なことを…なら、有り難く甘えさせてもらうか、伊東先輩」


後ろから第一コーナーを抜け、徐々に厳しくなるタイトなセクションを走りながら徹也の走りを追う

慣れない車でいきなり勝負をかけるのは無粋だろう


「2周目からが勝負だ徹也」


アップダウンの勾配と3つのヘアピンカーブゾーンを抜け、75Rのコーナーを抜けてる頃には8割程のS660の走り方がわかってきた

緩やかなコーナーを抜け、上り勾配のストレートゾーンでS660のトラクション特性がさらに現れる

上りで車体のタイヤが後ろに荷重がかかる上に、運転席後ろのエンジンの重さがタイヤに掛かるMRならではなの加速感

同時に悪癖も出てくる、改善されているとはいえフロントに接地感は感じにくくなる

ストレートゾーンの後に上り勾配を含んだヘアピンカーブ、ブレーキングポイントを早めにフロントに荷重移動させグリップを効かせてクリアする

後方の伊東先輩も同じ要領でヘアピンを抜け、そのまま約900mのホームストレートをフルスロットルで踏む。半分辺りにグリッドポジション…2周目の突入、ここから本当の勝負だ


2周目


ホームストレートをセンターラインを走り、どのオーバーテイクに対処できるライン取りをし第1コーナーのトップスピードからのブレーキングに備える。メーターの時速は200km/hを越え

センターに進路を塞いでも道路幅は車三台並んでも余裕がある故、アウトかインのラインに突ける

この時無意識にイン側にやや寄っていたが、ブレーキングポイントで嫌な予感がした

ミラーを見ると後ろの黒いのが見えなくなったのを気づいた瞬間ブレーキングリリースポイントを変更し、対処する

「消えるラインか!?」


イン側に寄った瞬間にタイミングを測ってアウトにラインを取り、ブレーキングポイントを遅らせ死角を突いてアウト側から仕掛けようとしたが…消えるラインの使い手がなだけはあるな

徹也は気づいた瞬間にブレーキリリースを早める、横に並んでるもののノーズ…車体の鼻先が徹也の方が前に出し、サイドバイサイドを許さない

前を抑えアウト側から攻めるこちらのラインを潰し、自由を奪いアクセルを踏みきれないようにされた

「やるな徹也…」


第一コーナーを抜け立ち上がり、アクセルが踏み切れなかった伊東先輩だがこちらも咄嗟の対応でサイドバイサイドを防いだせいで立ち上がりは互角。テール・トゥ・ノーズ状態になると思ったが

伊東先輩のS660は少し距離が離れ、一定距離のキープし始める


練習場ピット テント


テントの中は幾つかモニターがあり、コース内のカメラとドローンからの映像が写っている


「すげぇドックファイトしやがるなあの二人、見てるこっちもぶつからないかヒヤヒヤするぞ」


多田は心配そうに見る


「部長、徹也相手に消えるラインで仕掛けたみたいだけど不発だったみたいね」

「というより徹也先輩が無力化した感じですよね、凄い反射と反応というか」

「徹也は慣れているんじゃない?そう来たらその対処するというか、アウトからサイドに持ち込まれたら次はインを突かれるから防ぎたかったんでしょ」


加奈と千歳のドライバーとしての視点からの見解していると背後に何かを感じ振り向くと


「おお!?…なんだ芝先輩脅かさないでくださいよ。いつも気がついたら背後に来るんだから」


加奈がそう言うと申し訳なさそうに芝は頭を下げる

千歳は驚いて腰が抜けていた


「芝ちゃん、いくらシャイだからって女の子を驚かしたらダメよ?大丈夫?千歳ちゃん?」

「は、はい…ありがとうございます、上村先生」


上村は千歳に手を貸し、起き上がらせる


「珍しいですね、芝先輩がこっちのテントに来るなんて。ガレージにいつもこもってメカいじりしてるのに」

「私が連れてきたのよ多田、もっとも芝ちゃんもかなり興味があったのよ」


口元が少し笑って、頷いて答える芝



レースは3周目に突入、ポジションは変わらず距離も変わらずでいた

伊東は徹也の後ろを少し距離を取ってるものの、ロングストレートからのブレーキング勝負になると仕掛け、それを徹也が防ぐ攻防戦

防がれると徹也から距離をとるように離れる


「なんというか、悠一の奴大胆に攻めると思ったら消極的になって離れたりして」


動きに疑問をもつ多田、千歳も同じことを考えていた


「あれは徹也の射程に入らないようにしてる」

「射程?…加奈先輩それは一体?」

「アイツの走りは傍から見ればそう変わった走りじゃないけど後ろから追走すれば、動きやブレーキランプのフェイントをかけたりして、とにかくこっちのリズムが狂わされるの。徹也の走りはミスを誘発させる。先日も私もそれにやられた訳だけど」

「いや、それはお前の性格の問題じゃ?」


多田は加奈にグーでド突かれる


「い、痛てぇ…これだから暴力女は」

「なにか言った?」

「なんでもありません!」


加奈の脅迫に黙る多田


「つまり射程というのは徹也の駆け引きの有効範囲なの、およそ5mぐらいらしい。無闇にテール・トゥノーズの接近戦を行えばアイツの思うツボ、近ければ近いほど駆け引きが有効に働くからね」

