事態は動き出す

翌日 早朝

自動車部商店街チームガレージ


いつものように朝練に来たら聞き慣れたアイドリング音

もういつでもフルスロットル可能な状態になっていたアルトワークス


「よう、おはよう結衣。待ってたぞ」

「徹也君?おはよう…もしかして準備してくれたの?」

「ああ、練習に付き合うつもりだが…邪魔かな?」

「ううん!歓迎だよ!」

「そうか、それはよかった」


朝練に付き合ってくれる人がいなかったから、これは嬉しい

そう思ってると徹也君は真剣な表情で


「結衣、君のことは奈緒や加奈からいろいろ聞いたよ。大概なら人の悪意やトラウマで車に愛想を尽かすと思うが」

「機械である車に罪はない、いいも悪いも乗り手次第」

「…悪い乗り手もいれば、良き乗り手もいる。ホークマンの言葉だな?」

「ホークマンは死しても私の心と車好きとしての在り方として生きているのも…憧れなんだよね…オカシイかな?」


オカシナ話だと思われるだろう、私の今の在り方


「別に、崇拝や憧れというのは誰もが持つも可能性があるからな。俺もホークマンに憧れてるからなでなきゃホークイリュージョンの真似事なんてしないよ」


やっぱりホークマン好きなんだ徹也君…ホークイリュージョンだと思ったけど…


「さて、結衣。今以上に強くなりたいか?」

「それは勿論…ん?上手くなりたいとか速くなりたいとかじゃなくて、強くなる?」


一瞬、聞き間違いかなって思ったけど


「強くなるだ。というより結衣、無自覚だと思うがお前の速く走るドラテクに関して言えばかなりのレベルだぞ。精神面的な要素は仕方ないとは言え、経験不足による駆け引きによる戦術面、対応に弱い」

「う…指摘されると耳が痛いね…」

「stGTの試合形式の1on1は速く走るより、戦う走りが求められる。まあまず速くなければ戦いは追えないけどな、その先の勝敗を分けるのは戦う能力だ。俺は速く走るのは得意じゃないが、こういう戦う走りにはそれなりに自信がある」

「なるほど…そういう所を練習するということ?」

「その通り、ほらコースを見てみろ」


徹也君に言われ、コースを見ると何箇所かに三角コーンが置かれている


「三角コーンは片側の車線だけに設置してる。なるべく片側の車線だけで走るようにするんだ、サイドバイサイドに持ち込まれた時、もしくはラインをブロックする際、制限されたラインの走行に慣れる為だ」

「もしかして、全開で?」

「なるべくな、これさっき俺が走ったときのタイムだ。まあ、何本かは確実に倒すだろけどな」


にやにやしながらタイムを書いたメモを渡す…そう言うならやってやろうじゃないか。



昼休み 2年1組


疲れた、ただ疲れた。徹也君指導の朝練が思った以上に神経にキタ…


「体力無尽蔵の結衣がなにをやったらそんなにぐったりしてるのよ」

「うーん、どっちかと言う神経を磨り減るような感じが」


昼食を摂りながら、朝練の事を奈緒に話す


「へぇ…そんなことしてたんだ」

「全然クリアできなかったよ…早く走ろうとすればコーナーで膨らんでコーンに当たるし、だからってめいいっぱい攻めればガードレールに当たりそうになるし…」

「それ、課題を出した徹也はクリアできるの?」

「うん、なかなか上手くいかないからお手本で走ってもらったけどまるで参考にならないというかホントスレスレで走るんだよ徹也君。ガードレールから5センチもないんじゃないってぐらい」

