2.偽りの日向に光は差さない

 想像していた以上に、レッカは快活な――というより、賑やかな少年だった。


「エデンちゃん! 見てよこれ! ぼくが自作した携帯端末!」


 レッカは目を輝かせ、ビタミンカラーの携帯端末を差し出してきた。カーテン越しに見える画面には、ぴょこぴょこと可愛らしいキャラクターが跳ねまわっている。


「わ、かわいいですね! これ、レッカ君が作ったんですか?」

「そうだよー! この画面にいるキャラはちょっとしたAIで、ネット上を巡回していろんな情報を集めてきてくれるんだ。たとえば……これ!」


 レッカが軽く画面に触れると、軽快な音楽が流れる。再び示された画面をのぞき込んだエデンは、思わずうっ、と声を詰まらせた。


「れ、レッカ君……これは……」

「レオン先生のSNSアカウント!」


 きらりん! やたらにキラキラしたアカウントだった。アイコンはハートが舞っている。見えてしまった投稿内容は、都市の歌姫『ミレニア・オーレンドルフ』への愛やら何やらで――。


「うわーうわー。みたくなーい! レッカ君、変なの見せないで!」

「レオン先生って、実は相当なマニアだよね。あ、じゃあ、普通に時事ニュースとか」


 レッカが再び画面を操作する。かわいい音が響き、カーテン越しにでかでかとした文字が表示された。


「世界戦勃発の危機? ××国大統領、銃撃される!」

「こ、これはまた、大変なニュースじゃないですか」


 じっと端末の画面を追っていく。内容としては、誰でも知っている大国の指導者が、何者かに銃撃された、という話だった。


 襲撃者についての情報は錯そうしているようで、某国のテロリストだとか、過激派の仕業だとか様々な情報が流れている。指導者の安否についても二転三転しており、現場の混乱が伝わってきていた。


「どうなるんでしょう、これ。世界大戦だなんて」

「今すぐどうこうっていう話ではないと思うよ。だけど、銃撃された相手が大国の指導者だからね。もしテロだとしたら、話が転がる方向によってはどうなるかわからない」


 世界大戦なんて、もう一世紀以上前の話だ。今度また大規模な戦争が起こったら、どうなってしまうのだろう。空恐ろしいものを感じて、エデンは身を震わせる。


「そんなに怖がらなくてもいいんじゃないかな。まだネットで流れている段階だし」

「だったら、急に怖い話を見せないでください! びっくりするじゃないですか、世界大戦だなんて」

「あはは、いやぁ。これくらいしないと、レオン先生の衝撃が消えないと思って」


 エデンは呻いて頭を抱える。レオンのSNS裏事情はどうやっても消せない。顔を見るたびに思い出しそうだ。


 出会ってから数日。気づけばエデンは完全にレッカと打ち解けていた。


 最初の頃こそ身構えてしまっていたエデンだった。失敗したらどうしよう。がちがちになっていたエデンに、レッカは楽しげに笑いかけてきた。


「ねえ、エデンちゃん! 君、どういうガジェットが好き?」


 どうやらレッカは機械大好き少年らしい。いろいろな機械を自作して、部屋で動かしている。最初に見せられた小さなプラネタリウムは圧巻の出来だった。


「レッカ君、いろんなもの持ってますけど、どこにしまっているんです?」

「え、ベッドの下だけど」

「えぇ、そんなスペースがどこに」


 そんなこんな数日。決められた時間だけであったが、二人は様々な話をしていた。


「ねえ、エデンちゃん」


 呼びかけられて、エデンは顔を上げた。透明なカーテン越しではあっても、お互いの表情はよく見える。どうしたのだろう。首を傾げると、レッカはひどく真剣な顔で囁いた。


「教えて欲しいことがあるんだけど」

「教えて欲しいこと? どうしたんですか?」


 すごいことを聞かれるのだろうか? エデンは反射的に身を乗り出す。するとレッカは、声を潜めて問いかけてくる。


「今は、夏、だよね?」

「は、はい、そうです」

「そっか」


 一人で納得して、レッカは自分の端末に目を落とす。小さな電子音が響き、一瞬だけ空調が冷たい風を吹き出す。


「え、ええと? レッカ君?」


 問いの意味が理解できず、エデンはおろおろと視線をさまよわせる。レッカは何を言いたかったのだろうか。疑問と一緒に視線を向ければ、レッカは思い出したように顔を上げる。


「うーん、あのさ」

「は、はい?」

「エデンちゃんはさ、世界が滅んでしまうって言われて、信じられる?」


 世界が滅ぶ? 世界大戦の話の続き? 頭に疑問符が浮かぶ。エデンが首を傾げると、レッカは薄い笑みを浮かべた。そして黒い瞳はふと、窓代わりのモニターを見つめる。


「これはちょっとした想像というか、予測なんだけどさ」

「はい」

「来年の今頃はきっと、ここには誰もいないよ」


 すうっと、冷たいものが胸の奥に落ちていく。レッカは小さく笑う。どういう意味? なんて、問いかける余地もないほどに、笑みはひどく冷めている。


「せめて、最後くらいは――夏を見たかったね」


 何が言いたいの。こちらを見つめてくる瞳に嘘は感じられない。本気で、何を言っているのだろう? 世界が滅ぶ? そんなこと、本気で信じているの――?


「なんてね! そんな顔しないでよ! ちょっとした冗談、冗談だってば!」


 ぱっといつものように笑顔を浮かべ、レッカは大きく手を振って見せる。何でもなかったような笑顔に、エデンは短い息を吐きだす。


 そうだよね、冗談だよね。同じように笑いながらも、エデンの胸には暗いものが忍び寄る。


 レッカは一体、何を見ていたのだろう。

 モニターを見ても、答えらしきものはなにも映り込んでいなかった。

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