旅の変わり目
「え? 嫌だよ」
「そ、そんな…!」
僕はエレノアの剣技を見込んで王都までの間の
だが返ってきた答えはノー。
あっさりと断られてしまった。
「事情はなんとなくわかったよ、でもそれは私にはメリットが無い。君を守りながら王都に行く事に何の得があるのかな?」
「それは……」
「
依頼を受ける上でのメリット。
それはそうだ、
誰だってそこをまず重要視するはずだ。
僕は何も報酬として出せるわけでもないし……。
「そういえば、エレノアさんは何でここに?」
「私はモンスターの討伐依頼を受けて来たんだ。それを探していたら困っていた君を見つけたわけさ」
「…討伐依頼、何のモンスターか聞いてもいいですか?」
「それを聞いてどうするのかな?」
「た、盾にでもなってお役に立てないかな〜…なんて」
僕に出来る事と言ったら、これくらいしか出来ない。
かえって邪魔になるかもしれない。
「…自分の命を軽く見ない方がいい。簡単にそんな事は言わないべきだね」
「! す、すみません」
彼女の微笑んでいた表情が一瞬目を細めて真剣な顔になった。
なにか、怒っている気がする…変なこと言っちゃったかもな。
「まあ、教えてあげるよ。君にどうこう出来る問題でもないしね。私は【ゴブリンレンジャー】を追っているんだ」
「ゴ、ゴブリンレンジャー……?」
聞いた事の無いモンスターだ。
ただのゴブリンではないことは分かるけど…。
「この辺りでは中々確認できないモンスターなんだけど、つい最近この近くで目撃情報が入ってね。怪我人も出たって話も聞いたから、こうして私が退治しに来たわけさ」
エレノアさんってそんなに人望があるのか。
まあ、さっきの戦闘を見れば中堅以上の冒険者っていうのは分かるけど。
「ゴブリンレンジャー。戦闘技術に特化したゴブリンで、キングとジェネラルの次に強いとされている長く戦場を生き抜いた戦士だ」
「そ、それってかなり強いんじゃ…」
「うん、かなり強い。何せ人間じみた観察力と俊敏性、高い戦闘センスをお持ちのようだからね」
そんなモンスターがいるとは、知らなかった。
世界はまだまだ広いらしい。
「ゴブリンはこの近くにおそらく拠点を作っている。その統率者こそがレンジャーだ。そいつさえ倒せれば群れを無力化できるね」
「え! そうなんですか!?」
「…逆に何で知らないんだい? 本当に珍しいよ君」
レンジャーさえいなくなれば道にゴブリンはいなくなる。
それを聞いた僕は提案する。
「あの、もし良かったらついて行ってもいいですか?」
「ついてくる分には構わないけど、王都には行かないよ?」
「いえ、レンジャーを倒せば群れは解散するんですよね? それまでエレノアさんについていけば……!」
レンジャーを倒すまでは安全、エレノアさんと別れた後も安全というわけでは?
つまり、完全にエレノアさん頼りだ。
**
というわけで僕はエレノアさんの後に勝手についていく事にした。
適度な距離感を保っていつでも守ってもらえるように、森林の道を一緒に歩く。
「それなりの報酬は頂くからね?」
「もちろんですよ……お金以外なら」
「一体何をくれるって言うんだい……」
僕に払える対価は少ない。
1.囮、2.盾、3.荷物持ち、4.囮。
これくらいだろうか。
「私はその剣に興味があるのだけど」
「だ、駄目ですよ。これは友達から貰ったものなので…」
「それは残念だ」
それに、これがないと戦えもしない。
身につけていると自然と安心するのだ。
「先に行っておくけど、私がレンジャーと対峙している時は前に出てきちゃダメだよ?」
「?」
「レンジャーが君の方を狙いにしたら面倒だからね。君は物陰にでも隠れて……」
エレノアさんが言いかけた言葉を途中でやめた。
どうしたんだろう。
「ーー良い事思いついたよ。君、囮をやってよ」
「は、はい?」
「私の報酬はそれにしよう。討伐は楽であるほどいい」
報酬?
まさか、本当に僕を囮に…?
「君が注意を引いている間に先手を打つ。大丈夫、失敗はしないさ。なにせ私だからね」
自慢げに胸を張って僕に言う。
失敗したら僕はそのゴブリンの餌食に降格するわけだけど。
「相手は歴戦のゴブリン。当然私一人じゃそれなりに苦労する。なに、君はただ立っているだけでいいよ」
「え? 余裕じゃないんですか?」
「…パーティを組んでいた頃はね。今は一人だから、レンジャーの腕前次第かな」
そ、そんなに強いモンスターだったのか?
