旅の始まり、パート4

 僕は冒険者ギルドに向かった。


 もし、時間が巻き戻っているなら…!


「ふわあ〜、今日も元気に…ってあら? こんな朝早くからーー」


「エナさん! 新しいステータスカードをください! 今、すぐに!」


「え? え!?」


 僕は受付でエナに詰め寄る。


 突然やってきてカードを寄越よこせとせがむ僕に驚いているようだ。


「時間が戻っているならレベルも戻っているはず…。これで夢か、現実かはっきりわかる!」


「な、何を言ってるんですかヴァン君?」


 戸惑うエナ。


 それもそのはず、

 僕がこんなに迫るのは初めての事だからだと思う。


「取り敢えず! ステータスカードをー!」


 カウンターを乗り出してエナの両手を握りしめる。


「わ、分かりました分かりました! 今用意しますよもう! 一体何なんですかいきなり……」


 僕の手を振り払って、

 少しぷんぷんしながら新規しんきのカードを出してくれた。


 それを受け取り、

 急いで指紋を押し付けてステータスを表記させる。


 前回(?)と同様、

 真っ白だったプレートに黒い文字が浮かんでくる。


「これも、同じか……」


 文字は化けて読めない状態だ。


 読めるのは、名前とレベルだけ。


「レベルの方はーー!」


 僕は名前の横に表記されたレベルの項目を見た。


 そこには………。


「………え?」


 ーー【L v 8】と、書かれていた。


「な、何で!? レベル4のはずなのに……」


 そう、僕のレベルは4だった。


 なのに…上がっている。

 それも四つもだ。


 くっ、まだ夢か現実か区別できない…!


 …何かした覚えは当然ない。


 それに、こんな短期間での成長はありえないのだ。

 僕に才能は無いからな。


「な、何ですかこれ…文字化け?」


 エナが受付から出てきて僕のカードを覗き込むように見てきた。


 ち、近い…! 顔が……!


 女の人とこんなに近づくなんてレイ以外には経験がない。


 …何でさっき、勢いで手を握っちゃったんだろう。

 し、失礼だったよね。


「って凄いじゃないですかヴァン君! レベルが跳ね上がってますよ!? ついこの前までレベル1でしたよね?」


 …全然前回(?)と反応が違う。


 ちょっと嬉しいな、って今はそうじゃない!


「でもどうしたんですか? 何かボスモンスターでも倒してきたんですか?」


 冗談混じりで言ってくる。


 そうだ、僕は


 短剣を投げられただけなんだ。

 これは明らかにおかしい。


 ……もう、ここでちょっと話しておこうかな。


「エナさん。僕、ちょっと変なんですよ」


「変?」


「はい。これが夢なのか現実なのかも分からなくて、自分が死んだ夢を何度も見るんです」


「それは…つ、疲れてるのでは?」


「そうじゃないらしいんです。偶然が重なって重なって同じ事が起きてるんですよ! き、のう? 怪しいお婆さんに貰った飲み薬のせーー」


「え? あのが言っていたのってもしかしてヴァン君だったんですか?」


「はい、そのお婆さんに薬を……え?」


 エナさんは今、何と言った?

 あのお婆さん?


「昨日の夜、ギルドを閉める少し前ですかね。お婆さんが来て私に伝言していったんですよ」


「こ、ここに来ていたんですか? それに伝言って…」


「はい。『もしここに薬を含んだと言ってきた坊やが来たら伝えてくれ。もっと欲しいなら王都に来な、条件付きで交換してあげるよ。何度も、使いたいだろう?』って……どういう事なんですかね?」


 お婆さんが、王都に?


 それに、何度も使いたいってもう何度もなっている気がするんだけど…。


「ちょうどいいんじゃないですか? 王都に依頼をしに行くんですよね? お婆さんが出発したのは昨日の夜らしいので、まだ追いつくかもしれませんよ」


「それはそうですけど…」


 意味が分からない。


 だけど、分かった事ならある。


「ーーこれは夢なんかじゃなかった。僕は、人生を『リセット』している…!」


 お婆さんの伝言が確信をくれた。


 何でなのか分からないけど、僕がもう『リセット』した事を知っている。


 お婆さんは先に道でゴブリン達を発見したのだろう。

 あのゴブリン達に、倒されてしまう事を事前に予測していたのだろうか。


 そこで僕が『リセット』を使うだろうと?


 わざわざ街に伝言を残しに行くほど伝えたかったのか?


 またあのリセットジュースを欲しがると?

 だから伝言をもう過去形にしていたのか……?


