死、リセット、レベリング

「ーー!!ヴァン君、後ろ!」


 エレノアさんの警告の声が聞こえた。


 それに反応して、

 体が勝手に動く。


「……え?」


 ここは、どこだ?


 僕は……死んだはずだ。


 あの苦しみに悶えながら、死んだ。


 意識が無くなり、

 動けない状態になっていたんだ。


 なのに、動ける。

 痛みもない。


 まさか……僕はまたリセット、したのか?


 だけど、

 それならのだ。


「ぐっ……がっ!?」


 そして、

 僕の腰に何かが突き刺さっている。


 短剣だ。


 僕の腰に、短剣の刃を深く刺していたのだ。


「な、何で……が…変わってる!?」


 そう、リセットをしたというのなら。


 復活ふっかつ地点は自宅、旅の出発前の時間に戻るはず。


 だが、今回は違ったのだ。


 ゴブリンレンジャーの洞窟、

 僕がもう一体の襲われる直前だった。


「ヴァン君!!」


 エレノアさんの呼ぶ声が聞こえる。


 エレノアさんがゴブリンを僕から遠ざけるために剣を振るった。


 だが、やはり前回と同じ結果になってしまう。


 ああ、痛い。


 収まったと思ったらまた痛みが広がっていく。


 僕の、記憶はその痛みを忘れなかった。


「大丈夫かい!?今ポーションを……くっ!」


「ギャギャアッ!!」


 エレノアさんとゴブリンレンジャーが対峙する。


 ここまで同じだ。


 やはり僕は、

 死んでリセットしたらしい。


「情報不足だった…。まさかレンジャーがニ体いるなんて!」


 …そんなの、もう知ってます。

 

 それよりこの短剣を何とかしなければ!


