信じてほしい
蒼鷹自動車部 練習場
1on1レースを終え、2台のS660をアイドリングを掛けっぱなしでグリッドラインに戻す
「さすが、避けると信じてましたよ」
「何を言うか、避けやすくしたのはお前の手腕だろ徹也」
お互いにレースの内容の賛辞を言う
「わかったことがありますよ伊東先輩。俺はあなたが嫌いだ」
「随分な言い方だな、まあそう思うだろうな。そりゃ同族嫌悪って奴だ」
初対面から気に入らないって思っていたが同じタイプのドライバーだとわかれば納得がいく
オーバーテイク技術と駆け引きに特化した変則型の乗り手、対抗意識が無意識に出てしまう
「同族嫌悪だけならいいんですけど、もうひとつ…気に入らない。何を迷ってるんですか伊東先輩?」
「迷っているだと?」
言葉より体が反応していた、少しだがビクっと。図星か、そう気に入らないのだ
「テール・トゥ・ノーズで接近戦で走り合った相手の感情ぐらい読み取れますよ、遠慮していたというか…迷いを持ち込んで戦われるのは勝ち負け関係なく気分がいいもんじゃないですよ」
車中 帰路
片付けをラッシーチームに任せ、箱崎自動車に戻る車中
フェアレディZ33 上村先生の愛車
助手席で乗っているだけでもわかるぐらい手入れが素晴らしい車だとわかる
「どうだった?ラッシーチームのS660は」
「予想以上の完成度でしたね…乗り手のことをよく考えて作られてる、言葉を交わさなくとも芝先輩がどんなメカニックなのかわかります。優しいですね芝先輩」
「そうね、そこが芝ちゃんのいい所なのよ。口数が少なくちょっと威圧感あるけどそのギャップがいいというか」
それ先生の好みじゃねーかな
「ただな、こんなにいっぱいお土産を渡さなくてもなぁ」
Z33の後部座席には沢山のお菓子の山が積まれている。特にチョコとか甘いもの中心に
練習場出る前の話である。芝先輩がこのお菓子の山を持ってきたのである
「…杏奈先輩にですか?」
察してわかってくれたことが嬉しいのか、ややニコリと頷く芝先輩
んで現在
「乙女には甘いものはナイスチョイスよ」
頭を使う作業だから糖分は有難い差し入れだ
「それよりも、徹也にあんなアクロバットな走りができるなんて知らなかったわ。マキちゃんにもそんなこと聞いたことなかったし」
「槇乃コーチは知らないと思いますよ、見せたこともなかったですし」
槇乃コーチとは明堂学園のドライビングテクニックの指導員の一人であり、榛奈高校の転校の手続きをした人である
蒼鷹自動車部のOBでもあり、上村先生とも交流がある
実の所、槇乃コーチを通して自分と上村先生は蒼鷹高校に来る前から面識はあった
「たぶん、明堂学園の人間で知っていたのチームメンバーを組んでいた昔馴染みの奴だけだと思いますよ。そもそも1on1の試合形式でのドリフトは悪手の手段ですし」
「あら?でも悠一のオーバーテイクを防いでたじゃない?かなり有効な防御手段じゃ」
「ドリフトで防御するということはそれだけ接近される。明確に勝敗がつかない場合はAIの判定による勝敗になると防御手段としてはドリフトはあんまり良くはないですよ」
1on1の試合の勝敗は引き離すか、先行車両を追い抜いてゴールする明確な勝利のノックダウン
もう一つがAI判定による点数制によるもの
3セット内の試合の中で引き離すことで加点、接近や接触、反則行為による減点
合計点数が多い方が勝利となる
「なるほど、あの状況は試合には負けてる状態なのね」
まあ、現にミスして負けましたけど
「そういえば気になったんですけど、練習場に教頭の姿見えなかったんですけど」
「殆ど顔を出すことはないわよ。顧問としての仕事をするけど車に関して素人だからメカもドラテクも教えることはないのよ」
「…たしか上村先生もメカはともかくドラテクは」
「それは言わないでよ」
ドラテクの指導者がいないチームで、よく去年全国大会まで行けたものだ
「歴代、蒼鷹自動車部のドライバーは逸材揃いが集まるのよね」
「結衣と加奈はもはや別格。伊東先輩の様なドライバーも滅多にいないタイプ」
「悠一に関して言えば徹也、貴方の走りと戦略を参考にしてるのよ」
「…え?」
困惑した、俺の走りを参考にした?