「ということは逆を言えば、一定の間隔を空けて追走すれば無力になるということですか?」

「それもあるけど、急激に接近しても無力化するらしいの。だから部長はフルブレーキングポイントで勝負してるのよ」



3周目タイトセクション

悔しいが伊東先輩はいい勘をしてる

タイトセクションではこちらの間合いに入らず攻めて来ず、フルブレーキングポイントに狙いを絞ってきた

そもそもコースの熟知度なら伊東先輩の方が上であり、真っ当なブレーキング勝負だと負けるのは見えている

ただ勝負ポイントは第一と最終コーナーの2箇所、そこを警戒すればいいのだが何度も同じ手で防げる程甘い相手じゃない

こちらの間合いに入らないのであれば入るように仕向けるまでだ


3度目の上りストレート

何度か仕掛けたことにより徹也のブレーキングタイミング掴んできた、徹也はブレーキ時にコンマ数秒視線がミラーから外すと睨んでいた、次のコーナーで消えるラインで決める

時速は150km/h越え、迫るコーナー

徹也の方はアウト寄りにライン取り、こちらも同じラインで後ろに付きタイミングを図る

その時は来た、ブレーキランプが点灯し間髪入れずにインに入るがその瞬間白のS660のブレーキランプが消えた


「!?まさかフェイントか!?」


そう思った瞬間に反射的に操作はブレーキング体制に入り、徹也も本当にブレーキングに入りヘアピンコーナーをアンダーステア気味に突入していくがクリア

一方、意図的じゃないブレーキングをしたため速度を乗せれないコーナリングをした為に徹也から距離が離れてしまう


「そうか、見方が甘かった。フロントの沈み込む姿勢がなかった、そういうことか」



「離れたのはいいが、カードを一枚使っちまったな…次は通用しないだろうな」

アクセルを離さずに左足でブレーキをちょい踏みさせながら、伊東先輩がイン側に寄るのを待っていたコンマ数秒だが

このタイミングでフェイントをかければなにかした困惑したアクションがとれると思ったが、伊東先輩は反射的にブレーキング動作に入ってしまったんだろう

4周目ホームストレート

第1コーナーをアウトインアウトに抜けていくが、徐々に離れた距離が詰められていき、第4コーナー目には真後ろに付けられていた


「わかっていたが、やっぱ速さでは勝てないな」


詰められた以上勝負ポイントは同じ最終コーナー、現在4周を考慮するとオーバーテイクされるピンチは残り3回

もう一枚カードを切るしかないか


上りストレート、さっきは不覚をとったが今度はそうはいかない

だが明堂の鉄心が同じ手を使うとは限らない、だがこれ以上の手があるのか?ここは様子見するべきなのか

疑心暗鬼になる、だが残されたチャンスはそうない

ここは積極的に攻めに行くべきだろう、徹也が何かしら手があるならそれでいい

最終ヘアピンコーナー

白いS660はこれまで見せたことがない動きとラインをとる

インに寄ったと思ったらアウトに急激に向け…


「フェイントモーション!?おいおいまさか!?」


白いS660は車体を横に向きになり、激しいタイヤのスキール音が練習場に鳴る

ブレーキングドリフトでヘアピンコーナーを抜ける徹也に対し、追いつけるもののドリフト状態になったことで走るバリケード化した白いS660に完全にラインを塞がれてしまう


練習場 テント


「多田、あなた達の車ってこんな曲芸できる仕様だったかしら?」

「それは先生が一番わかってることじゃないですか?あんな走りを想定してセッティングしてませよ!」


上村の問いに強く否定して返す、テント内は驚きと疑問に溢れ返る


「MRだから重心を振り回すようなやり方だろうけど、スピードをミスれば即スピンでリスクが高すぎる。1on1方式のレースでやるもんじゃない」

「だけど使いこなせば今の状態なら、部長のオーバーテイクは封じられる」


5周目 ラストラップ 第1コーナー

今度は先頭にいる徹也はコーナーはるか手前でドリフト状態に持ち込み、直線ドリフトで第1コーナーを進入していきクリアする

伊東はギリギリまで接近するが突破口が開けずにいた


「ちょ、直ドリまでやるなんて…徹也先輩凄いというか競技が違うというか」

「…元々その走りを得意してたんじゃないのアイツ?まあ、stGTかつ、1on1という競技では使うことは少なさそうだけど」

「やれるとしてもサイドを引いてリアスライドぐらいだよな…」


多田の言うとおりだが、それでも使う機会はあんまりない


「グリップ走行セッティングの車を振り回してドリフト状態に持ち込むのは速度を乗せて勢いできっかけを作るから、相当な慣れと技量、そして度胸が必要になる…結衣に劣らず、アンタもバケモンじゃない徹也」


徹也と伊東のS660同士の1on1のレースは最後のタイトセクションに突入し、ブレーキング勝負で完全に防がれると判断した伊東はリスクを承知で攻めなかったタイトセクションで接近戦を挑む、その差はもう1mもない

僅かな隙があれば追い抜きにかかろうとするが、徹也はドリフトを駆使してラインを潰す

伊東はプレッシャーをかけるが徹也は乱れることなくドリフトを決めてコーナーを抜けていく

第7コーナー ヘアピンコーナーを同様に直ドリしながら侵入する徹也。それを追う形でブレーキングした伊東だが

「!?まさかこの状況でも射程内だと言うのか!?」

ドリフト状態なら徹也の射程は意味がないと思って接近したのが大間違いだった

徹也の速度に釣られ、ホークイリュージョンにかかってしまった

ブレーキングタイミングを誤りアンダーステアになる黒いS660でラインを外す


だが決着はもっと呆気なくついた

直ドリで進入してかつ、ホークイリュージョンで伊東先輩は引っ掛けたのはいいが、アクセルスロットル加減を間違えて白いS660はハーフスピン状態になる

サイドを掛けながらハンドルを切り、コーナー出口のイン側に180度にスピンさせ止まる

アンダーステアでラインが膨らむ伊東先輩はアウトに行くのは想定した為の判断だった

アウト側から黒いS660が抜いていくのを眺める

そのまま復帰してリスタートするがその間に離され、圧倒的なアドンテージを覆すことは到底不可能であり勝敗は決した

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