「ぐっ、あ゛…!」


 こんなの、何度引き抜こうと同じだ。


 痛いものは痛い。


「はぁ、はぁ、はぁ…!」


 短剣を捨てて、腰の辺りを抑える。


 血がポタポタと手から流れるのが分かる。


「ギャギャギャギャ!」


 僕を見て、そのレンジャーは笑う。


 不愉快ふゆかいなものがまた込み上げてくるが、今は無視だ。


 今は、

 もう一つの問題であるを何とかしないと。


「エレ、ノアさん…!毒消しのポーション、持って…ますか!?」


 ポーションをくれると言っていた。


 生憎あいにく状態異常じょうたいいじょうを回復させるポーションは買えていない。


 あれは無駄に高いのだ。


 だから、最後の希望はエレノアさんに託されーー。


「毒!?そ、それはまずい…毒消しの薬は持ち合わせていない…!!」


「そ、そん、な……」


「……ヴァン君。まだ助かる方法を探す。だからそれまで持ち堪えてくれ!」


「ギャギャギャギャ!」


 ーーああ。


 意識が、遠のいていく。 


「……………がっ…………」



**



「ーー!!ヴァン君、後ろ!」


 エレノアさんの、警告の声が聞こえた。


「………あ」


 また、リセットした。


 僕の体は自然と動いていく。


 どうやら動いている間がリセット地点のようだ。


「がっ!?」


 ゴブリンレンジャーだ。


 また、僕の腰辺りに毒塗りの短剣を突き刺している。


「お、前…!三回目だぞ!」


「ギャギャ……ギャ?」


 僕の言葉がなんとなく読み取れたのか、

 意味が分からないといった顔をした。


「ヴァン君!!」


 エレノアさんの呼ぶ声が聞こえる。


 エレノアさんがゴブリンを僕から遠ざけるために剣を振るった。


 またしても避けられる形となる。


「大丈夫かい!?今ポーションを……くっ!」


「ギャギャアッ!!」


 エレノアさんとゴブリンレンジャーが対峙する。


「こ、れ……一体どうすればいいんだ!?」


 毒が体全体に回っていく。


 この毒は……多分即効性そっこうせいなのだろう。


 僕にスキルなんてないし、

 この状況をひっくり返せることなんて出来やしない。


 ああ、誰か。


「た、すかる…方法を……」


 ーー教えてくれ。



**



「ーー!!ヴァン君、後ろ!」


 エレノアさんの警告の声が聞こえた。


「いっつ……こ、これで、…か?」


 今回で、このリセットは八回目へと到達。


 短剣…はまだ痛いが、

 徐々にダメージは減っている気がする。


 それでも、変わらない。


 強力な毒が襲ってくる。


 僕は特別な力とか、

 戦闘に優れた力なんて持っていない。


 この状況が、延々えんえんと続くだけだ。


「……クソッ!!」


「ギャギャ…ギャ!?」


 僕は目の前にいるゴブリンレンジャーをなぐろうと腕を振るう。


 だが、少し驚かれただけ。


 簡単に避けられてすぐに距離を取られる。


「そ、そりゃそうだよ……エレノ、アさんですら苦戦する…ってのに…」


 たった一体のゴブリンに八回も殺されるなんて。


 エレノアさんがこちらに近づいてくる。


「ヴァン君!!」


「だ、大丈夫です。……大丈夫じゃありませんが」


 ああ、今回もダメだ。


 短剣には

 この毒が僕の生存せいぞんはばむ。


 一体、いつまでこの地獄じごくが続くんだ?