「なにそれ、また当てたわけじゃないよね?」


険しい表情になる奈緒


「車体に何処にも新しい傷がなかったよ、なんというか針の糸を通すレベルの正確精密なドライブだよ徹也君のドラテク。とてもあんなに近づける度胸がないよ…」

「結衣にそこまで言わせるなんてね・・・そんでもってバトルでは負け知らずか…」

「ただ、タイムアタックだとそう速くないんだよね徹也君…」


タイムをメモした紙を奈緒に見せる


「んん?ホントだ…結衣や加奈は別格だとしても、今いない部員と比較しても…なんというか平均的って感じ?」

「最強であり最速ならざるってそういうことだって言ってたね…」

「自分で認めてるんかい」

「なるべく、裏方…メカニックとして参加する気らしいけどね」

「先行で結衣で逃げ切って後攻のリリス先輩で攻める…やっぱ従来のスタイルで行くのかな」

「やっぱり、勝負の切り札になるものが欲しいよね…私じゃバトルだとお荷物になるし…」

「結衣…」


自分でもわかっている…現状の私じゃ使い物にならない事態になってしまう…人の悪意か…

どこか徹也君に頼りたいという気持ちもある。出会って間もないのに…


放課後


今日も阿部から誘いがあったが、明堂の頃の俺の素性を知っていて戦力として高く評価してくれていたが俺の決意は変わらない。

予選で当たったらお手柔らかにと伝えたが阿部は青ざめていた。オレの素性を知っていればこそ、敵に回すと厄介な相手であることを認識しているようだ

教室を出て玄関まで来ると


「2年5組山岡君、少しいいかな?」


中年の教員が声をかけてくる、印象としてよろしくない雰囲気を持つ大人、そして元凶とも言える人物


「教頭先生?なんでしょうか?」

「少し話がある…」


大体察しはつくが…まあ、一応話は聞いてみるか


会議室


「まさか君があの明堂高校のエースとはね、まさに天啓と言うべきか」

「エースドライバーではないです。単純に試合形式で負けなかっただけで、公式戦じゃドライバーとして出てなかったし…」

「そう、夏のstGTの予選前に不運な事故で全治半年の怪我を負った。だが明堂高校は一年生と二年生のチームで全国優勝を果たした。そして山岡徹也君、君はそのチームの指揮官として貢献した」


…驚いた、明堂の内情に詳しい人間じゃなければあまり知られてないと思ってたことだからだ

勝つための手段を作るレース戦略家、ドライバーに直接指示し勝利を導く、それが俺の選んだ…いや、チームが望んだ俺の在り方


「驚くかね?独自の情報ルートを持っていてね、君が転校してくるとわかったときに調べさせてもらったよ。君を知る者は揃えて言う。明堂のエースは山岡徹也だと」

「伊東先輩が俺のことをスカウトしてきたのはそういう訳ですか…」

「いや、彼は以前から君を知っていたよ。何故かは知らないが」


…どうも気に入らない、この目の前にいる人間が、いや人と呼べる類いなのか?

加奈以上に、素性が読めない…というより、あまりにも複数の顔を観てくる


「単刀直入に言う、こちら側に付け山岡徹也。君なら理解してるはずだろ?資金を出すスポンサーのチームがいかに強いか。商店街には未来はない」

「人の繋がりを蔑ろにし、信用を裏切る。そんな選択をするアナタに俺は付く気はない」

「…それが山岡君の選択かね?残念だな…」


そう言うと、教頭の顔はニヤついた表情をする…不気味と感じ取れる程の


「実に残念だ、これが最後の機会だったのにな…君は走ることもなく負けることになる山岡徹也」

「どういうことだ?」


俺のスマホから着信音が響く、出ないつもりだったが

「出たらどうだ?」と言う教頭。

着信は奈緒からだった


「どうしたんだ奈緒?部活に遅れるってメッセージは送ったはずだが?」

「て、徹也!た、大変なの!リリス先輩が!」


電話元でかなり慌てた様子の奈緒、なにか大事が起きたことは察した


「早く行って上げたらどうかね?手遅れだろうがな…」


教頭は席を立ち、会議室から出る

奈緒から電話の内容を聞き、急いで練習場に向かった。今日は商店街チームが使うことになっていた

練習場に着いた俺が見た光景は救急車に運ばれる、血だらけのリリス先輩

そして無残な姿になっているアルトワークスの姿であった…

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