エレノアさん一人でそいつと戦うって…大丈夫なのだろうか。
「さ、着いたよ。ここがいるとされる洞窟だね」
「何で分かるんですか?」
「事前のリサーチは大事ということさ」
エレノアさんが先行して、
ゴブリンレンジャーがいるとされる暗い洞窟の中へ入っていった。
僕もそれに続いてついていく。
大丈夫な筈だ。
エレノアさんは強い、
並のモンスターじゃ相手にならないのをちゃんとこの目で見たんだ。
レンジャーだって一瞬で……、
僕達は洞窟の中を進む。
暗いけど、ここは一本道なのか迷う事はない。
やがて、少し明るい所が見えてくる。
松明が所々に置かれているな。
その光が洞窟の奥を照らしていた。
「ここが
「ここに…ゴブリンが?」
あのギャッギャッした声は全く聞こえない。
あまりの静けさに本当にいるのかどうか疑ってしまう。
「よ、し。じゃあ…行きますよ」
僕は勇気を振り絞って松明がより照らしている方へ出る。
広い。
この洞窟は奥は広場のようなものになっているらしい。
確かにアジトにするなら持ってこいの場所だな。
「…………!」
僕は、見つけた。
広場の真ん中にいる人の形をした何かを。
石で出来た椅子に座ってこちらを睨んでいる。
ボロボロの服を着ており、
ゴブリンらしき緑の肌が確認できる。
持っている短剣を研ぎ澄ましている最中だった。
キーキーと洞窟に小さな音が鳴り響いているのが今になって分かる。
「あ、アイツは!?」
見た事がある。
アイツは、
朧げだが、何となく姿が一致する。
一回目と三回目のリセット、
僕が左に曲がった時に剣を投擲してきた身長の低い襲撃者に。
まさかゴブリンレンジャーだったなんて。
「…結局右も左もゴブリンだったわけか」
僕は、三回ともゴブリンにやられたらしい。
全く不甲斐ない限りだ。
「…………ギャ」
レンジャーは立ち上がり、俺をじっと睨み続ける。
すごい警戒している。
短剣を両手に構えて俺の方に歩いてきた。
足取りは徐々に速くなって……!
「き、来た。エレノアさん頼みますよ!」
速い。
多分、僕よりも。
歴戦の戦士、レベルがさぞ高いのだろう。
もう目の前まで来てしまった。
その短剣を掲げて僕にーー!
「もらった」
エレノアさんの声だ。
レンジャーの後ろにエレノアさんの姿が見えた。
同じく剣を振りかぶっている。
「ギャ!?」
レンジャーはエレノアさんの存在を認知した。
その瞬間、僕から注意をエレノアさんに変更する。
体を捻り、両手の短剣を素早く防御へ回した。
「…!! 逃がさない!」
エレノアさんは剣をより力強く握りしめ首を狙って振り下ろす。
が、寸前といったところで受け流されてしまい、
攻撃は無力と化してしまった。
「エレノアさん!」
「大丈夫!」
僕にそう返事をして、レンジャーに蹴りを叩き込んだ。
レンジャーは声を上げずに後ろに吹き飛ぶ。
「ギ…ギギャ」
エレノアさんは体勢を整えてレンジャーと対峙する。
顔が
「だ、大丈夫ですか!?」
「…ごめん、しくじっちゃった。まさかあんなに反応速度が優れているなんて」
これは予想外だ。
あの
あのゴブリンは、一体何レベルなのだろうか。
「あれは間違いなく
エレノアさんがここまで言うとは。
なら、あれは普通のゴブリンレンジャーよりも強いということなのか?
「一回装備を整える為に街に戻ろう。あまりにも準備不足で来てしまった」
「そうですね。僕は戦力外ですし、エレノアさんが厳しいなら…一旦退いたほうがーー」
「!! ヴァン君、後ろ!」
エレノアさんの警告の声が聞こえた。
後ろに何やらあるらしい。
僕は後ろを振り返ろうとして……。
あれ? 腰辺りがじんじんする。
「ーーえ?」
僕の目線の下。
目と鼻の先に顔があった。
いつの間に距離を詰めただろうか。
「ぐっ……がっ!?」
そして、僕の腰に何かを突き刺している。
短剣だ。
僕の腰に、短剣の刃深くを刺していたのだ。
謎の痛みの原因を、
僕は一瞬で把握してしまった。
「ヴァン君!」
エレノアさんがゴブリンを僕から遠ざけるために剣を振るった。
だが、それも当たらず。
背後に大きく避けられる形となってしまった。
「ぐっ、あ゛…!」
僕は刺さった短剣を思い切り引き抜いた。
大きな痛みがそれによって走る。
「大丈夫かい!? 今ポーションを……くっ!」
「ギャギャアッ!!」
ポーションを取り出そうとしたエレノアさんにゴブリンが襲い掛かる。
それを剣で防御してなんとか押し返した。
ああ、い、痛い…!
あのゴブリンは……!
「情報不足だった…。まさか
いるなんて!」
あのゴブリンは、
洞窟の奴ではない。
こちらのゴブリンの方が記憶と完全に一致するのだ。
おそらく、左の道に待機していた方だ。
最初から二体いたんだ。
それに僕達は気付かなかった。
危険を察知してここに戻ってきた…のか!?
ああ、クソッ!
「ギャギャギャギャ!」
僕を見て、そのレンジャーは笑う。
その様子が、僕にはとても怖く見えた。
「ぐ、ぎ、がっ……」
僕は、上手く体が動かさないでいた。
恐怖からではない。
何か短剣の痛みとは違う苦しさが僕を
ま、ずい。
このままじゃ、エレノアさんも……!
「ヴァン君。まだ助かる方法を探す。だからそれまで持ち堪えてくれ!」
意識が遠くなっていく。
痛みが、体全体に広がっていくのだ。
この感覚は、
矢に掠ったときだ。
ーー毒、か…?
短剣にも塗られていたのだろう、か…。
僕の、命の炎が消えていくのが分かる。
ああ、こんな…時は……。
「『リセ……ト………』」
ーー僕は最後の最後に、魔法の言葉を残した。
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