 …全ては、

 あれを飲んだせいで始まってしまったんだ。


 ゴブリンと投擲者とうてきしゃ

 僕は


 そして、『リセット』した。


 他にもまだ沢山不可解な事はある。


 ステータスカードの表記。

 何故か死んでから発動する『リセット』。

 一度きりと聞いていたのに何度も繰り返す『リセット』。


 一度も『リセット』と言っていないのに発動する件。


 これが人生を、やり直していると表している。

 その可能性はかなり高い。


 やっぱり…現実なんだ。


 まあ、おかげでこうしていられるけど…僕はもうあんな目になりたくない。


 鍵を握るのはあの人。

 あのお婆さんが何か知っているのかもしれない。


 ……どうやら僕は、この不可思議の原因を解くには意地でも王都に行かなければならないらしい。



**



 僕は冒険者ギルドを後にし、

 再び王都へ向かう。


 ああ、今までのが全て現実だったのかと思うとなんだか気持ち悪く感じてくる。


「……僕、三回死んじゃったのか?」

 

 現実味がない。


 死ぬ時って、案外あんなに一瞬で終わってしまうものなのか……?


 そんな事を考えながら早歩きで進む。


 レベルが上がったからだろうか。

 少し体が軽いし、前より疲れない気もする。


 レベル8、こんなにも違うなんて。


 そうして歩いている内に、三度運命を辿った別れ道に着いた。


「右はゴブリン、左は短剣使い。…どうしよう」


 そう言えば、あのお婆さんはどうやってここを突破したんだ?


 いないということはもう先にいるはずだ。


 俺と同じ目に遭っているか、無事に抜けたかのどちらかだ。


「う〜ん。取り敢えずだけど、ゴブリンの右かな。あの短剣使いにはしばらくは会いたくないな」


 正直言ってあの攻撃はもう避けられる気がしない。

 最初は避けられたが、所詮偶然だったのだから。


 大丈夫、僕はもうレベル8なんだ。

 ゴブリンくらい、倒せるさ。


 覚悟を決めて、

 右の道を行く事にした。


 後ろにも注意しながら森林の道を進む。


 すると、そこにはやはり数匹のゴブリンがいた。


 二回目と同じ、道の真ん中で通せんぼしてゲラゲラと笑い話している。


「僕を見つけた瞬間、とんでもない数のゴブリンが出てきた。つまり、見つかった瞬間一対群れという悲惨な目に遭うな」


 どうなるかはもう目に見えている。

 というかもう体験しているのだ。


 同じミスはおかしたりしない。

 念入りに周囲に気を配って安全確認をする。


「…よし、いないな。どうしようか、何か考えが浮かぶといいけど」


 道を塞いでいるゴブリンだけ倒してトンズラ?


 いや、それじゃあすぐに他のゴブリンに勘づかれて失敗する。


 やっぱり気付かれないようにひっそり進むのが一番いいのかな?


「このままじゃお婆さんに追いつけないかもな」


「誰か追いかけてるの?」


「いやだからお婆さんを……」


 …あれ?


 僕今誰と話してるんだ?


「うわっ!」


「おお、そんな大声だすと見つかっちゃうかもよ?」


 後ろを振り返ると、

 そこには女の子の顔が近距離で視界に飛び込んできた。


 金髪のショートヘアに碧眼、

 背は僕よりちょっと低い。百六十センチ前後だろうか。

 腰に剣と杖を提げている。


「だ、誰ですか…!?」


「私かい? 私はエレノア。よろしくね?」


 エレノアと名乗る少女が微笑ほほえんで軽く手を振って言う。


 前回と出来事が異なっている。

 こんな少女とは会っていない。


 声を小さめにして、

 心を落ち着かせる。


 僕と彼女は草むらを壁にしてゴブリンに見つからないようにしゃがみ込む。


「いつから後ろに……」


「え〜と、『何か考えが浮かぶといいけど』の辺りからかな。近づいても全然気づいてくれなかったよ?」


 僕はさっき後ろも確認したんだぞ!?

 確かにいなかったはずなのに……。


「それで、君の名前は?」


「…ヴァンです。一応冒険者やってます」


「ほう、冒険者。じゃあ私と同じだね、私も一応冒険者なんだ」


「へ?」


 彼女は今冒険者だと言ったのか?


「あの、どうしてそんな格好を……?」


 彼女は冒険者の服装と反した、

 冒険するには適していないとされる動きにくそうな服装をしていた。


 ちょっとお洒落な白いブラウスと黒いスカート、

 先程から違和感満載まんさいである。


「これはちょっとした趣味みたいなものだよ。気分もちょっと上がるしね」


「しゅ、趣味ですか…そうですか…」


 そんな格好でも武装はしているので冒険者なのは間違いないだろう。

 動き辛くないのかな?


 …なんか、緊張してしまうな。


 お母さん、レイ、エナさん以外の女性と話したのはいつぶりだろうか。


 それに…か、顔がちょっと近い!


 初めて話す相手との距離を間違えている気がするよ!