「一年前、天才的なドライバーの結衣と加奈の存在で立場的に焦ってたの。二人のように天賦の才がある訳でもなく切り札になるものが欠けているって思っててね」
「先輩的な立場を考えれば、心情は察せますね…」
「当時の鉄心の徹也の存在を知って、マキちゃんに頼んで貴方の走行映像とか提供して貰ってたのよ」
「情報漏洩的な問題はさておいて、なるほど道理でパターンが読まれる訳だ」
槇乃コーチ何やってくれてんだ
「オーバーテイクと駆け引きの戦術特化の研究と練習をして悠一はモノにした」
「わざわざ槇乃コーチに会っていたのはその為ですか」
伊東先輩には俺の走りの戦術が通用じづらいか…考えることが増えたな
そう考えていたらスマホにメールの着信音が鳴る
送り主は加奈、動画ファイルが幾つか添付していて一つ開いてみる
「さっきの1on1の映像か。加奈の奴わざわざ送りつけるとはな…待て、何でアイツ俺の連絡先知ってんだ?」
加奈には連絡先は教えていないはず
「結衣か奈緒に聞いたとかじゃないの?」
「それだったら何でアドレス帳に登録してあるんだ…そういえばアイツ、今日の今朝、オレの部屋に来てたな」
スマホにパスワードを設定してないから勝手に加奈がアドレス帳に登録したと考えれば
「え?ちょっと徹也、加奈とは、もうそういう関係なの?」
「そういう関係って、住んでる部屋が隣同士なだけですよ。加奈の奴、夜中に来たり、朝勝手に部屋に入るし」
上村先生は少しため息をして
「徹也、私は恋路に関して応援するわ、青春ですもの。ただ一線を越えそうなときは…一教師として見逃せないというか…」
上村先生に要らぬ誤解を与えてしまったようだ
箱崎自動車 ガレージ 小部屋 エンジン室
アルトワークスから降ろしたK6Aエンジンをひとまずバラし終え、亀裂やダメージをないことを確認できた
まさか大会前にもう一度組めるタイミングが来るとは思わなかった
パーツ一つを眺めながら
「綺麗にアタリがついる。組んだ人間も乗り手も優秀なのがわかります」
「徹也!?いつの間に!?」
エンジン室のドアの所に、いつの間にいた徹也に驚く
「ノックしても反応ないし、失礼しますって言ってもパーツ眺めて集中して聞こえてなかったんじゃないですか杏奈先輩」
「あー…あははは、私って集中すると周りが見えないというか…」
ちょっと照れくさい、たぶん頬が赤らめいてるかも
「とりあえずこれ芝先輩から」
テーブルにどっさり30ℓ袋に入ったお菓子を置く
「あれ?芝君来たの?」
「いや、あっちのS660を見に行ったついでに貰ってきたんですよ」
徹也は経緯を話してくれた、ラッシーチームのS660に乗ってバトルしたことを
「なるほど…芝君の組んだS660凄かったでしょ?どう思った?」
「乗り手には心地よいサウンドはおそらくトルクが独特なのか、アクセルを踏みたくなるテンションにドライバーを持ち込む」
トルク…そういう意見は初めて聞いた。ほとんどはいい音とかテンションが上がるとかのだが
ホント、徹也はいい勘をしてる
「ただ、セッティングも足回りもあまりにも優しすぎる。調教された駿馬というべきか」
「それはいいことなんじゃない?」
それは上村先生に育てられた蒼鷹自動車部のメカニックが目指す方向性、チューンドカーは駿馬であれ
「勝つ車ならそれで正解ですよ。ただ、このチームに求められるのは多少荒馬でピーキーな車がいいんですよ」
意外な意見を言われ「え?」って言葉が出てしまう。前回多田にアドバイスしていた時とは違うことを言っているのだから
「考えてみてください、うちのメインドライバーは結衣ですよ?あのアルトワークスを鼻歌交じりで乗りこなしちまうようなレベルの乗り手なら荒馬であろうが駿馬のように操りますよ。俺より結衣と付き合いの長い杏奈先輩ならそれをよくわかってるんじゃないですか?」
「確かに、結衣なら…」
「芝先輩は優しい反面に少し臆病な所があるんですよ、嫌われたくないとかドライバーに不快を与えたくないせいか抑えている。だからこそ誰でも乗りこなせ、乗りやすい車を仕上げるんだと思います。決して間違ってはない。それだけリスクを減らせるのだから…ただ、ドライバーというのはチャレンジジャーのような精神もあるというか…荒馬からこそ、手応えがあるというロマンがどこかにあるというか…難しい所ですね」
今までこんなことを言う人間は会ったことがなかった。メカニックとドライバーの両方の視点で語れる人
それ以上に徹也の言葉は不思議に信用できる。自信を持って、堂々と言葉を語る姿勢が
「杏奈先輩、思う存分自分なりに組んでください。このアルトを作るのは杏奈先輩一人だけじゃないんだオレ達のチームを、そしてドライバーを信じてください」
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