 自分の、『死』という感覚が、

 段々と薄くなってきている気がする……。



**



「ーー!!ヴァン君、後ろ!」


 エレノアさんの警告の声が聞こえた。


 この言葉を聞いたのは…今回で果たして何回目だっただろうか。


 自分の体が動きを止めない。


 そして、いつも通りの痛みが……。


「……いたっ」


 僕の腰辺りに、ゴブリンが毒塗りの短剣を突き刺している。


 うん、ちくってしたね。


 この剣を避ける事は時間的に叶わないと分かった。


 過去三回ほど回避を試みたが、成功は無し。


 即効性の強力な毒が回り始める。


「ヴァン君!!」


 エレノアさんの呼ぶ声が聞こえる。


 エレノアさんがゴブリンを僕から遠ざけるために剣を振るった。


 この光景も、

 何度も繰り返されたものだ。


「大丈夫かい!?今ポーションを……くっ!」


「ギャギャアッ!!」


 エレノアさんとゴブリンレンジャーが対峙する。


「短剣で刺される痛みはもう大丈夫かな。あとは、この毒を、なん、と、か………」



**



「ーー!!ヴァン君、後ろ!」


 エレノアさんの警告の声が聞こえた。


 はいはい、後ろね了解しました。


「………もう、何も痛みは感じなくなったかもな」


「ギ、ギギャ!?」


 僕の腰に深く短剣の刃を刺したゴブリンレンジャーは、僕のその余裕な表情に困惑する。


「お前のその面…もう五回目だよ」


「ギ、ギギ」


 ゴブリンは自ら距離を取る。


 僕が何も反応を見せてやらないとこんな風に動揺する。


「ヴァンく………なんか、大丈夫そうだね?」


「そう見えるなら嬉しいですけど、あともう少しで多分亡くなりますので。僕の事はあまり気にしなくていいですよ?」


「!!?そ、それはどういう……」


 だって、

 まだ毒に対して何も進展がないからだ。


 短剣の軽い攻撃にはもう痛みはないが、

 それに塗られた毒が非常に厄介なのだ。


「エレノアさん。この短剣には触らないで下さいね?超強力な毒が塗られ、て、います、ので…………」



 僕はまた死んだ。


 そして、人生はリセットする。



**



「ーー!!ヴァン君、後ろ!」


 エレノアさんの警告の声が聞こえた。


 僕はその攻撃を敢えて自分から受け止めた。


「何をしても、防ぐのは間に合わないからね。僕はこれから為に、君の剣を食らう事にするよ」


「ギャ!?」


 この毒は特別性だと僕は踏んだ。

 きっと大きな獲物を仕留める為の液体なのだろう。


 リセットが未だ止まる様子は見られない。


 ならば、

 それを利用して耐え切れるまでリセットし続けてやろうと考えた。


 それを、考えられるほどに、もう僕の心はとっくにじゃないのかもしれない。


「さあさあ、僕は一体何回で………がはっ」


 もう、毒が……………。


「ヴァン君!!」


 エレノアさんの呼ぶ声が聞こえる。


 エレノアさんがゴブリンを僕から遠ざけるために剣を振るった。


「……ああ、早く…終わ…れ……」



**



 現在、

 リセット回数はおそらく102回目になる。


「ーー!!ヴァン君、後ろ!」


 エレノアさんの警告の声が聞こえてくる。


「……ああ、もうリセットしたか」


 僕は…もう疲れ切ってしまった。


 この永遠と続くと思われる、

 リセットの地獄に。


 何度、死にたいと思ったことか。


 いや、実際には死ねてるから、消えたいと思ったのかな。


「なんか、お前の攻撃速度遅くなってないか?」


 やたらと短剣が届くのが遅く感じる。


 ゴブリンレンジャーの方を見てみると、初めは恐ろしい速度だと思っていた技量が、今ではノロマに思えてきた。


「遅いって」


「ギャ、ギャ!?」


 あまりの俊敏しゅんびんの低さに呆れてしまったので、短剣を握る手を掴んでしまった。


「もっと力を込めろよ…今までみたいにさ」


 もはや、

 僕は『死』を恐れないまでになっていた。


 当然だ。


 どんなに辛い事でも、

 慣れればそう内なんともなくなるからだ。


「ギャ!ギャッ…!」


 ゴブリンが僕の手を振り解こうとするが、それをする事は許さない。


「…お前、こんなに弱かったっけ」


「ギャ!?ギャギャギャッ!!」


 ゴブリンレンジャーがもう片方の手で何かを取り出した。


「……まだあるのか?」


 持っていたのはもう一本の毒塗り短剣だ。


 僕はそれを使うことを許した。

 力を抜いてそいつを楽にしてやる。


「まあ、いいさ。まだからな。それまで……は…見逃し……て…?」


 短剣を刺され、

 また毒が体全体に広がる。


 何度やってもこの感覚は不思議だ。


 ちょっとずつ、

 自分の命が削られていくのが肌で感じる。


 僕は楽になるため、地面に仰向けで横たわる。


 すると、エレノアさんの顔が見えた。


「……あ、れ…何で………そん…表…………」



 エレノアさんは、

 悔しそうな、悲しそうな表情を僕に向けていた。



**



 リセット、124回目。


 その変化は突然訪れた。


「……あれ?」


 いつまで経っても毒になる苦しみが来ない。


 と、とうとう耐性が……?


「ヴァン君!!」


 エレノアさんの呼ぶ声が聞こえる。


 エレノアさんがゴブリンを僕から遠ざけるために剣を振るった。


 が、そんな事はもういい。


 僕はポケットに入れていたステータスカードを取り出して見る。


「……相変わらず何が書いてあるのか読めないけど、毒が効かなくなったのは確かだな」


 あの強力な即効性の毒を、

 ついに克服した。


 慣れなのかどうか分からないが、

 これでようやくリセットの繰り返しが終了したらしい。


「大丈夫かい!?今ポーションを………?」


「ギャギャアッ……ギャ?」


 何事も無かったような僕を見て、

 エレノアさんとゴブリンレンジャーは緊張感を無くす。


「ん?」


 僕は名前の横にあるレベル表記欄を見た。


 そこには……、



「ーーえ?れ、レベル……109!?」



 そこには、

【L v 109】という意味の分からない表記があった。


 慣れ、ではなくレベルが上がって強くなっていたのか?


「でも、一体どうして…」


「だ、大丈夫なのかい?」


「あ、はい。元気です」


 エレノアさんが心配そうに聞いてきてくれるが、僕はもう大丈夫だ。


 何度も、そんな顔をさせてしまったっけ。


「短剣は案外深く刺さらなかったみたいです。あ、毒が塗られていたらしいので気をつけて下さい」


 こうして、

 ちゃんと向かって話すのは久しぶりな気がする。


 でも、先程からエレノアさんが何故か訝しそうな顔を向けてくる。


「いえ、本当ですよ?もう…あ、いや全く痛くなんてないですしーー」


「いやそういう事じゃなくてね…?」


 ?


 何かおかしいところでも……。


、どこも大丈夫とは思えないんだけど」


 え?

 髪の、毛?


「突然ぶわあって白く染まったんだ。怪我よりもまずそっちに気がいっちゃったよ」


「いや、特に何も異常はないですけど……今どんな感じになってます?」


 エレノアさんが手鏡を開けて僕に渡してくれる。


 僕は鏡の中にいる僕を………。


「な、なっ!!?」


 いつも通りの黒髪と白いメッシュではなかった。


 真っ白に染め上げられた髪と、

 黒い微量びりょうのメッシュ。



 ーー僕という存在が、

 反転はんてんしてしまったかのような姿をしていた。



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