「ところで、君は何でこんな所で立ち止まっているんだい?」


 そんな事に彼女は構わないらしい。

 年は割と近いはずなのに僕が年下みたいに思えてくる話し方で聞いてくる。


「見てのとおりですよ。ゴブリンが道を塞いでいてどうやって乗り越えようか考えていたんです」


「ふ〜ん…君さ、今レベルいくつ?」


「え? えっと、レベル8ですね」


 こんな事を聞いてどうするんだろう。


「そのレベルならゴブリンなんて余裕じゃないか。腰につけている剣らしきものを使わないで、何故戦わないのかな?」


 ーー正気なのか?


「あの、ゴブリンの平均レベルって確か12からだった気が……」


「そう? 私がレベル8の時は敵でもなかったけど…」


「そ、そうなんですか」


 才能の違いかもしれない。


 僕はこの前までずっと一年間レベル1だったんですけど。


「僕に戦闘の技術なんてありません。これももしもの為の護身用ですし、魔法も取得してないんです」


「それは、確かに厳しいそうだけど、男の子って根性とかでなんとかしたりしないかな?」


 しないと思うけど。


 男の子だって人間だし、

 無理だと判断した事はあんまり実行しない気がする。


「ーーじゃあ、私が切り開いてあげようか」


「…え? 切り開く?」


 この人は、突然何を言っているんだ?


「ちょうどレベル上げにもなるし、大して大変じゃないしね。ゴブリン退治なんて」


 その宝石のような碧眼はゴブリンを見て輝き始める。


 まるで戦闘を今か今かと待ち望んでいるような自信が溢れている。


「出来る事ならお願いしたいですけど…かなりの数がいると思うんです。恐らく群れの可能性が高いです。後々厄介ですよ?」


 二回目のリセットの時。


 僕が見つかった途端に声を上げて仲間を呼ばれた。

 どこからともなく大量のゴブリンが現れ、僕を襲ったんだ。


 奥に洞窟でもあるのだろうか?


「…もしかして君、私の事知らない?」


「はい? 多分初対面だと思いますけど…」


「はあ、だからか。私の名前を聞いても驚かなかったのは。私を知らないなんて、君は珍しいタイプだ」


「め、珍しい?」


 彼女は有名なのか?


 エレノア…そう言えばどこかで一回聞いたことがあるような、ないような。


 って、やっぱりないよ。


「取り敢えず…私は強い。簡単にはやられない丈夫な体に生まれたからね。私に、ちょっと任せてみない?」


 そう言ってエレノアは自分から草むらを出てゴブリン達の前に向かって歩き出した。


「え! ちょ、ちょっと!?」


 僕の声が届かないのか、

 彼女はその歩みを止めない。


 やがて、ゴブリン達がエレノアに気づく。


「ギャ?」


「ギャギャア!」


「相変わらず、ぎゃあぎゃあ煩いな。君達は」


 突然エレノアは走り出す。


 一匹のゴブリン目掛け、

 非常に素早い動きで近づいていく。


 気づいた時にはもう懐まで潜り込んでいた。


「ギャ!?」


 剣を引き抜き、

 そのままその刃をゴブリンの首へかけた。


 そして、呆気なく。


 ーーゴブリンの首が勢いよく吹き飛んだのが確認できた。


「は、はや……」


 恐るべき手際の良さでゴブリンを一体殺してみせた。


 ありえない、何なんだあの身体能力は…!?


 こんな光景は生まれて初めて見る。


「ギャ、ギャギャーー」


 彼女は次の対象の標準ひょうじゅんを他の三体に合わせる。


 また一瞬で距離を詰め、次々と倒していく。


 ゴブリンが悲鳴や応援を呼ぶ暇も与えない。


 一体のゴブリンが弓矢を放つが、

 それをもろともしないで避け、駆け抜けていく。


 僕はそれを不覚にも美しいと感じてしまう。


 剣士とは思えないほどの滑らかな動き、

 予備動作のない華麗かれいな剣撃だった。


 やがて、

 戦いが終わったのかゴブリン達の声がしなくなった。


 返り血を一滴を浴びずにゴブリン達を一掃したエレノアが、固まっている僕の所へ歩いて帰ってくる。


「どうだい、私の剣は。美しかっただろう?それだけが私の取り柄だからね。さあ、これで通れるね」


 血のついた剣を振り払い、

 スカートをなびかせながら僕に言う。


「ほ、本当に一人で…一瞬で……」


 レベル8の頃で、余裕だと言っていた。


 なら、今のレベルは一体いくつなのだろう。


 突然現れた謎の金髪少女剣士。


 その強さは口先ではなく本物だと自分に証明してみせた。



 …彼女さえいてくれれば、

 王都に容易よういに辿り着けるかもしれない。

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